第5話 ナポリタン その5

俺の前にあるのは、

皿というよりはトレイに近い銀皿と、

その上に鎮座する600gのスパゲティだった。


いや、スパゲティというよりは塊だ。

まるで一個の固形物のような存在感を放っている。


ただ・・・・鼻腔をくすぐるこの匂い。

俺が足を止めた、この抗いがたい香り。


フライパンで焼かれた具材と麺、

油とニンニクと香辛料、

そしてケチャップの混然一体となった香しく、

ジャンクな匂い。


もう一度俺の腹が鳴った。


もう我慢できん、塊にフォークを突き立て、

絡ませ、持ち上げ、俺は一気に口に運んだ。


量を加減していなかった為、

口一杯に頬張る事になったが、それが逆に良い。


口の中で広がる、この甘くて塩辛くて懐かしい味。


久しぶりに味わう、咀嚼する口福感。


鼻で息をするたびに、味が、香りが、

一気に押し寄せてくる。


俺は夢中で食べていた。

学生時代のように貪り食っていた。




暫く食べていると、

段々と冷静になり周りが見えてきた。


麺を咀嚼する時間を使い、

カウンターを改めて見回す。


まず目についたのが、大きな瓶に入った黄色い粉。


開けてみると粉チーズだった。物凄い量だ。


これ、掛けて良いってって事だよな?


試しにスプーンですくい、ナポリタンに掛ける。

全体ではなく、ある程度まとめて。


そこにフォークを突き立て、絡めとって食う。



口の中に独特の塩気と粉っぽさが入ってきた。

それがすぐに、

ナポリタンの油と混ざり、濃いとろみになる。


甘味の強いナポリタンに、

さらなる塩気が足されて、

よりジャンクな味わいになった。



さらに咀嚼をしながら見回すと、タバスコ発見。


古来、

ナポリタンやピザといったトマトベースの味には、タバスコが欠かせない。

相性抜群なのは分かっている。


瓶を取り、適量を振りかける。

あまり辛い物は好きではないが、

タバスコの辛みはアクセントだ。

上手に付き合えば、食い物を何倍も美味くする。


「むふぅ・・・」


やはり美味い。


熟成された唐辛子の独特の辛さとコクが、

甘塩のどちらかと言えば子供っぽい味のナポリタンを、ぐっと大人の味にする。


俺はスプーン山盛りのチーズをナポリタンに投下し、その上からタバスコを掛けた。


麺の量を少なめにし、

チーズと麺が5:5になる感じで口に運ぶ。


たまらない。


このチーズを食ってるのか麺を食ってるのか分からない感覚。


他では使えないような量のチーズを、

惜しげもなく使う背徳感。


「最高だ」


夢中になって食べた、無心で食べた。

これでもかと食べまくった。


しかし、

この油とニンニクの混ざり合った味!香り!

食えば食うほど腹が減るなんて事が、

本当にあるんだな。


気づけば、600gあった麺のほとんどが、

俺の腹の中に消えていた。

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