8. 短い安息

 光司はジャッキーの後について、家の中に入っていった。


 みしりと床が軋む音が聞こえてくる。


 ジャッキーが玄関に置いてあった懐中電灯を手に取り、明かりをつける。


 ジャッキーはそのままリビングの方へ歩いていき、光司もたどたどしい足でついて行く。


 リビングではカーテンが真っ白に光っていて、青白い光が包んでいた。


 光司が雨で冷め切った体を震わせていると、ジャッキーがタンスの中から一枚のバスタオルを取って光司に投げる。


「シャワーでも浴びてきなさい。かろじてまだ温かい水が出るわ」


 光司は、こくりと頷いて風呂場へ向かった。


 シャワーのノズルと回すと、生暖かい水が勢い弱めに出てきて、光司の体を温めた。


 生き返ったような気持ちになった光司は、先ほどまでの出来事が頭の中から消えていた。


 光司が風呂場から出てくると、ジャッキーが着替えを脱衣所に置いてくれていた。


「この服……」


 光司は置いてあった服に見覚えがあった。


 それはゲームの主人公ラウルが、かつて着ていた服だった。


 深い緑のシャツに青のジーンズ。そして黄色い笑顔のキャラクターがプリントされたTシャツだった。


 この服装は、ゲームの序章でラウルが着ていたものだ。


 突然街に湧いて出てきたゾンビたちから、ジャッキーを守り、返り血と破けて着れないものになっていたはずなのにどうしてここにあるのだろうか?


 光司に微かな疑問が生まれた。


 ラウルはどこにいるのだろうか?と。


「コウジ?」


 奥からジャッキーが呼ぶ声が聞こえた。


「上がったならリビングに来て。着替えも置いてあるから」


 光司はジャッキーが用意してくれた着替えに袖を通し、リビングへ向かった。


 ジャッキーはリビングのソファに座って、ペットボトルに入った水を飲んでいた。


 光司がリビングに姿を現すと、ジャッキーはペットボトルから口を離して光司の方を見やる。


「少しはマシになったわね。さっきまでのコウジの顔、あいつらと一緒だったわよ」

「そんなこと言うなよ」


 光司は不満そうな顔になりながら、椅子に腰かける。


「……本当にジャッキーなんだな……」


光司は信じられないような顔をしてジャッキーを見る。無理もなかった。画面越しに見ていたゲームのキャラクターが今、実際に光司の前に立っていたからだ。


「何よ突然、当たり前でしょ。というかさっき初めて会ったばっかじゃない」


 ジャッキーが笑って言った。


「え、あ、そうだよな。おかしなこと言ってるな俺……」


 光司は言いながら少し顔を俯かせた。


「あなた、一人でこっちに来たの?」


 ジャッキーが真剣な顔つきになって問いかける。


 光司は顔を上げて、悩まし気な表情になる。


「分かんないです……気づいたらこの街にいたんです」

「覚えてないの?」


 光司はゆっくり頷いた。


「そう……」


 ジャッキーは座りなおすように深くソファに腰かけた。そして天井を見ながらジャッキーは光司に尋ねた。


「ねえ、コウジ。あなた白髪交じりの男の人見てない?」


 光司はハッとしてジャッキーを見ながら言った。


「いや、見てない。……ちなみにその人の名前は?」

「名前?名前はラウル。ラウル・ハート。私の知り合いよ」


 ラウルはジャッキーでも居場所が分からなかった。そして次第に強く確信に変わっていった。


 やはりここはゲームの世界。でもどうして俺はあんなところに立っていたんだろうか。


 その時、ジャッキーが勢いよく立ち上がて、窓の方を真剣な顔つきで見る。


「……どうしたんですか?」

「しっ!静かに!」


 光司が口を結ぶと、外からのそりのそりと近付く影が見えた。


 影は窓の前まで来ると、ピタリと動きを止めた。


 ジャッキーはゆっくりテーブルに置いてあった銃に手を伸ばす。


 次の瞬間、窓は勢いよく割れてガラスがリビングに飛び散る。


 窓から出てきたのは、大きな体をしたゾンビだった。



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