第3問 論理的外出

第12話

 お泊り会は夕方にさしかかり、準備した荷物を抱えて近所の公園の駐車場で待っていると、赤のSUVが走ってきて滑らかに停車する。

 運転手は幹也。助手席には紀衣香の幼馴染コンビだ。

「お待たせしましたー!」

「待たせてすんません」

 紀衣香と幹也が、色違いの春コート姿で駆けてくる。

「待っておらぬぞ」

「私らも来たばっかりだよ」

「こんにちは、先輩方!」

 それぞれで挨拶を済ませると、紀衣香は外行き姿の乙女に話しかける。

「やーん、乙女ちゃんったらポンチョ着てる。可愛い!」

「紀衣香も白いコートが似合っておるぞ。なんというのだったか……ぺあるっく? 幹也と同じであるな」

「ありがと。幹也と一緒に買ったの」

「恋人同士なのか?」

「違うよー。幹也は四六時中そばに居るだけ。ね?」

「うん、そう。紀衣香の面倒見なきゃだから居るだけ」

「だから気にしないでね☆」

「わたしにはお前たちがようわからんのだが」

 乙女にもわからなければ、この場の誰にもわからないということになる。

「……んっんん!」

 微妙な空気を打ち破るように咳ばらいをし、羽菜が状況を進行させようと動く。

「今回、悠真くんがバイト先の居酒屋さんを予約してくれましたー! なんと割引して頂けたそうです。一同感謝と拍手!」

「そうだったんだー……ありがとうね」

「ありがとう」

「……ありがとう?」

 悠真は流れをよくわかっていない乙女が拍手をするのが可愛くて悶えかけるも、なんとか立て直した。

「若者5人で予約してくれるなら……とご厚意です。僕は予約しただけですし、店長と女将さんにお礼をお願いします」

「そうしましょ」

「ってか、岸里のバイト先、釣具屋じゃないの?」

 幹也の不思議そうな問いかけに、そういえば話していなかったと気付いて答える。

「バイト先の店主の中倉さんはご夫婦でお店をなさっていまして。釣具屋の裏で夕方から夜に居酒屋を開いているんです。魚を持ち込んだら調理もしてもらえるので、釣り人さんに人気なんですよ」

