第5問 論理的試行

第23話

 乙女の参加が日常となってきたある日、ゼミ開始の15分前に和井田がやってきた。

「乙女くん」

 ゲームを進めていた乙女が銀太郎から顔を上げる。

「なんぞ和井田」

「昨日、自分のアバターをいじっていてふと思ったんだが……貴君って成長できるんだね?」

「見目が変わらんでは溶け込めぬでな」

「……では、名前を持っている間は成長できるのかな」

「ゆえに、悠真と共に死ぬことは出来ぬが、共に老いていくことは出来る。いつかは我が子の成長を見届け、悠真の眠りを看取って海に帰るつもりだ」

 悠真は彼女からの愛に溺れかけている。

「……眩しいね」

「和井田は結婚していないのか?」

「おあいにく様。生まれてこの方、恋人さえできたことがない」

「見目は良いのに」

「見た目しか褒めるとこないのかよ。……まあ、私は捻くれてるから結婚とかムリだ」

「むう。しかし、それもまた人生か」

「お、言うね」

 雑談は進んで、いつものゼミへと移行する。

「私個人の都合で悪いが、今日は少し短めに終わらせたい。許して諸君☆」

「じゃあ私から!」

 紀衣香は和井田の返事を待たず、悠真に告げる。

「乙女ちゃんが自発的な興味を持って何かを作り始めたら、創造性の研究を再開するのよ!」

「自発的な興味?」

「ほら、神社も牛車も、乙女ちゃんが悠真くんを好きだから思いついたものでしょう?」

「はうぐっ」

 胸が痛い。

「例えばー、本を読んで気になったものを作ったり、テレビで見たものを真似たりしたとき。何かが乙女ちゃんの琴線に触れて、乙女ちゃん自身が作りたいと思えるものを見つけたら、逃さず大切にするの! そこから見えてくるものは、きっとたくさんあるわ」

「……わ、わかりました。そのためには乙女ちゃんの好奇心を遮らないよう……これまで以上に、本やテレビも楽しんでもらうのがいいですよね」

「そう! わかってるじゃない、悠真くん」

 満足したらしく、手を下ろして着席した。

 和井田がぽかんとしている。

「……いつもそれくらい正気でいてくれると嬉しいんだがね」

「やだあ、先生ったら。私はいつも元気いっぱいで正気にあふれてますよー」

「そうだといいね」

 紀衣香をあしらい、遅れて挙手していた羽菜を指名する。

「紹介したゲームには、創作物を見せ合うのに便利なシステムがありまして、フレンドコードを交換すると、誰か一人のフィールドに遊びに行くことができます」

「ほう」

「素材はフィールドの持ち主しか取れませんけど、フレンドが持ってきたツールを貸し出して協力したり、保存した作品を持っていくことができるんです」

 羽菜は、悠真や乙女個人というより、この場の全員に向けて伝えているように思えた。

「例えば、乙女ちゃんが製法を使って、悠真くんのフィールドに神社を建てることだってできちゃう」

「……」

 乙女がぽっと頬を染める。

「ここに居るみんなでフレコ交換しときましょうよ。チュートリアル終わったら出せます」

「そうしようか。各自チャットで報告するように」

 和井田は残っていた砂島を指名する。

「この際だ、砂島くんからは?」

「紀衣香の分までチュートリアル進めときます」

「あ、そう……うん。頼むよ」

 最後に悠真を振り向く。

「岸里くんから報告はあるかね?」

「あ……」

 相談したいことと言えばしたいかもしれない。

 だが、急を要するわけではない。

「……いえ、大丈夫です。みなさん、今日もありがとうございました!」

 悠真が頭を下げると、他の面々はそれぞれで返事や会釈を返した。

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