T.P.P
采岡志苑
オープニング
やや弱くなった光を灯している街灯が並ぶアスファルトの道路に動く大きな影が映し出されていた。
鈍い動きで進む影は、やがて狭い路地へと入っていく。
明かりも届かないその路地は、道路とは違い深い闇に包まれていて影の姿を隠してしまう。
複数のバケツ型ごみ箱が並び、むき出しになっている配管から水が地面に滴る路地裏は外界から隔離されたような冷ややかな空気が漂っている。
ごみ箱にぶつかっては倒し、室外機から出る生ぬるい風を受けながら影はうごめいて、進み続けた。
だいぶ進むと、途中から路地裏の雰囲気が変わる。
影から向かって左隣に赤い色を放つ非常灯と鉄製のドアが見えてくる。
非常灯に近づくにつれて小さくなっていく影は、やがてドアの近くで何かを見つけた。
そこへ急ぐように動きが早くなる影が、赤色に染まった空間でようやくその正体を現した。
姿を現したのは若い青年だった。
彼の右手には今にも指から滑り落ちそうなほど、銃のグリップが弱弱しく握られていた。
青年はドアの前までたどり着いて足を止める。
顔は俯き、視線はドアの下に向いていた。
空間を色濃く照らす非常灯の下には、鉄製のドアにもたれかかり、うなだれている男がいた。
男は青年に気づいていないのかピクリとも動かず反応がない。
うなだれる男を見つめる青年の近くで虫が飛ぶ音が聞こえる。
やがて青年の顔の側から二匹のハエが通過していき、男の頭に止まった。
これにも気づいていないのか男は動かない。
ハエは頭から顔に向かって這っていくように動いていく。
青年は顔を上げて、鉄製のドアを見る。
ドアは非常灯と同じ色をした液体が飛び散っていて、所々ドアを伝うように液体が流れており途中でこびり付くように固まっている。
青年は膝をついてその場にしゃがみ、うなだれる男の顔に手を添えた。
ぬるい空気を感じていた男の手にひんやりと冷たい感触が襲う。
しばらくそのまま動かずにいた青年だったが、頭上を通り過ぎたカラスの鳴き声で我に返る。さらに今まで感じていなかった異臭が彼の鼻先を刺激して思わず立ち上がる。
男が死んでいることを理解した青年は、その場から静かに立ち去った。
再び歩き始めた青年が路地から抜け出ると、今度は広い道路に出た。
街一番の繁華街で、交通量の多さがうかがえる交差点は、今やいつもの煌びやかさは失っており、点滅する信号機と街灯だけが光を放っていた。
道路に挟まれるように真ん中にある広い歩道の終わりには時計台が立っていた。
時計台の針は動いておらず、時刻は九時で止まっている。
車と人の影すら見えない道路を、青年は横断して渡っていき、時計台へ向かう。
近づくにつれてレンガで造られた時計台の下に、横たわる人を見つける。
徐々に姿をはっきりと捉えていくと、青年はひどく驚いて駆け寄っていく。
倒れていたのは女性だった。
横たわる彼女のブロンドの長い髪には血が付着していて、ぼさぼさと毛先が跳ねている。
血で黒くにじんだ腹部と口元から流れている血を見て、青年は呆然として崩れ落ちる。
見開いたままの彼女の蒼い眼を覆うように手を添えて、瞼を閉じさせる。
息もせずに朽ちたような彼女の姿に、青年は唇を強く噛みしめた。
やがて彼の頬を涙が伝っていき、視界は滲みぼやけて見えていく。
すると、たまらず嗚咽する彼の眼に八つの文字が浮かび上がる。
むせび泣いていた彼は怒気を含んだ震えた声で呟く。
「……ふざけるなよ」
青年の頭上には満月が光り輝き、二人を照らす。
そして嘲笑うかのように、カラスが鳴き続けた。
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