夢を持てと励まされ、夢を見るなと叱られる

クリシェール

私が本当にしたい事


「まだ絵を描いてるの?」


同窓会、数年ぶりに会う見知った顔たちとの飲み会で不意にそんな事を聞かれて私は戸惑い、歯切れも悪く「描いてる…よ」と答える。

それに対して友人は、

「そっかぁ、夢があるって良いよねぇ…私なんかそんなもんなくってただの会社員。毎日うるさい上司に小言ばかり言われるんだよぉ」

それから彼女は日ごろの鬱憤を晴らすかのように愚痴をこぼし続けて、私はそれに相槌を打ちながら聞き流していた。


私は、学生の頃からイラストレーターになりたいと、絵ばっかり描いていた。それは私の周りの人間もみんな知っていて、私の絵を褒めてくれた事だってあった。先生にも夢をしっかり持ってて偉い!頑張れ!なんて言ってくれて、今思えばそれで舞い上がってたんだと思う。

もっと絵の勉強がしたくて、イラスト関係の専門学校に通う事も出来た。この頃は親も応援してくれてると思った。


絵を描いて、実力もついて、憧れの仕事につけると思っていた。


でも現実は違った。


きっかけは、会社の書類選考で落ちた事だった。書類と一緒に入れていた自分の作品ファイル。これこそは自信あると思った作品を詰め込んで送ったのだが、駄目だった。

今まで確かにあった自信は崩れ去りそれからは就職活動にもなかなか身が入らず、受ける会社も全て落ちた。

それでも私はあきらめなかった。あきらめきれなかったと言った方が正しいか。専門学校を卒業しても就職をせずにバイトをしながら絵を描き続ける日々。様々なコンテストや作品賞への応募も続けたが結果は鳴かず飛ばず。

このあたりから親の態度も変化があった。ついに「いつまでも夢を見ていないで現実を見ろ」と言われてしまった。


そこから先は地獄だった。


意欲はどんどんと削がれ、いつしかバイトが忙しい事を理由に絵を描くことからも離れて行き、鬱屈した中でただその日その日を生きて行くだけの人生になっていてた。もう未来は真っ暗で、私には生きて行く気力さえも失いつつあった。

丁度そんな時だった。彼女と出会ったのは…


「おおぅ、見事なまでの覇気のない顔だね」

バイト終わりの帰り道、人気のない場所で急に声を掛けられ振り向くとそこにはまだ子供としか思えない程の女の子が立っていた。幼さの残る顔立ちに赤い瞳。その髪の毛は桃色で、何かのコスプレでもしているかのようだった。少し話を聞いてみたところ自称魔法少女で年齢は私と同じ歳らしいけど…にわかには信じられない。ひょっとして私は危ない人にかかわられてしまったのだろうか?

「まぁ、なんだこれも縁だよ。悩みを私に話して見たりはしない?力になれるかもしれないよ。なんたって私は魔法少女なんだからね!」

そう言って自信満々に胸を張る自称魔法少女に促されて近くのベンチへと腰を掛ける。怪しさ全開だけど、不思議と胸の内を話してもいいような気分になった。

「そっかぁ…夢ねぇ………ねぇ、夢って一体なんだと思う?」

急にそんな事を問われて私は戸惑った。すぐに答えが出てこなかったのだ。夢って一体なんだろう?将来の目標?希望?なりたい自分?

「将来の目標、希望、なりたい自分。どれも正解だと思う。だから私思うんだ、夢ってこうありたいって言う願いなんじゃないかな?」

「願い?」

「うん、願い。夢は難しく考える必要はないんだよ。途中で夢は変わってもいい、あきらめてもいい、ただその次はどんな願いを抱く?」

「次?」

「ねぇ、あなたはその夢をかなえて次は何を夢見るの?」

その言葉を聞いて気が付く。私は考えてなかった。夢をかなえた後の事なんて考えてもみなかった。

「じゃあ、もしもだよ。最初の躓きが無くって夢がかなってたらあなたはどうなってたと思う?」

「それは…わからない」

「よし、それなら見てみよう!」

彼女はそう言ってベンチから立ち上がると指をパチンと鳴らす。すると見えていた景色がガラスのように崩れ去り残ったのは私とその座っていたベンチとその周りのわずかな足場と彼女だけ。それ以外はまるで宇宙空間のような景色に無数のガラス片のようなものが漂っている。

「ここはね簡単に言うと可能性の狭間」

「可能性の狭間?」

「うん、よく歴史にIFは無いって言うけど違うの。人に観測できないだけで時間は無数に枝分かれして広がっているんだ。例えば、小石に躓いたか躓かなかったかだけでも世界は枝分かれをする」

