第25話
牛車を作ったことで、車の魅力を発見した乙女は、探索作業と並行しながら日々様々なものを作成している。
土砂の運搬を楽にするネコ車、地面を均すローラーといった大きめなものから、靴に付けて滑るローラーシューズまで。
悠真による過保護な教授のもと、ネットサーフィンで車輪や車について調べるうちに検索技能は向上。そして、羽菜とゲーム外でもメールやチャットをしているうちに、いつしかパソコンの大抵の機能を使いこなしてもいた。ローマ字入力も習得している。
《乙女ちゃん観察記》からそれを知った和井田は、「習うより慣れろとは、妖怪であっても通じる真理なのだね」とじみしみ呟いた。
乙女は普段は進まない山の方向へ探索したことで新たな素材を見つけ、クライミングに使う器具を作成できた。
今日は序盤で見つけた、クライミングマークが出る岩や瓦礫を登っている。
午前中の休講で悠真が家にいることも相まって、彼女は非常に上機嫌だった。
乙女の昼のバイトまで遊ぶ約束でいる。
「悠真はどこまで進んだ?」
「鉄板を見つけるところまで」
「ならば、整地をして海に進んでいけるのもすぐだな」
「頑張るよ」
「うむ。応援している」
話しつつも、最後の瓦礫の山に登っていく。コンクリートから鉄骨・鉄筋が露出しているからには、元は高層ビルだったのだろうと思われる。
時間がかかって登った頂上には、壊れた機械とそれに使われていた電力機器があった。
まずは機械から使える鉄くずをはぎ取って収集してから、モーターを取り出す。
「お前の使うものに似ておるな!」
「うん。モーターだね。ちょっと壊れてるけど、直せばまだ使えそう」
「そういえば、どうやって動いているのだ、あれは。電池と繋いでおったが」
「…………」
モーター。
ローレンツ力を利用して、電気エネルギーを回転運動へと変換する部品。小さなものは子どもの触るおもちゃから、大きなものは工業用機械まで、あらゆるところで使われている。
かくいう悠真も大好きなのだが、
「……電力を受け取ると、先端が回転する、よ……?」
「こういうのはお前の専門なのだろうに、歯にものが挟まったような物言いを……」
「う……ごめん。説明する自信がなくて」
人に語ってドン引きされた経験が数えきれない悠真は、初めての感情に戸惑っている。
彼女に嫌われなくない。たとえ嫌われなくとも、一瞬でも引いた目をされれば立ち直れない自信があった。
その心が勇気を失わせる。
「むー。仕方がない」
乙女はため息をついたが、その表情は明るいままだった。
アバターを基地に戻らせて素材を回収していく。
「?」
「実はこっそりと作っていたものがあって……ようやくこのゲームに興味を持ってくれたことだ。完成が近づいてきたゆえ、見せるぞ」
一帯を整地して以来、彼女の製作スペースになっている開けた場所へと出る。
メニューを操作して出現させたのは――戦車だった。
「……」
二輪の無限軌道とその巨体。雪だるまのように上についた旋回砲塔。
サイズは軽自動車くらいで、見かけのバランスも
「お前の本とネットで見つけた。どうかのう」
わくわくする乙女に、悠真は口を挟みたくなる自分を必死で律する。楽しむ相手にごちゃごちゃと言って水を差すのが悪手であることは、今までの人生で痛感していた。
よって、空気を読めない自分を押し殺して思い付きを口にする。
「これ、モーターを修理してくっつければ動かせるんじゃないかな……?」
「う、動くだと⁉」
一瞬だけ、髪がぶわっと広がる。
その姿がなんとも愛おしい。
「えっと……先ほど、端折った説明だけど」
「うむ」
「電池だけだと、電気がそこにあるってだけ。電池とモーターを繋ぐことで、電池の持ってるエネルギーを使えるようになって……こういうふうに回転する」
悠真は近くに置いてあった自分のモーターを電池と接続し、スイッチを入れてみせる。元は小型の模型用モーターだ。
