1. 月城光司

 昼下がりの南部高校は、暖かい日差しを受けて生温い空気が漂っていた。昼休みになって廊下が騒がしくなり、はしゃぐ生徒たちで溢れている。


 二年A組の教室も生徒同士の話し声で充満しており、教室のスピーカーから流れる昼休みの校内放送も相まって、音が途切れる事はなかった。その中で、教室の真ん中で机に突っ伏して寝ている月城光司がいた。寝息を立てて深い眠りについていた月城は夢を見ていた。


 フラッシュバックする様に、断片的な場面が月城の目の前で再生される。


 映し出されていたのは何処かの部屋で、中は薄暗い。誰かの声が聞こえてくる。自分の手は血塗れで、どうやら自分が横たわっている。そこに声の主らしき人物が駆け寄ってくる。何処かで見たような人だ。一体何を言ってるんだろう?......名前?


「おーい、起きろー」


 すると月城の下に、カレーパンと缶コーヒーを持って深山雄介が現れ、袋に包まれたカレーパンで月城の頭をパシパシと叩く。耳元で袋の擦れる音が鳴って、月城は目を開けて、勢いよく起き上がる。


「......夢か」

「夢かじゃねぇよ。もう昼休みだぞ」

「え?」


 月城は教室の周りを見回して、それから黒板近くの壁に取り付けられていた時計を見る。時刻は十二時半を過ぎたところだった。


「......俺、いつから寝てた?」

「一限目からずっと」

「あー......またやっちまった」

「どうせまた徹夜でゲームでもしてたんだろ?」

「お、よく分かったな?」


 月城はゲームが好きだった。寝ることも食うことも忘れてゲームに夢中だった。今は先週に発売されたホラーゲームの“デッドエンド”を徹夜でやり込んでいる。


「お前が大体、目の下にクマができる時は徹夜でゲームしてる時だけだからな」


 深山が月城の前の椅子に座って、缶コーヒーを月城に差し出しながら言う。月城は缶コーヒーを受け取っては、自分の目の下を触った。


「え......クマできてる?」

「くっきり、はっきりとな」

「おー、ようやく起きたか月城ー」

「おー、知哉」


 二人の下に、西宮知哉が手を振って笑いながらやってくる。西宮は月城のゲーム友達で、もっぱら彼らの話題はホラーゲームの“デッドエンド”だ。


「お前、どこまで進んだ?」


 西宮が月城に尋ねる。月城は腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。


「俺はもう三周目だ!」

「ええっ!マジかよ!俺まだラスボスまで辿り着けてねーぞ!」

「やり込みが違うのよ、やり込みが。俺のゲームに対する集中力と忍耐力と思考力の賜物さ!」

「......それを勉強に活かせたらなぁ......」


 深山がボソッと呟くように言って、月城が深山の方を振り返る。


「勉強は勉強、ゲームはゲームだ」

「お前、先週のテスト大丈夫だったのか?今やってるゲーム、先週発売だったろ?」

「おいおい雄介、バカな事を聞くんじゃない」

「だよな、流石のお前もテストの週はー」

「日々ゾンビどもとの戦いに明け暮れていた!」

「......えー......」


 深山が思わずのけ反るように言う。だが月城は何も気に留めずに続けた。


「心配すんなって雄介。俺ならゾンビだろうがテストだろうがチョチョイのー」

「テストが何だって?」


 その時、月城の背後から声が聞こえた。三人が一斉に振り返ると、そこには二年A組の担任である白鳥遥が立っていた。白鳥は月城を睨みつけるように鋭い眼光を飛ばしている。


「居たんですか......白鳥先生」

「ゾンビだろうがテストだろうがチョチョイのチョイか。ならこの点数は私の見間違いかね?」

「いえ、その」

「私にも是非見せて頂きたいものだなぁ、その賜物とやらを」

「えーとぉ......そのぉ......」


 月城が答えに迷って、慌てふためいている側で、深山と西宮がそっとその場から静かに立ち去る。


「......先生、適材適所って言葉知ってますか?」

「今日、補習な」

「......はい」


 月城の目覚めは最悪なものだった。

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