第26話

「【今日も乙女ちゃんは何やら作成している。僕もゲームを進めてみようと思った】……」

 始まったゼミにて、和井田は半分習慣になった朗読を手短に終わらせ、悠真を見やる。

「……なんだか《乙女ちゃん観察記》の記述が、表現・文章量ともに淡白になっている気がするんだが……吸血していないのかね?」

「あ……はい……」

 隣に座る乙女を横目で見やる。

「うむ。吸血に頼ってばかりではいられないと思ってな」

 応答する乙女はいつも通りで、しかし、どことなく悠真との距離がある。

 いつもなら茶々を入れるかコメントを言う先輩たちは、ただならぬ空気を感じ取ってか静観していた。

「へーえ? そうなんだ」

 二人をじっと見た和井田は、タブレットの電源を落とす。

「それがいいよね。思いを言葉に出来ないことはあっても、建設的な関係を作るためには考えを言葉に出せないことがあっていいはずがない。岸里くんも努力したまえ」

「はっ、はい!」

 悠真はほぼ反射で返事をするも、乙女は静かだ。

「良いことを言う、和井田」

「ありがとう」

 彼女は適当に礼を言いつつ、自らのノートパソコンを起ち上げる。

 HDMIケーブルで接続して映し出したのは、《Dust planet》のスタート画面だった。

「?」

「いやほら、午前中、乙女くんが画像送ってくれたろ?」

 彼女のアバターである筋骨隆々の男性は、基地から出てすぐ横の作業スペースに移動する。

 舞い散る灰で鈍い夕日を浴びて鎮座しているのは、戦車。

 それも――見ただけで設計者の腕とこだわりが感じられるプロの作品。

 悠真は、目を丸くする乙女を直視できない。

「ついでにこういうのも作ってみた」

 大量の瓦礫が積まれた道をアバターが走る。

 少しの直線と緩やかなカーブを超えるとまた直線。走り抜けた先には崩れかけの大きなビルがそびえたつ。地形に関しての自由度が低いこのゲームでは、短距離ながらも立派なサーキットといえた。

