待機

ボラギノール上人

第1話

「うぅ…」

 俺はもう死んでしまうのだろうか。オンラインゲームが楽しすぎて、三日間寝ずに三本爪で引っかかれたみたいなパッケージの飲み物を飲みながらひたすら続けていただけだと言うのに。


 最早動くことも声を上げる事も出来ない。一人暮らしのこの部屋を、ふいに訪れるような家族も友人もいない。

 もうダメなのか…。まだ死にたくない、続きが気になる漫画もあるし、来月発売される楽しみなゲームだってまだあるのに…。

 徐々に、力も抜けてきて意識もぼんやりしてきた、いよいよこの世ともお別れか…。


 ああ、小学生の頃授業中に抜け出して鬼ごっこをして遊んだこと、中学生の頃授業中抜け出してコンビニに行ったこと、高校生の頃、授業中に抜け出してこっそりタバコを吸っていたこと。そんな思い出が浮かんでくる。これがいわゆる「走馬灯のように」というやつなのか。実際にあるんだ、こういうのって。そういえば昔何かで「走馬灯のように記憶が蘇るのは、助かる方法を過去の記憶から探そうとしている。」と見たような気がする。もしかしたらここに何か打開策があるのかもしれない…。

 どうやら、小さいころからの思い出から徐々に大きくなっていくみたいだ。昔の俺、何か今の状況に役立つようなことをしていてくれ!


 積み木を同じ組の子に投げて頭に当たって縫う怪我を負わせてしまったこと、少年野球の大会で最優秀選手賞を貰った事、友達が学校のドアに突っ込んで割り救急車で運ばれていったこと、休み時間に友達がいなくて暇すぎてひたすら高校の校舎を歩き回っていたこと、初めて出来た彼女と旅行に行ったこと。

 あったなあ…そんなことも、懐かしい。でも何もヒントは無さそうだ。

 どうしようもないか、と諦めかけていると、また走馬灯のように記憶が蘇ってくる。


 一緒に階段を下りていた友達が突然吐いて、ゲロが階段を流れていったこと、バスケを始めてキャプテンになったこと、夜中に家を抜け出して麻雀していたこと、文化祭と体育祭に一度も出ずに高校を卒業したこと、童貞を捨てたこと、英会話教室に通ったこと、習字を始めたこと、タバコを吸い始めたこと、バイトを始めたこと、両親が離婚したこと、ご飯を食べたら美味しかったこと、お風呂に入ったらすっきりしたこと、朝起きたらまだ眠いこと、仕事に行きたくないこと……。


 …ちょっと待ってくれ。「走馬灯のように」ってこんなに何回もループするものなのか?なんかやたら長くないか?もう後半はめちゃくちゃ適当じゃないか。ていうかもう最初の記憶からどうでもいいようなものだったし、「助かる方法を過去の記憶から探している」ってなんだよ、そもそも打破するような人生を送ってきてねえよ!恥ずかしいわ!そして改めて高校時代寂しすぎるな!

 いや、まずこの状況はなんなんだ、俺は死ぬのか?いつ死ぬんだ、どのくらい時間が経ってるんだ。誰か説明してくれよ!


「こんにちは」


 うお、びっくりした。椅子にもたれかかっている俺の目の前に突然眼鏡をかけたスーツ姿の男が現れた。なんだこいつは。


「私は、何者なのか。これからご説明いたします。」


 えっこわ。こいつ心が読めてるのか?いきなり現れて一体なんなんだ。あれかな、現代の死神はスーツ姿なのか、俺何か悪いことしたかな。


「私は死神ではありません。分かりやすく言えば役所の者です。」

「昨今人口が増え、それに伴って死者の数も増えました。一日に3000人程亡くなっています。結果神様の元にも閻魔様の元にも毎日大量の人が押し寄せるようになりました。そこでお二人も思ったのです、めちゃくちゃしんどいと。」


 やっぱり、心が読めているみたいだ、それに一体さっきから何を言っているんだ。やばいやつなのか。


「私はやばいやつではありません、むしろ三日三晩ゲームして死ぬ人間の方がやばいかと思います。」


 うるっせえよ!なんなんだこいつ!


