第2話 ナポリタン その2

「どうなってんだ?」


目の前の引き戸に貼られた紙を見て、俺は茫然としていた。


【長年のご愛顧ありがとうございました】


昨日の昼に飯を食ったソバ屋が、次の日には閉店していた。

毎日じゃないが、週に3回は来ていた店だ。


あまりの出来事に立ち竦んでいると、

唐突に引き戸が開き、中から馴染みのおやじが顔を出した。


「あらら、誰かと思ったら。毎度どうもね」


毎度どうも、じゃねぇって。


「おやじさん、これって」


「お客さんも。長いこと贔屓にしてもらってさ、ありがとうね」


「いや、だから。なんで急に店閉めたのって聞いてるの。こっちは何も聞いて無いよ」


おやじは困惑していたが、それは俺も同じことだ。


「聞いてないも何も、店ン中至る所に張り紙してあったじゃない」


言いながら、おやじが開けた引き戸に首を突っ込んで、俺は驚いた。

その辺の壁やカウンターの前、はてはレジにまで


【今月末で閉店いたします、長らくのご愛顧ありがとうございました】


との張り紙がしてあったからだ。


「これ、ひと月前から貼ってあったンだよ」


俺の下から首を突っ込んだおやじが軽く言ったが、言われた俺には重い内容だった。


「ひと月前?そんな前から貼ってあったの?」


立ち眩みすら覚える衝撃を受けている俺に対して


「まあでも、お客さんってさ。店に来たら注文する時以外はさ、新聞読んでるか、スマホ見てるかだったしね」


おやじが追い打ちをかけてきた。


「あぁ!だからか。昨日のお会計の時に今までありがとうって言っても、何の反応も無かったからさ、聞こえなかったかな?って思ってたンだよね」


もういい、おやじ。


「出る時もいっつも下向いてたからさ」


つまり俺は、ひと月前から店に貼られていた張り紙に気づかなかったわけだ。

いや、張り紙どころかおやじの声も聞こえてなかった。


「まいったな」


項垂うなだれて店から離れる俺の後ろから、おやじが更に何か言っていたが、

立ち止まって聞く余裕が、今の俺には無かった。

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