第2問 論理的生活
第4話
【――5月9日――
祝・日記初日。僕は乙女ちゃんに告白した上で相互理解を深めた。
乙女ちゃんは料理上手で家事上手。僕も地道に教わっているが、まだまだ及ばない】
海と町の間に位置する小さな一軒家にて、悠真と乙女はちゃぶ台を挟んで向かい合っていた。
「改めまして、僕は岸里悠真です」
「磯辺乙女。いつかは岸里乙女になる予定だ」
「よ、よろしくお願いします」
「うむ、よろしく」
満足げにして胸を張る姿が愛おしい。
悠真はコホンと咳払いし、改めての自己紹介を始める。
「僕はもともと東京の出でして。進学するにあたってこちらに来ました。この家は母方の親戚が持っている家をお借りしています」
「母方がこちらなのだな。運命的で嬉しいぞ」
「……」
「どうした?」
ソワソワする乙女を撫でたい衝動に駆られつつ、悠真は問う。
「あの……もちろん嬉しいんだけど。どうしてこんなにも好きになってくれたの?」
共同生活の始まりに負い目があったにせよ、悠真が回復した今では、恋人になるほどの好意を向けてくれているのが不思議だった。
「気になっていたのか。ならば聞かせようぞ」
「お願いします」
乙女は懐かしむような表情で腕を組む。
「わたしの母は言っていた」
「?」
「胸と腹にズドンときた男を捕まえなさい、と」
「ズドン⁉」
「胸だけではダメだ。腹の奥底までも掴まれるようなトキメキを感じる男を選べと……」
「腹の奥底……⁉」
「母は父を選び、わたしはお前を選んだ」
「磯女って有性生殖なんだ……」
人間とは違う生物による表現であることを鑑みるに、磯女の中では食欲と愛欲が紙一重なのではないか……との推測を得るも、悠真は「彼女になら殺されてもいいか」とあっさり思い直した。
「人間も可愛いと、食べちゃいたいくらいって言葉を使うから、そういうことなのかも……」
「実は、悠真のこともそう思う……たまに首を舐めたい」
「え、舐めてもいいよ。むしろ舐めて?」
「恥ずかしい……」
「可愛い」
語彙力が溶けるほど可愛い。
「……わたしからお前にも聞かせてほしい。なぜわたしに恋してくれたのか」
「へ?」
「怪談噺にするくらいだ。恐怖を覚えていたろう?」
「うーん……えっと。びっくりさせちゃうかもしれないけど」
「今更なことを」
「そうだね」
悠真は姿勢を整えて向き直った。
「乙女ちゃんの髪が首に入り込んだとき、少し痒いくらいにしか感覚がなかった。それと、首にかかった髪をあろうことかテグスだと思ってしまった。普通ならあり得ないことだ」
「うむ。そうであろうな」
「あれは血を抜かれて朦朧としていたからじゃない。思うに、磯女が髪から血を吸う際には獲物が暴れないように麻酔と似た成分を流し込むんじゃないかと思う」
「蚊と似たようなものよな」
「だよね。……そんなふうに、途中までは髪の毛が動く原理や麻酔の謎などあれこれを考えたんだけど……乙女ちゃんを見ているうちに『こんなに綺麗ならどうでもいいか』って、思考を投げ出しちゃったんだ」
「……ほう」
「僕は科学に基づく思考を心がけているつもりだった。でも、夕日に照らされるキミの美しさを前には敵わなかった」
「んふん」
「つまりキミの美しさは計算不能。目の前に立つ少女こそ、僕が思考を投げ出すしかないほどに感じた運命ってものだと思うと……すごく興奮したんだ」
「……そうか」
興奮を隠し切れないままに、悠真は口を動かし続ける。
「それでも、冷静になれば乙女ちゃんのことを知りたくて仕方がなくなった。すべて知りたい。何が人と同じで何が違うのかを解き明かしたいと思う」
「うむうむ」
「キミのことを知りたいのと同じくらいに、好きだってことを全身で実感してる」
乙女は嬉しそうに微笑み、手を合わせた。
「わたしはかなりの男を選んだのだとわかった。ますます惚れ込んだぞ」
「そ、そう? よくわかんないけど嬉しいな……」
「うむ。人間にぞっとさせられたのは初めてだ」
朗らかな雰囲気で握手を交わす。
「これからもよろしく頼む」
「こちらこそ!」
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