彼女がふんふんと観察を始める。
「回転がどうなる?」
「ここに軸を通したら車輪が回転……つまりは車の動力になるんだ」
「!」
モーターと電池をおもちゃの車体に搭載し、裏側のスイッチを入れると、車が走って行って壁に激突する。
ひっくり返って甲高い音を立てる車を止めると、乙女が手を振り上げる。
「見たいっ!」
「あ」
先ほどの車はプラスチックの車体であり、小さなモーターでも見合うスペックだった。しかし、ゲーム内で見る限り、鉄板が使われた乙女作の戦車を動かすには、ゲーム内のものでは不都合が出るのではないか。
喉の奥まで出かかったが、乙女と目が合ってためらってしまう。
「悠真?」
「……あ。……えと……」
「…………」
表情を曇らせる乙女に、慌てて言う。
「ちょ、ちょっとだけ見せてもらっても大丈夫?」
「……良い。自分でやる」
「あ……うん」
時たま、軋むような雰囲気が二人の間に訪れる。
悠真はそのたびにもどかしくなって、改善できない自分に苛立ちを覚えるのだ。。
「軸を通せばよいのか?」
「基本的には……そうだね」
組み立てた戦車を一時的にバラし、修復してあったバッテリーとモーターを内部の空洞に設置する。モーターから左右の車輪に伸びるよう、鉄の軸をキャタピラまで通した。
ハラハラと見守る悠真を「あっちで見ておれ」と不機嫌に遠ざけつつ、乙女はコントローラでモーターを動かし、浮いた状態でキャタピラが回ることを確認する。
乙女の戦車は、大きなタイヤを左右一つずつだけキャタピラの中心に配置し、その回転で周囲のベルトを回している。
もしもこのゲームが素材の強度やモーターの馬力まで加味する物理エンジンを積んでいるとしたら、あちこちのバランスが崩れてしまうのではないか?
何度も喉から出かかっては飲み込んでいるうち、乙女は戦車を地面に降ろしてしまう。
そして、バッテリーのスイッチを入れた。
「乙女ちゃん待っ、」
ガタガタと走り出した戦車は、整地してあった一帯を飛び越えて、地面の凹凸で跳ねる。
着地の瞬間――残酷な音と共にキャタピラが潰れ、車体が拉げる。
「……」
乙女は呆然としていたが、悠真を振り向いて、静かに笑った。
「残念だが、壊れたものは……まあ仕方がない」
「あ……」
「とりあえずはわたしが興味を持って作ったものであるし、和井田に見せてやろう」
登録した戦車の製法を呼び出す。
下端には、材料が足りず、作ることが出来ない旨が表示されている。
「…………」
それにどこか痛みを覚えながらも、悠真は控えめに問いかける。
「画面の保存、できる?」
「良い、自分でできる」
「え」
悠真はそういった機能があることを教えたことがない。
笑みを消した乙女が言う。
「このボタンと、このボタンを押せばよいのだろう?」
彼女はスクリーンショットに使えるショートカットを構えている。
「うん。それで、」
「保存、と」
「……」
ファイル保存した画像を添付して和井田のアドレスに送る。
すいすいと使いこなす姿に驚いていると、乙女がすんと鼻を鳴らした。
「わたしもいつまでも素人ではないのだ。検索だって出来るのだから、」
「……そう、だよね。ごめん、乙女ちゃん」
「良い。……良いぞ」
乙女は銀太郎をシャットダウンしてから立ち上がる。
「考え事が出来てしまったゆえ、少し早いがバイトに行ってくる」
「え?」
「申し出を反故にしてすまぬが……悠真の手料理は夕飯に味わわせておくれ」
「……う、うん」
「ゼミの時間には大学に直行する。いい子で待っておれよ」
「…………」
悠真は疑問や伝えたいことを飲み込み、彼女を送り出す。
「行ってらっしゃい」
「うむ。行ってくるぞ」
「……」
ポンチョを着ていく乙女を玄関まで見送る。
取り残された悠真は、ゼミの寸前まで頭を抱えてうずくまっていた。
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