第18話「神の定めた禁忌」

 ~シルビア視点~



 クロードとユミナに巨大アンデッドの相手を任せ、私とフランは逃げ出したダンジョンマスターを追いかける。奴が逃げた通路を進んでいくと、何やら見たこともない装置がある実験室のようなところに出た。一体なんなのだここは?


「な、なんなんすかここ…」


「ほぉ、追ってきたか。ようこそワシの研究所へ。ここに人間が訪れたのは久しぶりじゃな」


「研究所だと? 貴様、こんな所で何を研究していると言うんだ!」


「先程も言ったであろう、魂の研究をしていると。ここはその研究の最前線。そして私の夢と野望が詰まった城なのだ。貴様等はその聖域を土足で汚したのだ! その報い、たっぷりと受けてもらうぞ?」


 そう吐き捨てると、ダンジョンマスターは部屋の奥に飾られていた巨大な紫色の水晶のようなものに手を触れる。するとその水晶が輝き出し、ダンジョンマスターに吸収されるようにその体へと取り込まれていった。年老いた体が紫色に光り輝き出し、体の体積が急激に増えていっているのが見える。


「貴様、何をする気だ!?」


「ふははは、決まっておろう。貴様等にワシの研究の成果を見せてやろうと思ってなぁ!!」


「えっ!? きゃああああ!!」


 気付いた時には、私の隣にいたフランが数m向こうに吹き飛ばされていた。そこに立っていたのは、先程までの老人の姿とは違い、明らかに若返って筋肉が異常発達したダンジョンマスター、グリュンストン=マスカレイドの姿だった。


「フラン!!」


「相棒を気にしている暇があるのかな?」


「なっ! ぐあああああああ!!」


 一瞬で私の間合いに入り、屈強になった拳で腹を殴打される。殴られるまでその動きに気付くことが出来なかった。不意討ちを食らい、受身も取れずに背中から倒れてしまう。


「ぐっ! がはっ!」


 私の口から大量の血液が吐き出される。…内蔵をやられたか。


「ふはははは、弱い、弱いなぁ。それでよくここまで来られたものだなぁ!!」


「ぐあぁぁぁ!!」


 倒れた私の頭を踏みつけられ、そのまま数発腹を蹴られる。あまりの激痛に腹の中から血と胃液が逆流するのを感じる。だがそれだけでは収まらなかった。ダンジョンマスターは片手で私の左腕を掴んで持ち上げると、力任せにその手を握り締めた。骨の軋む音が私の脳内に響き渡る。


 ボキィ!


「うあぁぁぁぁぁああ!!!」


「シ、シルっち!!」


「あぁ、すまんすまん。まだこの体に慣れてなくてな。思わず力が入りすぎて折れてしまったようだ」


 全く誠意が足りない詫びを入れたあと、ゴミを投げ捨てるかのように折れた私の腕を振り回し、そのままフランの近くへ投げ飛ばされた。


「ぐぁ!!」


「っ!! シルっち! しっかりするっす!!」


 …ダメだ、コイツの強さは桁が違いすぎる。これまで戦ったどんな魔物よりも強い!


「うくっ……フラン、私がコイツの足止めをする。だからお前は今すぐ逃げろ…」


「なっ! 何言ってるっすかシルっち!」


 私は気力を振り絞って立ち上がると、残った右手で剣を抜き、眼前に構える。


「お前がユミナとクロードを連れてここを出て…奴のことを外のギルド職員に伝えるんだ。そうすればもしかしたら…国の騎士団が動いてくれるかも知れない…」


 ここでこいつを野放しにすれば、いずれ国の驚異にもなりかねない。だから…。


「お断りっす!」


「フラン!」


「どうせ、自分は一人でここに残ってこいつを刺し違えてでも倒す、とか言う気っすよね? 残念ながらそれは却下っす! わたし達2人でこいつを倒すんすよ!!」


「フラン…」


「相談は終わったかね? それではそろそろ…お前達の魂を頂こう!!」


「「!!!」」







~クロード視点~


 あの黒い巨人を倒したあと、ユミナ先生と共にシルビア先生達を追って長い通路を走っている。一体この通路はどこまで続くんだ?


