第4話 父、冒険者になる
「先程は有難う御座いました。私はラディオ、この子はグレナダと言います」
「レナンなのだっ!」
娘の紹介も交え、挨拶を交わすラディオ達。
すると、しっかり自分の名前を言えたグレナダを見て、ドレイオスが満開の笑顔を咲かせる。
「んまぁ! ほ〜んとぉに偉いわぁん♡ ラディオちゃんにレナンちゃん、んんよぉろしくねんッッ♡ あら、これから登録なのぉん?」
プレートの有無を即座に見抜き、ドレイオスが質問を投げ掛ける。
飴の件と言い、尋常では無い洞察力だ。
「そのつもりだったんですが……また日を改めようかと思います」
すると、ドレイオスは顎に指を置き、唇を尖らせて『ふーん』と考え込む。
そして、パンっと両手を合わせると、バッサバサの睫毛でウインクを連発し始めた。
「そ・れ・な・らぁん♡ アタシが、レナンちゃんの事見てても良いかしらぁん?」
これは予期せぬ提案だった。
実は、グレナダは本能で相手の『害意』を察知する事が出来る。
警戒心を抱くと、尻尾がピンと上に伸びるのだ。
特に、己に対してでは無く、『ラディオに対して害意が無いかどうか』を無意識に判断している。
しかし今、尻尾は嬉しそうにフリフリしているだけ。
勿論、飴を貰って懐柔されたという訳では無い。
そもそも、害意を感じ取らなかったからこそ、普通に受け取ったのだ。
今度は、ドレイオスを観察するラディオ。
綺麗に後ろが刈り上げられたオカッパ頭―途轍も無くカールした、主張の激しいもみあげも忘れてはいけない―は、鮮烈なショッキングピンク。
大海の様な深い青色をした切れ長の瞳と、陽に焼けた健康的な褐色の肌。
更には、2mを超える背丈を持ち、鍛え抜かれた鋼の如き筋肉を誇る肢体。
それらを覆うのは、黒革のベストと、同素材のピッチピチのブーメランパンツに網タイツのみ。
仕上げに、足元を髪と同色のハイヒールで包めば、光り過ぎるドギツい個性の完成である。
しかし、何故か納得した様に頷くラディオ。
(ふむ……これが『最先端』と言うものか)
そんな訳は無い。
この格好が世界的に流行っている等有り得ない。
だが、何を隠そうラディオは致命的に世俗に疎かったのだ。
「どうかしらぁん?」
「とても有難いお話なのですが……理由を伺っても宜しいでしょうか?」
感心している場合では無かった。
もっとやるべき事がある。
初対面の自分達に何故そこまでしてくれるのか、
様々な種族で構成され、ギルドマスター直々に選ばれし12人のクラン、その名も【金時計】。
全員が超が付く実力を持ち、その力は一国の大隊を1人で相手に出来る程。
日々ランサリオンの安寧を支え、冒険者達を纏める超人達である。
しかし、だからこそ真意を知らねば。
グレナダは害意を感じ取っていないが、もしやという事もある。
父として、娘に迫る危機は排除しなければならない。
大男を見つめるラディオの瞳が、鋭さを増す。
しかし、当の本人はキラキラした瞳で、グレナダに熱視線を送っているだけ。
それどころか、急に体を震わせてクネクネし始めたではないか。
「……あぁん! もうダメんッッ! 可愛すぎるのよぉん! アタシ、全ての可愛いものに目がないのっ!!『可愛いは正義』なのよぉぉぉぉん♡」
過度な興奮を見せるドレイオスと、『えへへぇ』と照れるグレナダ。
そんな2人を見たラディオから、自然と微笑みが零れ落ちる。
(……無粋だな)
ラディオは警戒を解くと共に、まだまだ未熟な自分を戒める。
娘を護る為とはいえ……
「何なのその宝石の様なお目目はぁんっ! 何なのその最高級シルクの様な、艶々の髪とお肌はぁん!! 何なのそれを包む着ぐるみはぁぁぁぁーーん!!」
「ちちがつくってくれたのだぁ♡」
着ぐるみを褒められたグレナダは、嬉しそうに尻尾をフリフリする。
「そうなのぉん? ラディオちゃんやるわねぇん♡ ホーントに可愛い可愛い熊さんよぉん♡」
「あっ……」
ドレイオスが満面の笑みで言い放った瞬間、目を見開き『こいつやっちまった!』、という顔で固まったグレナダ。
それを見たドレイオスも、『アタシやっちまった!?』という顔で微動だにしなくなった。
そして――
「……猫ちゃんです」
中年の哀愁漂う低い声が、耳を突き抜けていく。
分かっている。
可愛い物を作る才能が無い事ぐらい……分かっている。
「そ、そうよねぇん! 猫ちゃんよねぇん! あ、そうだぁん! レナンちゃんパイは好きかしらぁん!? 下の酒場で美味しいレモンパイを食べられるのよぉぉん!!」
必死に取り繕うドレイオス。