「乙女くん、戦車を作りたかったんだろう? お手本、見せてあげようかと思って」

 彼女に悪意は一切ない。

 ないのだが……乙女の黒髪は少々膨らんでいる。

「……お、乙女ちゃん……」

「…………。うるさいぞ悠真」

 低い声の一言に首を縮める。

 ゼミが始まる前にも謝罪を試みたが、悠真が研究室に到着した時点で乙女は羽菜と話しこんでおり、上手く切り出せなかった。

「……こんなんどうやって作ったんです?」

 呆れたような羽菜の物言いに、和井田が無邪気に答える。

「素材取り終わった瓦礫とビルに発破をかけて、瓦礫を撤去……するときに、頑張ってサーキットっぽくしてみた」

「こだわりすぎてキモい」

「私からこだわり抜いたら脳みそ残らないと思うなー」

 発破ということは、ゲーム内で何らかの火薬を手に入れられるタイミングがあるらしい。大きな障害物を壊すのに役立つのだろう。

 後から始めた和井田が抜き去って行く状況に乙女が頬を膨らませる。

 悠真は説明もフォローもできずにオロオロするばかりだ。

 自分の情けなさに泣きそうになってきたとき、和井田が何の気なしにこう言った。

「岸里くんのことだ。戦車のおおよその仕組みは頭の中に入っているだろう? 外観だけでいいかね。いいよね?」

「っ……あ、は、はい」

 乙女からの視線を感じて動けない。長机の下で黒髪が這い回っている。

「? ……まあいいか。走るところをよく見ておくように」

 コックピットまで作成していたらしく、上部のハッチから戦車に乗り込んだ。

 彼女はキーボード操作のまま調子を確かめている。試運転の時点で動作が滑らかだ。

 紀衣香が楽しそうに話しかける。

「先生、走りますか?」

「そのつもりだよ」

「じゃあ、幹也、実況やって?」

「実況? いいよ」

「やるのか……むしろやれるのか貴君……?」

 幹也はマイク代わりに紀衣香からもらった駄菓子を構える。

「あ、戦車に名前とかあります?」

「KY号で」

「……。それでいいんすか。いやまあ俺はいいんですが……じゃあ、スタートのタイミングはいつでも」

「今すぐがいい」

「ういっす」

 手を振って合図すると、和井田はWASDと呼ばれるキー操作列とJキーのプラスアルファで発進する。

「これが論理的に美しい戦車だよ☆」

 キャタピラがうなりをあげて加速する。

 このゲームでは徒歩移動しか見たことのない悠真にとって、圧倒的なスピード。

 操縦者である和井田のアバターが乗っているため、カメラもしっかりと俯瞰のままで追随してくる。

 直線を抜ければカーブ。しっかりと縦幅のある戦車でどう乗り切るのか注視していると、彼女は使いにくいキー配置のまま絶妙な調整を繰り出す。

「なんだあのドリフトは⁉ その巨体をレースカーのごとく振り回し、KY号がゴールへと向かっていく――‼ これはキモい、さすがにキモい! 解説の赤嶺さん、どうですか?」

「私が解説だったのかよ。……うん、マジキモいけど性能は本物だね。ついでに指の動きも小刻みにキモい」

「ふっ、論理的思考を極めれば造作もないことだよ」

 キーボードを左手で操りながら、空いた右手で格好つける。

 案外、和井田のこういうところが羽菜と似ていると悠真は思う。

「論理ってなんなんだ! 我々の心は一つになっております!」

「スナジマンの実況が上手すぎて引くんだけど。なんじゃこれ?」

「私が鍛えました!」

「はいはい安定の紀衣香たん」

「さあ鬼門のカーブは抜けた! あとは走り抜けるだけ! どうだKY号。いけるかKY号⁉」

 最後の直線を駆け抜けて、戦車は目標地点のビルへと突っ込んだ。

「いま、爆音とともに……っゴ――ル‼」

「ちゅっどーん☆」

 実況の終了と共に戦車は大破し、搭乗していた和井田のアバターは死んで基地に戻る。

 一息つく和井田に、幹也は現実でマイク代わりの駄菓子を向けた。

 ヒーローインタビューまでやるつもりらしい。

「和井田選手。走り終えた感想はどうですか?」

「嬉しかったです。今度は砲塔からミサイルを発射できるようにしたいなと思います!」

「マッドなお答えをありがとうございました。中継は以上です」

 先ほどの実況が幻だったかのように、幹也はいつもの表情に戻って駄菓子を食べ始める。

 紀衣香が「ごほうびあげるー☆」と駄菓子を追加した。

 羽菜はポツリと呟く。

「……意外な多才さを見せてくれるんだよにゃー、スナジマン」

「おそらく紀衣香くんに無茶ぶりされては乗り切ったんだろう。いつかは完璧超人になる」

「なにそれ怖い」

 楽しげな会話を遮ることを申し訳なく思いながら、悠真は乙女の手を取って宣言する。

「申し訳ありません、皆さん。夜にどうしても外せない用があるので早退させていただけませんか?」

 集まる注目を受け止める。

 隣の彼女から息をのむ気配を感じ取るが、その手は離さない。

「事前連絡なしとは、貴君には珍しいね」

 面白がる和井田に深く頭を下げた。

「本当に申し訳ありません。言い出せずにおりまして」

「……。私は構わないよ。乙女くんに戦車を見せられて満足さ」

 乙女の爪が悠真の手のひらに食い込む。想像以上の鋭さと握力に、彼女が捕食動物であることを思い出す。

 初心を思い出せる。

 泣き顔で睨みつける乙女にも頭を下げ、悠真は二人でゼミを抜けた。

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