「クロードくん、光が見えるよ」


「ですね。急ぎましょう!」


「うん!」


 開けた所に出たかと思ったら、そこは何かの研究施設のようだった。そして、そこで目にしたのは…。


「おや…、一足遅かったな冷酷な少年よ」



 全身から血を流し、首が変な方向に曲がって地面に倒れているフラン先生と…



「この2人の魂は、先程貰い受けたよ」



 心臓を敵の腕に貫かれ動かなくなっていた……シルビア先生の姿だった……。



「安心しろ、次は貴様等の番だ。直ぐにこの者達と同じようところに送ってやる。そのあとはアンデッドとなって一生このダンジョンで仲良く暮らすがいい。ふははははは!!」



(シルビア先生と……フラン先生を……殺した? コイツが……殺したのか……。憎い…。許せない…。俺の大切な人を…先生達を奪ったコイツを………殺す。殺ス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス!!!!)


「うあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


《魂と精神の負荷が許容限界を突破しました。EXスキル【魔法創造】が進化条件を満たした為、ULスキル【无限創成むげんそうせい】に一時的に進化します》




「なっ、何事だ! なんだこの膨大な魔力は!!」


「クロードくん!?」


「俺に武器を寄越せぇ!!」


《无限創成起動 円卓の12聖剣ブレイズ・オブ・ラウンド――――発動》


 かつて神々の手によって創られた12本の聖剣がその場に召喚される。そしてクロードの手には、古の12人の勇者の一人『パーシヴァル』が携えていた伝説の聖剣が握られた。それは手にした者を”剣神”へと変える神代の聖剣”アスカロン”。


「そ、その剣はまさか!! ぐあああああああああああ!!!」


 瞬きする一瞬の間にダンジョンマスターへと踏み込み、その光り輝く聖剣で奴の右腕を叩き切った。それだけに留まらず、聖剣による連撃を繰り出していく。その剣速は音を置き去りにしするほど高速で、今のダンジョンマスターでも捌ききれるものではない。


「うああああああああああああ!!!!!」


「ぐおおおおおっ!! なんという力…こ、このままでは!!」


 ダンジョンマスターが転移の魔法を使ってその場を逃げ出そうとする。だがその魔力の流れを逸早く察知したクロードがそんな事を許すはずがない。


「破壊しろぉぉ!!」


《无限創成起動 術式破壊スペルブレイク――――発動》


 パキィィィン!


「なっ!? なぜじゃ! なぜ飛べぬ!!」


「死ぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 クロードの側に浮いていた残りの11本の聖剣が全て自分の意思を持つかのようにダンジョンマスターの体に深々と突き刺さり、クロードの持つ聖剣アスカロンによる怒りの一撃が、ダンジョンマスターの胴体を真っ二つに切り裂いた。


「ぐあああああああああああああ!!! だが…このままでは終わらぬ! 終わらぬぞぉぉぉぉ!!」


 ダンジョンマスターは聖剣に切り裂かれたその体を捨てて、魂だけになった状態でこの場を逃げ出そうとする。しかし、クロードにはそれすらも見えていた。魂を玩具にしていた奴を葬るためには、その魂すらも消滅させなければならない。クロードは逃げ出そうとした魂をその手に掴み取った。


『!?』


「この魂を滅ぼせぇぇぇぇ!!」


《无限創成起動 魂の断罪地獄マーレ・ボルジュ―――――発動》


『その魔法は…まさか!! ぎゃあああああああああああ!!!!』


 魂の断罪地獄マーレ・ボルジュ、魂の状態になった者を強制的に地獄の第八階層に叩き込み、今まで犯してきた罪を苦痛と引き換えに支払わせる禁呪。その罰を受けた罪深き魂は、確実にこの世界から存在ごと抹消させられる禁忌の魔法。


『消える…ワシの夢…野望が…全部…!! ぎゃあああああああああああああ!!!!!!』


 

 その醜く汚れた魂を跡形もなく滅ぼされたダンジョンマスター、錬金術師グリュンストン=マスカレイドの野望は、今ここに潰えた。そして…。





「クロードくん、シルビアちゃんとフランちゃんが! 傷が塞がらないよぉ!!」


 ダンジョンマスターから解放されたシルビアとフランの魂が自分の体へと戻ろうとするが、体の損傷が酷い上に、一度死んでしまっているので体に戻ることが出来ない。それを察したクロードが、さらなる魔法を創成する。


「2人を癒せ」


《无限創成起動 悠愛なる豊穣フィル・フレイヤ――――発動》


 悠愛なる豊穣フィル・フレイヤ、たとえ死した体であろうと、その体を完全に修復する奇跡の魔法。女神フレイヤからもたらされる豊穣の光が2人の体を包み込むと、瞬く間にその体を治してゆく。だがまだ魂は戻れていない。


