第3話 ナポリタン その3
そば屋を離れて、そこからどう歩いたか覚えていない。
おやじに言われた言葉が、なぜか妻に言われた言葉と重なる。
何か引っかかるが、その何かが漠然とし過ぎている。
気づくと俺は、戻るつもりだった会社を通り過ぎ、
結構な距離を歩いていたようだった。
腕時計を確認する。
昼休みはまだ残っていたが、どうにも飯を食う気にならない。
踵を返し、社に戻ろうとした瞬間、
鼻腔を強烈な匂いにくすぐられ、俺は立ち止った。
その抗えない匂いを嗅いだ瞬間、
俺は自動的に胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
先ほどまで食欲が失せていた腹が、
ぐぅぅぅ・・・と鳴った。
なんだ?この匂いは。
俺は匂いのする方向、右横の店を確認した。
「・・・・・・スパゲティ、屋?」
目に飛び込んできたその店は、
パスタでは無くスパゲティ屋と掲げていた。
匂いだけでなくその異様な店構えが、俺の興味を掻き立てた。
3坪くらいの店の両側の壁にカウンターが設えてあり、客は壁の方向を向いて食べていた。
席数は両サイドに5席ずつ、計10席。
店の中央は開いており、そこが導線となる様だ。
「ちょっと、すいません」
横からいきなり声を掛けられ、一瞬ギョッとしたが、店の前に突っ立っていた俺は、入る客には障害物だった。
横を通って行った男は、中央の導線の先、
店の受付カウンターに進み、
定員に食券を渡し短い会話を交わしていた。
店の入り口には、なるほど券売機がある。
ここで食券購入後、店員に渡して席につく流れか。
券売機に目をやると、かなりの種類があるが、
よく見ると、基本のスパゲティ+トッピングの違いらしい。
「基本は、ナポリタンかミートソースか」
俺の脳裏に学生の頃の思い出が蘇る。
上京したての頃、人と馴染めずに悩んでいた時に
相談に乗ってくれた行きつけの喫茶店のマスター。
そのマスターが作ってくれた・・・・ナポリタン。
俺は迷わずナポリタンに決めた。
良く見ると、ナポリタンには【当店おススメ】の札が貼ってある。
ならば、これを選ばない手はない。
トッピングは無しの直球勝負をする事にし、
俺は食券を持って受付カウンターに向かった。
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