「…そんな些細なことで?」

そうだよと言って彼女はその何もない空間に足を踏み入れていく。私も少し躊躇ったが後に続くことにした。歩きながら周りに浮かぶガラス片のようなものを窺うと何か中で動いている様にも見える。そのうちの一つに手を伸ばしてみようとした時にあったと言う彼女の声を聴いてそちらに目をやる。

「これが、躓かなかったあなたの今」

そう言って一つのガラス片の中を覗く様に促される。そこには、疲れ果てた顔の自分がパソコンに向かってうーんと頭をひねりながら頭をかいていた。

「仕事が思うように進んでないんだろうね。納期に追われ修正の嵐で時間もなく、友達とも疎遠になって、ただ一人でずっと悩み続けてる。思ってたのと違うこんなはずじゃなかったと…」

これが私の望んでた未来?夢の先?

「この世界のあなたは夢がかなった後、次の夢を持たなかった。この先どうしたいかなんて考えを持たなかった彼女は、ただ今目の前にある仕事を捌くことにだけに一杯一杯になって夢を見ることを忘れてしまった」

「そんな…」

「……ちょっと意地悪が過ぎたかな?じゃあ次はこっちを見てみようか」

そう促されて次のガラス片を覗いてみる。そこには生き生きとしてイラストを描いている私の姿があった。

「楽しそうでしょ?でもね、これは躓いた後の話なんだよ。ただ、この世界の彼女は友達に恵まれた。SNSに投稿した絵を見た人がたまたま友達になって、それから同人活動に誘われてさ大手…とまでは行かないけどそこそこ人気のサークルになって絵を描き続けた世界」

そこに映る私は本当に生き生きといていて今の私とは大違いだった。本当にこれが私なのかと疑う位に…

「じゃあ、次はあきらめた世界を見てみようか」

そう言って次に覗き込んだ世界で私は見知らぬ男性と一緒に生活をしていた。そして何より目を引いたのは大きくなった私のおなかだった。

「これは夢をあきらめて入社した一般企業で出会った人と結婚をして子供も授かった世界。夢はあきらめてしまったけど違う形の幸せを手に入れた世界」


それからいくつもの可能性の世界を見た。そこには様々なドラマがあった。

「ねぇ、ここから見えるガラス片すべてにそう言った可能性の世界があるの?」

「そうだよ、ここから見える星の数ほどの欠片はあなたの可能性の世界。ただし、あなたが選ばなかった世界。選べなかった世界」

「…どうして私をここに連れて来たの?」

「それは、あなたにもまだこれから無数の可能性があるって事を教えるためだよ」

「…可能性なんて…」

私には…

「ある!」

彼女は強く。それはとても強く言い放った。まるで見て来たかのような…強い確信をもって

「これはほんの些細なきっかけなんだよ。あなたが前に進むためのきっかけ…大事なことは、自分がどうしたいかとあきらめない心なんだ。大きな目標を立てられないんだったら、まずは小さな目標を立てて見ればいい。道に迷ったら誰かに相談してみてもいいんだよ」

それでも…

「…それでも、駄目だったら?」

「一度立ち止まって深呼吸して、周りをよく見てみる事。そしたらきっと、今まで見落としていたものに気が付ける筈だから…」

「…あなたは、一体?」

「魔法少女だよ!」

彼女がそう言うと周りが急に明るくなっていく

「あ、もうそろそろ時間かぁ」

その明るさは目も明けていられない程に眩しくなっていく

「まぁ、いろいろ言ったけどさ、大事なのは自分がどうしたいのかだよ!頑張ってね、桜ちゃん」

「…!なんで私の名前を?」

眩く輝く光の中で彼女の表情も窺えないが私は必死に彼女を見ようとする。

「私だってあなたの可能性の一つ遠い遠い可能性の一つ小さい頃に本当に魔法少女になっちゃったって可能性。あなたからしてみたら、こんな荒唐無稽の可能性があるんだよ?自分の可能性くらい信じて見たら?」

その言葉を最後に世界は真っ暗になる。



誰かに肩を揺さぶられた感覚を受けてハッとし、目を開けるとそこには警察官の人が私の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫?こんな所で寝てたら風邪ひいちまうぞ」

少し混乱する頭であたりを見渡してみても先ほどまで一緒だった彼女の姿は見当たらなかった。

その後、警察官の人にいくつか質問をされた後私は一人暮らしの自分の部屋に帰り着いた。

今日の出来事は果たして現実だったのか?思い返してみればまったくと言ってもいい程現実味の無い内容だった。

言ってしまえば自分に都合のいい夢を見ていただけの様にも思える。だけど…


「大事なのは自分がどうしたいのか…か」


私は深く息を吸って、ゆっくり吐き。目を瞑る。私がどうしたいのか…それは…

ゆっくりと目を開き「よし」と気合を入れる。




私が最初にすることは、親に電話を入れる事にした。



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