第15話 浮気?
今、俺は急行電車の中だ。さっき札幌駅で買った駅弁を食べながら、彩夏の待つ我が家に向かっている。今朝ラインで伝えた急行より小一時間前の電車に何とか乗れた。夜の九時頃到着予定が八時過ぎには彩夏の元へ帰れそうだ。少し驚かそうと思ってその事は連絡しなかった。夕方彩夏からラインが来て、夕飯を用意して置くので、空腹を我慢して帰って来いとの命を受けたが、内緒で駅弁に手を出してしまった。勿論、彩夏の夕飯は頂くつもりなので、駅弁は一番量の少ない蟹飯にした。
内緒と言えば此処だけの話だが、それは昨日の夜の事。札幌滞在中に一度だけ、もう一人の俺に押しきられて薄野の風俗へ足を運んだ。
彩夏が家に来てから初めての浮気?だった。いや、彩夏にはまだキスもしていない間柄なので、それには当てはまらないと言い聞かせて向かった。
久しぶりの風俗だった。俺が思うに、それを仕事にしている娘達には、それぞれ事情や目標が有るのだと思うが、そんな人達には尊敬に値する感情が沸いてくる。
妻が他界した後に少し自棄に成っていた事もあって、地元の風俗店のポイントカードの面積が半分ぐらい印で埋められた事が思い出された。そして、久しぶりにサービスを受けたが、男の身体を悦ばせる技量や演技声、それとリップサービス(お喋りですフェラではない)はさすがだが、客としてしか見られていないのがまざまざだ。俺の心は、身体の反応とは逆にむなしくなった。そして、この場所へ来た事を後悔した。その後、その営業に撤している娘の顔が一瞬だが、彩夏の顔に見えたとき俺は果てた。彩夏には悪い事をした。懺悔(ざんげ)の気持ちになって宿へと帰った
電車が駅に到着した。そして直ぐタクシーで彩夏の元へ向かった。
「ただいま、彩夏、帰って来たよ」と玄関で叫んだ。
彩夏は玄関まで走って迎えてくれた。涙を流しているのが少し離れていても判る。
鼻水声で「おかえり」と言ったと思ったら、まだ靴も脱いでいない俺に抱き着いてきた。
こんなはっきりした彩夏とのハグは初めてだった。何故か心地良い。そして爽やかだ。それを俺はしっかり受け止めた。その時、昨日店で嬢と爽やかでは無いハグしたことは口が裂けても言えないと思った。そして俺は彩夏を宥(なだ)めて二人は離れた。
「彩夏、凄く寂しかった」と言われた。続けて、
「パパは?」「寂しく無かった?」と問われた。
俺も、彩夏と全く同じだったが、
「パパは大人だからね」と胡麻化した
すると彩夏は、
「あっ、もしかして浮気してた?」
――ギクッ……鋭い――
「そんな事する訳ないよ」
「それに、その台詞は妻が旦那に言う言葉だよ」と言うと、
「彩夏は、パパの妻だと思っているも」と少し膨れられた。
そんな出迎えをされて、着替えてから遅い夕食を二人で頂いた。彩夏の料理の腕は確実に上がっている。初詣のお願いが効いたのかな? いや、彩夏の努力の結果なのは間違いない。食事の片づけの後の密着タイムに彩夏へお土産を渡した。
一寸荷物に成ったけど、例の店から宿へ帰る途中の狸小路商店街の店先で目立っていた抱き枕にした。
「これ、お土産」と言って、
「この先、寂しい時とか雷の時に彩夏が寂しくならない様に」と続けた。
「彩夏には、パパが居るから無用の長物だね」と返してきた。
「だから、パパが居ない時とかに使えるでしょ」と言ってから、
――しまった――と思った。案の定彩夏は、
「じゃ、パパが居る時は毎日パパが抱き枕に成ってくれるんだ」
「彩夏嬉しい」「お土産ありがとう」
――やられた――
「なるべく善処するよ」と返すしか無かった。
そのあと荷物の中から、彩夏から借りたCD-ROMを返した。その上にSDカードを一つ重ねて渡した。
「彩夏の事、教えてもらってありがとう」
「智恵さんの勇気にも感動したし、彩夏は、いろんな人に守られて来て幸せだね」
すると彩夏は、「今はパパに守られているよね」と言う。
「…………」
「それと、上に乗っているSDカード……、パパからの手紙」
「パスワードは彩夏のお父さんと同じだよ」
そう言うと彩夏はそのSDカードを持って急いで二階へ上がって行った。
暫くすると彩夏は、階段を駆け下りてきてソファーに座っている俺に本日二回目のハグをしてきた。それは一度目より強かった。そして涙の量も多かった。
「パパ、ありがとう……ありがとう…………」
「彩夏、待ってる、待ってるから」
それだけ言うのが精一杯で、あとは只、泣きじゃくるだけだった。
どれくらい経ったか分からないまま時間が過ぎた。その間俺は、彩夏をずっと受け止めていた。
そして、泣き止んだ彩夏の顔を俺の肩から上げて、彩夏の唇に俺の唇を重ねた。
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