ラディオは少し遠い目をしていたが、娘がレモンパイに反応したのを見とめ、気を取り直して聞いてみた。
「レナン、ドレイオス殿が一緒に居てくれると仰ってくれたんだ。父は少し用事があるから、それまで待っていてくれるかい?」
「あい! レナン、まってるのだ!」
「そうか。御迷惑をお掛けしない様に、良い子にしてるんだよ」
「あいっ♡」
元気良く返事をした娘をギュッと抱き締め、ドレイオスに向き直るラディオ。
「では……ドレイオス殿のご厚意に甘えさせて頂きます。娘が粗相をしたら、叱ってやって下さい。直ぐに戻りますので、それまで宜しくお願い致します」
深々と頭を下げたラディオの肩を叩き、ドレイオスは笑いながら首を横に振る。
「んん〜、アタシの事はレイちゃん♡って呼んでちょうだぁい♡ 楽しくお喋りでもして待ってるわよぉん。さぁ、行きましょっ!」
「あいっ!」
差し出された手の小指を握り、2人は酒場へ向かう。
だが、此方をしきりに振り返り、少し寂しさを滲ませながら手を振る娘。
優しく微笑みながら手を振り返すラディオの心が、ギュッと締め付けられていく。
やがて訪れる、
▽▼▽
タワー地下1階・『酒場』――
「レイちゃん、その子どうしたの〜? めっちゃ可愛いんですけど〜♡」
「そうよねぇ〜ん、可愛いわよねぇ〜ん♡ レナンちゃんって言うのよぉん。ちょっと上で迷惑掛けちゃったから、お父さんの登録が終わるまで、預からせて貰ったのぉん♡」
酒場のカウンター席に座り、店員の獣人と楽しくお喋りをするドレイオス。
彼女の名はナーシェ、艶やかな黒い三角耳が特徴の、看板娘である。
「早速注文良いぃん? とびっきりのレモンパイを2つお願いねぇん。レナンちゃんにご馳走したいのよぉん♡」
「はいは〜い、ちょっと待っててね」
厨房へ駆けて行くナーシェを、ニコニコと見つめるグレナダ。
この時、ドレイオスはふと思い立った。
このままでは、フードや髪が邪魔になるかも知れない。
その前に準備をしてあげようと、グレナダに手を伸ばすが――
「あぁ〜! だめなのだぁ〜! ちちとのおやくそくなのだぁ〜!」
頬を膨らませ、即座に両手で頭を押さえたグレナダ。
「あらぁん、ごめんなさいねぇん。アタシが勝手にやろうとしたのが悪かったわぁん。そんなに怒らないでぇん、ねっ?」
何か、親子の間で大事な事があるのだろう。
ドレイオスは片手をテーブルの上に置くと、バシンと自分で叩いて見せた。
「いけない子にはお仕置きしないとねぇん。レナンちゃんも、やってくれるかしらぁん?」
眉根を寄せ、申し訳無さそうに手を差し出したドレイオス。
すると、グレナダは赤くなっている部分を撫で始めたのだ。
「レイちゃんがごめんなさいしてくれたから、もういいのだ! いたくない?」
不安気な顔を見せるグレナダに、ドレイオスは感動を覚えた。
「んまぁ♡ 何て素晴らしいのかしらぁん! レナンちゃん、本当にごめんなさいねぇん。それと、許してくれてありがとぉんっ♡」
「あいっ!」
仲直りをした2人。
そこへ、丁度良くナーシェが戻って来た。
「お待ちどうさま〜」
「おぉ〜! きれいなのだぁ♡」
白と黄色の爽やかな色合いのパイを見て、グレナダの瞳がキラキラと輝いていく。
パイとドレイオスを交互に見やり、ソワソワしてしまう程に。
「おほほほほっ! 本当に良い子ねぇ〜ん♡ どうぞ、召し上がれぇん♡」
「あいっ! いただきますっ!」
グレナダはパチンと手を合わせると、フォークを勢い良くパイに刺した。
一切れ頬張れば、途端にフニャけた笑みが溢れてしまう。
カスタードの甘みとレモンの酸味、サクサクのパイ生地とフワフワの生クリームが、絶妙なハーモニーを奏でるのだ。
「もぐもぐ……あまくてすっぱくておいしいのだぁ♡」
「どう? ウチのレモンパイ、中々でしょ?」
口の周りに沢山クリームをつけて、夢中で頬張るグレナダ。
それを見たナーシェは、誇らし気に笑顔を浮かべる。
嬉しそうにしている2人を眺めながら、静かに紅茶を啜るドレイオス。
ゆったりと流れるこの一時を、存分に満喫しているのだろう。
▽▼▽
一方、受付では――
「次の方どうぞ〜!」
暫く並び、漸く順番が回ってきた。
ハキハキとした案内の声の元へ急ぐラディオ。
到着すると、受付嬢は慣れた手つきで、テーブルの上に必要な物を揃えていく。
「はい、ではこの申請書に氏名・種族名・性別を書いてくださ〜い」
言われた通りに記入を終え、申請書を渡す。
受付嬢はさっと目を通すと、今度は真っ白な本を取り出した。
「……はい、問題ありませんね〜。では、この『