「2人の体が…治っていく…」


「魂を元ある場処へ還せ」


《无限創成起動 魂魄再臨リ・ヴァイヴ――――ERROR 神の禁忌に抵触します》


「无限創成」


《无限創成起動 魂魄再臨リ・ヴァイヴ――――ERROR 神の禁忌に》


「无限創成!!!」


《无限創成起動 魂魄再臨リ・ヴァイヴ――――発動》


 その時、まるでクロードの願いを神が聞き入れてくれたかのように、シルビアとフランの魂がそれぞれの体に戻り始めた。ユミナがシルビアの心臓の音を確認してみると規則正しい鼓動が聞こえ、確かにそこに生きているのを感じることができた。だが、神の禁忌を犯したクロードは…。


「クロードくん…? クロードくん!!」






~???~


『クロードさん…目覚めなさい、クロードさん…』


「………んぅ、ここは…?」


 目覚めると、全てが真っ白な何もない空間にふよふよと浮かんでいる。何処だここ?


『クロードさん、私が分かりますか?』


 俺の目の前に光の粒子が集まり、その粒子が長い金髪の美女に変わっていく。


「やぁ、お久しぶりですね女神様! あれ…なんか怒ってます?」


『怒ってます? じゃないですよこのおバカ!!』


 お、おバカって言われた…女神様に。二重にショックだ。


「な、何をそんなに怒ってるんですか!? 俺何かしましたっけ??」


『何をって……覚えてないんですか? あなたはあの錬金術師、グリュンストン=マスカレイドを倒すために神に封じられた禁呪を使ってしまったんですよ? それに絶対に使ってはいけない神の御技である蘇生の魔法まで使ってしまうなんて…』


 禁呪? 蘇生……そうだ、思い出した!! 


「女神様、シルビア先生とフラン先生は!? 2人は無事なんですか!?」


『…あの2人なら貴方のおかげで無事ですよ』


「…そっかぁ。よかったぁ…」


『良かったって…そのせいで貴方がこれから…』


 その時、白い空間に再び眩しい光が降り注ぎ、一ヶ所に集まっていく。それは目を開けていられないほどの眩しさと神々しさを兼ね備えた温かみのある光だった。しばらくして光が止むと、そこに後光の差した超巨大な体に金色に輝く全身鎧、そして長い白髭を生やした老人が立っていた。


『そ、創造神様…』


『第87世界ウェスタリテ管轄女神、セラスヴィータよ。下がれ』


『は、ははっ!』


 女神様が後ろに下がって膝を付き頭を垂れる。この人が、創造神様…?


『如何にも。我が万物の創造神、フェレトリウスである』


「は、ははぁっ!」


 あまりの神の威光を前に、俺はその場に土下座する他に術がなかった。


『クロード=グレイナードよ、汝は封じられし禁呪を操り、あまつさえ神にしか使うことが許されぬ魂魄を操りし魔法を駆使し、2人の人間の彷徨える魂を強引にその体に戻した。これに相違無いな?』


「……はい。その通りです」


『あの、創造神様! クロードさんは大切な仲間の命を助けるために…』


『セラスヴィータよ、汝の発言は許可しておらぬぞ』


『!! 申し訳…ありません…』


『…セラスヴィータの言の通り、汝は友の命を救うために禁忌を犯した。しかしそれは汝の自我を通すためだけのもの。それが如何に善の行いであろうと禁忌は禁忌。罰は受けねばならぬ』


「…はい、以前女神様にも注意されていたので理解しています。自我を失っていた時にやったことでも、仲間の命を救ったことに後悔はありません。なんなりと罰をお命じください!」


『クロードさん、貴方!』


「いえ、いいんですよ女神様。これも女神様の言いつけに背いた俺がいけないんです。でもそのおかげで大切な先生達の死を無理やりねじ曲げて生き返らせることが出来た。俺にとってそれが全てであり、これ以上に大切なことなんてありません。だからいいんです」


『クロードさん…』


「さぁ創造神様! 禁忌を破った俺に罰をお与えください!!」


『ふむ、良い心がけだ。さぁ、汝が罰を受け入れるがよい!!』


「っ!!」




~ユミナ視点~


「クロードくん! クロードくん!!」


 クロードくんがダンジョンマスターを倒してからシルビアちゃんとフランちゃんの体を治したあと、ぱったりと倒れて動かなくなってしまいました。一体何が起こったんだろう? あ、シルビアちゃんとフランちゃんが気が付いたみたいです。


「くっ……ここは……」


「…あれ? わたし…どうなったんすか…?」


「シルビアちゃん! フランちゃん!!」


 私は思わず二人に抱きついた。死んでしまってもう二度とお話出来ないと思っていた2人がこうして生き返ってくれた。クロードくんが生き返らせてくれたんだ!


