第10話

 パソコンの初期設定は悠真にとって手慣れた作業だ。羽菜と話しながら、さくさくと進めていく。

「ネット接続とか課金はどうするの? 制限なし?」

「乙女ちゃんは、まだインターネットのこと理解しきれていないので……理解したときにきちんと伝えます。今のところは制限付きで。……検索フィルタもそれなりの設定に、と……」

「過保護」

「乙女ちゃんの目が汚れるのは嫌なんです」

「はいはい」

 諸々の作業を終えて、乙女の前にパソコンを置く。

「ついにわたしのパソコンが稼働するのだな。……うむ、銀太郎と名付けよう」

 フレームが銀色だからだろうか。何はともあれ、気に入って喜ぶ様子が微笑ましい。

「遊び道具を入れよう。まずはゲームだぜ!」

「ゲーム。おもちゃだな!」

 悠真が大学に行っている間、乙女は料理の仕込みや買い出しのほか、本を読んだりゲーム機で遊んだりして暇を潰している。

「この羽菜さんが、銀太郎にゲームをインストールしてあげましょう」

 ゲームのストアに入り、スマホを見ながらコードを打ち込む。購入済みのゲームソフトを用意してくれていたらしい。

「先輩、もしや自腹ですか? 僕、支払いしますよ」

「乙女ちゃんへのプレゼントだから気にすんな。半額セールの時に買ったからご安心ーっと」

 インストールが始まったゲームは2本。

 最初に読み込みが終わったタイトルは――《黒と白の屋敷》。背景は鬱蒼とした森の中に佇む日本家屋だ。

「……。羽菜先輩?」

「何かにゃ?」

「よく見なくてもこれホラーゲームなのでは」

「初心者にオススメだよ」

「いえ……なぜ、数多あるゲームからこれを選ぶのかと思いまして……?」

 連休明けのゼミでは、知らなかったとはいえ申し訳ないことをしたと後悔しているのだが、まさか自分から地雷に突っ込んでいくチョイスをするとは予想しておらず、悠真は面食らうほかないのだった。

 羽菜は気まずそうな顔で答える。

「悠真くんの目には隙のない頼れるお姉さんに見えてると思うと、気が重くなってきて……ここはちょっと人間味を見せていこうかと」

「大丈夫です。羽菜先輩がホラーを苦手としているのは知ってますから! 怪談の件は申し訳ありません‼」

「でも、他ならぬ妖怪の乙女ちゃんがそばに居るし……! ホラーゲームを見て彼女がどんなリアクションするのかを見たいって好奇心が私を苛むんだ!」

「体張りすぎじゃないですか⁉」

「横文字が多くてようわからんが、羽菜が悠真と同じ賢いアホなのはわかったぞ」

 乙女はわからないなりにわくわくして画面を見ており、とても可愛らしい。

「何に恐怖するかを知ることで、本能と性格を分析するこの試み! 誉めてくれてもいいんじゃないかな? かな⁉」

「まとめて自爆してどうするんですかー‼」

 悠真も別段にホラーゲームが得意なわけでもない。買ったゲームが殺人鬼とかくれんぼを繰り返すサイコホラーだったのは悪い思い出。その程度の耐性である。

「始める前から言い争いをするな。早く遊びたいぞ」

「あっ、ごめん……」

「先輩はコントローラもプレゼントしちゃう」

 いそいそとゲームコントローラを接続する。

 銀太郎の画面端にでたポップアップで接続を承認。

「我が家のゲーム機のと似ておるな」

「うん。いきなりキーボード入力だと難しいかと思って!」

「死地に向かおうとしてるのに、準備は万端なんですね……」

 スティックといくつかのボタンがついた、オーソドックスなパソコン用コントローラ。偶然にも乙女がいつもゲームで使っているものとほぼ同じデザインだ。

「これを選べばよいのか?」

「そうそう。で、操作をコントローラに切り替えるってボタンもクリック」

 手取り足取り教える羽菜のポジションが羨ましいが、悠真ではどぎまぎして進まないので、涙を飲んで見守る。

 ゲームのウィンドウが表れ、おどろおどろしいBGMとともにタイトルが浮かび上がった。

「ぴぃ……」

 羽菜はすでに泣きそうだ。

「げーむすたーと!」

 対照的に、乙女は元気よくボタンを押しこむ。

「……乙女ちゃんつおい……つらい……」

「ますますどうしてこのゲームを選んじゃったんですか……」

「このゲーム、シナリオ評価高かったし、悠真くん、怪談平気だったし……」

「怪談は想像で組み立てるからいいのであって、視覚的にインパクトの大きいゲームは得意じゃないんですよね……」

 同じ理由で、ビジュアルが決定づけられる漫画と映画も苦手だ。

「こういうゲームしたら寝込む? 悠真くんが寝込むなら私は高笑いするんだけど」

「寝込みませんけども酷くないですか先輩?」

「まったく、めそめそぐじぐじとしおって。ゲームは楽しむものだろうに」

 オープニングムービーにて、主人公の青年は雷鳴の響く森を歩いていく。

 山奥の温泉に向かうつもりが道に迷って怪しい屋敷に……という、和風ホラーによくある導入を済ませ、乙女が乗り移った主人公はモノローグをすっとばしながら門を開けた。

「お邪魔します!」

 元気いっぱいに屋敷まで進む。

 広い屋敷には家具や日本人形が雑然と置かれており、迷路のように感じられる。お決まりのように電灯はなく、たまの雷鳴とわずかな光を頼りに進む。

 しばらく歩き回っているうちに、乙女がキレた。

「夜目が利かんというのに何をしに来たこの間抜け! 帰れ‼」

「乙女ちゃん、それたぶん敵側の発言……」

「くぴぃっ。雷やだー!」

 雷が落ちると時たま人のシルエットが映りこむ。

 しかし、乙女は幽霊とのエンカウントを示唆するこの演出を一切気にしない。

「のう、羽菜よ。松明たいまつを見つけるところまでにしようと思うのだが、良いかの?」

「松明が前提なのはなぜ?」

「む。……悠真のゲームではそうだったのだが」

「あのゲームは洞窟の探索だったでしょう。こっちだとたぶん懐中電灯だと思うよ。ほら、屋内で火を使うのは危ないから」

「そうか」

 新たな部屋を開けた瞬間――窓越しに青白い女性の顔が映る。

 予想以上のリアルさとライティングの妙。

「おわあ……」

 悠真は背筋を冷やしたが、画面前を陣取る乙女と隣の羽菜はさしたる反応がないので、少し恥ずかしくなってしまう。

 ゲーム内では、女性の出現に驚いた主人公がすっ転んでいた。しかし、気付かず踏んだ懐中電灯を拾い上げる。

「おお! ついに発見だ! して、羽菜よ。このゲームはいかにしてセーブするのだ?」

「ほけう」

「? どうした?」

「先輩、無茶しましたね……」

 魂が抜けた羽菜を横たえさせ、乙女に代わってメニューからセーブコマンドを呼び出す。

 乙女はセーブゾーンのあるゲームしかしたことがなかったのだ。

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