これまた言われた通り、本に魔力を流し込む。
すると、淡く光を発しながら申請書が吸い込まれていったではないか。
「はい、これで完了で〜す。お疲れ様でした〜。次に、能力測定に入りま〜す」
「いえ……私はEランクから始めたいと思っています」
ゴソゴソと準備をしていた受付嬢が、驚きの表情を見せる。
新規の冒険者達は大概、飛び級出来ると―結果として、殆どの者がEランクから始めるのだが―思い込んでやって来るもの。
故に、最初からそれで良いと言う者は本当に稀だった。
「え、あの、良いんですか〜? えっと……じゃあ、これがラディオさんのプレートになりま〜す」
差し出して来たのは、白い菱形プレートがぶら下がるネックレス。
これこそ、冒険者としての身分証。
早速、ラディオも首にぶら下げた。
(良し、これで無職から脱却だ)
満足気に頷く中年。
すると、受付嬢が含み笑いを零した。
プレートを貰っただけで、此処まで嬉しそうにする者も稀だったのだ。
「あ……申し訳ありません」
「ふふっ、いえいえ〜。えーと、次は……『迷宮』や『依頼受付』に関して、説明を聞かれますか〜?」
「はい、宜しくお願い致します」
受付嬢から『目録』の使い方や、ギルド内での大まかなルール、『迷宮』の特徴等を教えてもらう。
レクチャーが終わると、ラディオは受付嬢に一礼をしてから、足早に酒場へ向かった。
▽▼▽
ペロッとパイを平らげ、ナーシェがくれたジュースを飲むグレナダ。
ご機嫌に尻尾を揺らし、とても満足した表情だ。
しかし突然、ピクッと体が揺れたかと思えば、一点を見つめて動かなくなった。
「あら、どうしたのぉん?」
不思議に思ったドレイオスが問い掛ける。
だが、答える事無く椅子を降りると、階段の方へ駆け出して行ってしまった。
「ちょっとぉん!? 離れちゃダメよぉん!」
大男も急いで後を追うが、踊り場に出ると足が止まる。
そして、ニヤニヤしながら
(んまぁ♡ 何て美しい画なのかしらぁん♡)
「ちちっ♡ ちちっ♡」
「ただいま。良い子にしてたかな?」
ラディオの気配に瞬時に気付いたグレナダは、居ても立っても居られず駆け出したという訳だ。
温かな胸に抱かれ、レモンパイの時とは比べ物にならない笑顔を咲かせている。
どんな甘味を持ってしても、『ちち』には敵わないのだろう。
「本当に助かりました。娘がご迷惑をお掛けしなかったでしょうか?」
踊り場でクネクネしていた大男に歩み寄り、御礼を述べたラディオ。
しかし、ドレイオスは楽し気に首を振った。
「ううん、ほーんとに良い子だったわぁん♡ ちゃーんとラディオちゃんとのお約束も守っていて、健気だったわよぉん♡」
「レナン、ちゃんとおやくそくしたのだっ! えらい?」
「そうか。とっても偉いよ、レナン」
「きゃはははっ♡」
娘のおでこに、自分の額を合わせたラディオ。
すると、グレナダは幸せに溢れた笑い声を上げる。
「おほほほほっ! 可愛いわねぇ〜ん♡」
娘が一切の嫌悪感を示さず、『お約束』に対しても深入りしてこない。
何より、グレナダを見つめるその瞳は、正しく
ラディオは再度頭を下げながら、ドレイオスは信用に足る人物だと確信していた。
(レナンに……素晴らしい友人が出来たかも知れないな)
ラディオが求めていたものは、娘を色眼鏡で見る事無く、『只のグレナダ』として接してくれる環境や人々である。
それが今、目の前にあるのだ。
実際の所は、言ってない事の方が多く心苦しい面もある。
だがいつか、全てを告げられる時が来て欲しい……娘の笑顔を見ながら、そう願わずにはいられなかった。
「またお喋りしましょうねぇん、レナンちゃん♡」
「あいっ!」
「有難う御座います。パイの代金は、これで足りるでしょうか?」
差し出された金貨を見ると、ドレイオスは再び首を振った。
ラディオの指を閉じさせる様に手を握り返し、バッサバサの睫毛でウインクの連打を浴びせる。
「そんなの良いのよぉん! これは、アタシの『可愛いもの欲求』がやった事なんだからぁん。お代なんてもらっちゃいけないのよぉん♡ それにぃん、この額だと多すぎよぉん」
「いや、しかしそれでは……」
「良いったら良いのぉんっ! さぁさぁ、玄関まで送るから、早く行きましょ〜ん♡」
戸惑うラディオの背中を押しながら、階段を上って行くドレイオス。
玄関前で暫く抵抗していたラディオも、最後には折れて固い握手を交わした。
大きく手を振る新たな友人に見送られ、親子はギルドを後にする。
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