「ユミナ、一体何が起こったのだ?」


「もーユミナっちはこんな所でも大胆っすねぇ。私もギューッてしちゃうっすよ♪」


「あぅあぅ、そ、それどころじゃないの。クロードくんが…」


 その時、ゴゴゴゴゴッと音が鳴り始め地面が大きく揺れている。それと同時に研究所が崩れ始め、ダンジョン全体が崩壊の兆しを見せていた。


「…ここにいるのはヤバそうだな。フラン、クロードを担げ。脱出するぞ!」


「りょ、了解っす!」


「う、うん!」


 私達はダンジョンの中を無我夢中で走った。走りながらクロードくんを見ていたけど、これだけ揺れてるのにまったく目を覚ましそうになかった。ここに来た時に閉まった鉄の扉も崩落のおかげで開いていて、上から落ちてくる石に潰されそうになりながらもなんとかダンジョンの入口まで辿り着いた。


「セ~フっす~!!」


「はぁ、はぁ、なんとか間に合ったな…」


「う、うん。疲れたぁ…」


 私達が脱出した数分後にダンジョンが完全に崩落し、入口も塞がれてしまった。あれだけバタバタしてたのに今だにクロードくんは目を覚まさない。こんな時、私は一体どうすればいいんだろう? 何も出来ない自分が情けなくて泣きたくなってきた。


「…ユミナ、クロードの身に一体何があったのだ? なぜ目を覚まさない?」


「そうっすよ。クロっちどうしちゃったんすか?」


「それは…」


 2人にどこまで話せばいいのかわからなかった。でも、2人はちゃんと知った方がいいと思って、私が知る全てを話すことにした。


「―――これが、私の知ってる全てだよ」


「クロっちが、わたし達が殺されたところを見てキレちゃって…」


「ダンジョンマスターを倒して、私達を…生き返らせただと!?」


「…うん。クロードくん、あの時は別人みたいになってた。でもとっても、凄かったんだよ」


 凄かったけど、とっても悲しそうだった。あんなクロードくんは初めて見たよ。


「そうか…。確かに私はあの男に殺されたのを覚えている。…クロードが私達を救ってくれたんだな」


「クロっちにでっかい借りが出来ちゃったっすね…」


 そう言って、2人で今も眠るクロードくんの頭を撫でていた。その後、崩落したダンジョンの後始末は近くにいたギルド職員の人達にお任せして、クロードくんをフランちゃんが担いで街まで戻ってくる。


 とりあえず、クロードくんのお家にお邪魔してベッドに寝かせてあげることにした。その時に会った領主様に今回のダンジョンで起こったことと、ダンジョンマスター『グリュンストン=マスカレイド』のことを全て打ち明けた。


「錬金術師グリュンストン=マスカレイド。あの伝説の異端者が生きていたとはな…」


「領主殿、ご存知なのですか?」


「ああ。昔、まだ魔王がいた頃に魂の研究をしていた錬金術師がいた。その研究とは、他人の魂を自分自身に取り込んで永遠の命を得ること。しかし、当時の国王陛下がその研究の全貌を知り、神の禁忌に触れるとしてグリュンストン=マスカレイドを断罪したのだ」


「断罪…。しかし、あの男は生きていましたよ?」


「おそらく、処刑された時に自分の魂を逃れさせ、何らかの方法で復活を果たしたのだろう。これは私の憶測でしかないがな」


 そんな凄い錬金術師をクロードくんは1人で倒したんだね。本当に凄いよ、クロードくん。


「…なぁに、クロードなら大丈夫だ。きっと魔力を使いすぎて疲れているだけだろう。すぐに目を覚ますさ。なんて言ったって俺の子なんだからな!」


「…そうですね。そう願います」


「君達も今日は疲れただろう。ギルドへの報告は明日にして、自宅に帰ってゆっくり休養するといい。今回起きた事の報告とここまでクロードを運んでくれたこと、父として感謝する」


 領主様に礼を言われ、私達は自分の宿に戻って休むことにした。

 


 クロードくん…大丈夫かな?


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