「続けます、そこでお二人の元に一度に大量の死者が向かわないように一度経由する役目を設けようと。そうして出来たのが、私たちの機関です。私たちがある程度あなた方の生前の行いを審査し、天国か地獄どちらに行くかを仮審査します。そうして、ふるい分けられた死者を神様か閻魔様の元へ送り最終決定を下すのです。」


 なんか分かったような分からないような…。結局のところ俺は死んだのか?こいつは生きてるのか死んでるのかどっちなんだ。


「あなたはもう死んでいます。それは変わりません。そうだ、先にこれを。私は説明とこれを渡しに来たのです。」

 そう言って目の前デスクに置かれた紙には「E376」と書かれている。

「これは、番号札です。」


 番号札?よく役所とかで受け取るやつか?まさか…。


「その通りです。番号をお呼びするまでお待ち下さい。」


 うわ、最悪だ。俺、これ嫌いなんだよな。めちゃくちゃ待つから。あれ、ちょっと待て。ということは俺は呼ばれるまでこのままなのか?


「そうです、このまま番号が呼ばれるまでお待ち下さい。」


 最悪なんだけど!待合室ねえのかお前らのとこはよ!俺動けないんだけど!


「もし退屈なようでしたら、私たちのサービスでまた貴方の生前の記憶を流しましょうか。」


 あれ、そういう事だったのかよ!もう最後の方適当だったぞ、どういう事だよ!


「私たちも記憶の捏造は出来ませんので…。まあ、それだけ…ぷぷ…何もない人生だったのでしょう…っふ…」


 て、てめえ…何笑ってんだよ!人の人生を笑うな!


「ちなみに、先ほどの質問ですが、私は生きている人間ではありません。貴方がたからすればあの世の者という事です。なので、当然通貨もありません。私がこのクソ忙しい仕事しているのは何でだと思いますか?そう、貴方のような恥ずかしい死に方をした者を弄るためです。」


 こいつ、最低かよ!ひょっとして地獄からの使いなのか?俺は地獄行きってことなのか?


「違います、私は単に性格の悪い者です。では用件は以上となりますので、私はもう行きます。クソ忙しいので次の死者のところにも急いで行かなければなりません。あーあ、私も貴方みたいにゲームしたいな、一杯。」


 こいつほんとにむかつくな!てか、最後に今何番が呼ばれてるか教えてくれよ!


「仕方ないですね。………。なるほど、今はE108まで済んだようです。」


 はあ?あとどれだけ待てば良いんだよ!死にすぎじゃねえか人類!


「これでも今日は少ない方です。あ、最後に私たちのお客様センターの電話番号をお教えします。」


 電話番号?あの世にも電話があるのか?ていうかそもそも体を動かせないから電話もかけれないんだが。


「大丈夫です。今から言う番号を覚えておいて下さい。それを頭の中で念じれば、繋がります。そうすればオペレーターが出ますので、現在何番まで呼ばれているか等、ご確認下さい。ではいきます、0120-46〇-〇〇〇です。今度こそ行きます、では。」


 あっ!おい!ちょっと待て!何でフリーダイヤルなんだ!おい!おいって!

 くそ…あいつ行きやがったな…。しかし、後200人以上待たなきゃいけないってマジかよ。これから死ぬっていうだけなのになんで待機しなきゃいけないんだ。何も出来ないし暇すぎるだろ…。









 あれからもう二日ぐらい経っただろうか…。

 僕は一体あとどれだけ待てばいいのか…とそのぐらいの体感ではあるが、デスクに置かれた時計を何回見てもせいぜい半日程度しか経っていない。いや、半日って凄いな!

 現状では仮死って事なんだろうか、そんな状態で身体を動かす事はできないのだけど、意識はあるだけに動かせない事がかなりのストレスになっている。感覚もないのにずっと同じ姿勢でいるからお尻が痛いような気がするし、体の節々が重くなり伸びでもしたい気持ちになってくる。それらのストレスや中々自分の順番が呼ばれないイライラも合わさって爆発しそうになった時、そういえばお客様センターの電話番号を教えてもらったことを思い出した。

 念じればかかるということなので、早速言われた番号を頭の中で呟く。

 呼び出し音が鳴って本当にかかった事に感動していると、ガチャッと音がした。


 もしもし、と声を出そうとすると、聞こえてきたのはオペレーターの声ではなく「愛の挨拶」という曲であった。つまり、保留音である。


 クソ!!またこのパターンか!!そらこんだけ待たされれば皆電話するわな!