「ほー……釣りついでに立ち寄れるんだね」

「良ければご贔屓に」

「岸里は宣伝が上手いな」

「あはは……」

 幹也の趣味嗜好はアウトドア寄りなので、いつかのタイミングでおすすめしておきたいと考えていた。

「そこの男二人っ。楽しそうにするのもいいけど、出発しましょう?」

「だな。座席どうする?」

「乙女ちゃんの隣がいいわ‼」

「紀衣香は変なことしそうだから助手席」

「びゃん⁉」

 手慣れた仕草で助手席に押し込み、幹也は残る3人を振り向く。

「私ら三人並ぶよ。その方が降りやすいじゃろうし」

「じゃあ、荷物はボストンをトランクで。リュックとかバッグは後ろに並べてください」

「おっけい。手分けしていこうか」

 羽菜が振り向くと、乙女が黒髪で3人分のボストンバッグを持ち上げるところだった。

「とらんくが何かは知らんが荷物を入れるぞ」

 クレーンのように持ち上げ、楽しみで待ちきれないといった様子。

「乙女ちゃんつおいネ」

「髪の毛って強度あるもんなあ」

 この光景が人目に付かないうちに荷物を積み、全員で車に乗り込んだ。

 セカンドシートでは、乙女を挟んで助手席側に羽菜、運転手側に悠真の並びだ。

「ふふふ温泉~♪ 70年ぶりの温泉~♪」

「ご飯食べてからだよ」

 本日は、5時に居酒屋で夕食を食べ、7時ごろまでに温泉旅館に向かう計画を立てている。

 合流すると決まった電話で紀衣香が知らせてくれたので、悠真の家にいた三人は着替えを準備して待ち合わせに向かったのだ。

「最初から泊まりだった羽菜ちゃん先輩はともかく。悠真くんってば、よくボストン二つもあったよね? 片方スーツケースで来るかと思ってた」

「一泊の旅館でスーツケースは見合わないかなと思いまして……それに、いつか乙女ちゃんに使ってもらう機会もあるかとネットで注文しておいたんです」

「悠真……」

「間に合って良かったよ」

 照れる悠真に乙女がしなだれかかり、あわあわしつつも受け止める。

 甘い香りと体温を感じて、心臓を高鳴らせながらも抱き返す。

 それをミラー越しに見る紀衣香が不機嫌そうにしたのを、羽菜は見逃さなかった。

「嫉妬してんなよ、紀衣香たん?」

「嫉妬じゃありませんっ。……嫌なこと思い出しただけですよ」

「嫌なこと?」

「今日ね、彼氏に振られたの!」

「ほえ、彼ぴっぴ? スナジマンのこと?」

 運転手を指して問うと、紀衣香はぷんすかと怒り始める。

「幹也が彼氏なわけありませんっ! 羽菜ちゃん先輩いじわる言わないで!」

「ええー……? そんじゃあ、どこの馬の骨に何があってフラれたのさ?」

「聞いてくれますか」

「質問したこと後悔してるわ」

 しかし、紀衣香はやはり、人の話を全く聞かない。

「そいつは四日前に告白されて付き合った同学年男子。朝からちょっと街に出て、軽いショッピングしてから映画を見るプランでした」

「あっはは聞いてねえ」

「なのに、幹也をデートに連れて行っただけでフったんですよ! 心狭くないですか⁉ 狭いと思いませんか、みなさん⁉」

「私は思わない……」

「僕も思わないですね……」

 羽菜も悠真もこの件に触れたくはないのだが、控えめながらも意見を伝えてみる。

「二人ともひどい。……仕方ないから幹也とショッピングして映画見て帰ってきたけど、あんなやつ二度とごめんよ!」

「……どう考えてもシチュエーションおかしいだろ……」

 呻く羽菜。怪訝そうにする乙女。

 悠真が救いを求めて視線を向けると、幹也は信号右折に集中していた。

 曲がり終えて室内ミラー越しに目が合う。

「岸里」

「はい?」

「もしかして俺、道、間違えてる? ここらへん来ないから、ナビ見てもわかりにくくて」

「あ、いえ……合ってますよ。もう少し先に行くとクリーニング屋さん見えますので、そこを曲がれば近くです」

「ありがとう」

 そのまま我関せずの姿勢でオレンジソーダを飲み始める。

「…………」

 絶望を感じる。

「……だから、私は言ったんです。『ぽっと出の男なんかが幹也と張り合えると思わないで!』って。……ねえ、悠真くん聞いてる⁉」

「はうっ⁉」

 話の流れについて行けていなかった。

「す、すみません。幹也先輩とちょっとお話をして……」

「ならいいんだけど」

 よくわからないが許された。

 安堵したのち、ふと乙女と羽菜を見る。

 二人ともがっつりと疲弊している。

「……あ、あの。紀衣香先輩」

 意を決して話しかけると、紀衣香は不機嫌さを前面に出して悠真を振り向く。

「何よぅ……カップル成立した後輩くん。先輩に恋愛伝授?」

「うぐっ。そ、そうじゃなくてですね。もしもその男性が、デートに女性の幼馴染連れてきたらどう思います?」

「許す」

「幼馴染と腕を組んで紀衣香先輩の隣を歩いてたら?」

「? じゃあ、私にとっての幹也みたいなものでしょ? もちろん許すわ」

「……ああ……」

「悠真くんに絶望顔をされる覚えないのだけど」

「ダメだ……僕では論理の矛盾を指摘できない……」

「そもそもこやつ、共感能力が大幅に欠けておるのではないか?」

 乙女はため息を吐きながら悠真に寄り添う。

「悠真くんも乙女ちゃんも失礼ね」

 ぷりぷりと頬を膨らす紀衣香。

 自然な動作で、ギアの前にあるポケットから幹也のオレンジソーダを共有する。

「「……」」

 もはや何も言えない乙女と悠真は身を寄せ合ってじっとするほかなかった。

 少し回復した羽菜が、今度は幹也にちょっかいをかける。

「ってか、スナジマンはなんでついてっちゃったの?」

「紀衣香に『今日は彼氏と初デートだから一緒に行こう』って誘われてそのまま行きました。楽しかったです」

「少しは疑問を抱けよ。しかも初デートだったのかよ」

「そりゃついてきますよ。紀衣香と一緒に居たいすもん」

「そこまで言うなら二人で付き合っちゃえばいいじゃんか! 私らも平和なんだし」

 端正な容姿の紀衣香と幹也はそれぞれに異性を惹き付けてやまない。

 現在は卒研のために引退しているが、二人揃ってバスケサークルの大会で活躍するほどの運動神経を持ち、さらにはそれぞれの所属学科で他の生徒と主席を競うほどの成績優秀者。文武両道ともなれば、仲を深めたいと考える者が出てくるのは必然ともいえた。

 しかし、女子は勇気を出して幹也に告白や贈り物をするのに、受け取る幹也の隣に紀衣香。

 男子もなけなしの勇気を出して紀衣香に告白や贈り物をするのに、紀衣香の隣には……

 大学内でそんな場面を見る機会の多い羽菜や悠真にとっては、なんとも心臓に悪いのだ。

「ほら、付き合っちゃえ!」

「幹也と付き合うとかありえません」

「……紀衣香たん、砂島にキスできる?」

「? できますけど」

「それ以上のことも?」

「したことないですが、たぶんできますねー」

「結婚できる?」

「はい。余裕です!」

「付き合うのは?」

「「嫌です」」

 最後だけユニゾン。

「なんで⁉ 結婚できるなら付き合えばいいのになんでなんでなんで――⁉」

 知れば知るほど不透明に濁る二人の関係性に、羽菜が音をあげる。

 喧噪をのせた車は進み、ついには悠真のバイト先である釣具店兼居酒屋に到着したのだった。

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