 これも本当に嫌いなんだよな、めちゃくちゃ待つし。それをなんだか間の抜けた音が余計にイライラさせてくる。生前だったらスマホをスピーカーにして動画でも見ながら待っていたりもしたけど、今は脳内に直接響いていてどうすることも出来ないし。

 もう早く繋がってく…あ、愛の挨拶が途切れた!もしも…


「ただいま、大変込み合っております、時間を置いてお掛け直し頂くか、もう暫くそのままお待ち下さい。」


 メッセージの後にまた、愛の挨拶が流れる。

 もういい加減にしてくれ!一体いつになった死ねるんだ俺!

 もしや、俺はすでに地獄にいるのか?待機地獄なのかここは!


 愛の挨拶と込み合ってますメッセージを交互に何回も聞いていい加減頭がおかしくなりかけていると、あのスーツ野郎が現れた。


「随分と辛気臭い顔してますね。」


 うるさいよ、これだけ待たされればそうなるよ。


「こらえ性のない人間っぽいですからね。しかし、朗報です。とうとう貴方の順番が来ました。これから共に窓口へと向かいます。」


 おおおお、マジか!ようやく来たか。これで俺も正式に死ねるんだな、長かった。

 現代の人間は死ぬのにも一苦労だ。よし、早く行こう。


 スーツ野郎が「行きます」と言ったと同時に俺は見知らぬ場所に立っていた。

 目の前にはズラッと窓口が並んでおり、それぞれで人々が係員と話している。

 見知らぬ場所とは言ったものの、その様は完全に役所のそれだ。

 本当に込み合ってるんだな…そりゃこれだけ待つし、待合室も用意するのは大変かもしれない。

 それに体が動かせる。俺は伸びをして気分が上がった。


「左から5番目の窓口がEになります。そちらに向かって下さい。では、私はまだ仕事があるので失礼します。あー忙しい忙しい…。」


 そう言いながらもニヤニヤして去っていった。きっと次の奴もイジりがいのあるやつなんだろうか、多分あいつの天職なんだろうな。

 なんて、思いながらEの窓口に着くと係員が座っている。


「番号札E376の方?はい、確認取れました。えー、一通りきみの人生を確認したけど、特に特に何もないし天国行きでいいんじゃないかな。

 でも、結局最後に決めるのは神様だけどね。僕らはあくまで、資料を整理しまとめて、仮決定だけだし。じゃ、右向いて。向こうにあるドアを入ると、天国になるんだけどそっちにも人がいるからまたそこで詳しく聞いて。じゃお疲れっしたー。」


 え?あれだけ待ってもう終わり?よく待ち時間と見合ってない事あるけど、まさか一番が死んだあとに来るとは思わなかったわ。それにこの係員なんかゆるすぎないか?ここの職員達適当な奴多すぎて不安になるわ。

 でも、なんにせよこれでもう終わる。ここからはもうハッピー天国ライフと言ったところか。


 ウキウキしながらドアを開けると、そこは大勢の人で賑わっていた。

 これが天国なのか。室内だしまだ他にも色々な場所があるんだろうけど、本当に日本の景色そのままって感じだな。

 すぐ左手に受付を見つけ近寄ると、受付の女性が声をかけてきた。


「天国予定者の方ですね。ではこちらをどうぞ。」


 女性は、手元にあった小さい機械のボタンを押すと出てきた紙を手渡してくる。

 ひょっとしてこれは…と周囲を急いで確認していると、スピーカーからアナウンスが聞こえてきた。


「H143の番号札をお持ちの方、窓口までお越しください。」


 そして、遠くの方でうっすらランプが点灯するのが見えた。

 もしやこの大勢の人は、この順番待ちをしている人なのか…。

 嫌な予感がして受け取った紙を見ると、そこには「H461」と書いてあった。

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待機 ボラギノール上人 @shiki1409

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