おススメは何だ?

ろくろだ まさはる

第1話 ナポリタン その1

妻と娘が家を出て行って、はや三か月。

いや、出て行ったというのは、やや語弊があるか。


「私たち、一旦距離を開けた方が良いと思うの」


そう言って、妻は娘夫婦の海外転勤について行った。


残された俺には、独り暮らしになってやけに広くなった家と、妻の残した言葉への疑問が残るばかりだった。


結婚して30余年、子供にも恵まれ幸せに暮らしていた気でいた。

さして問題もなく、家庭を顧みないなんて事もなく、順風満帆でないにしろ、不自由な思いもさせていなかった、はずだ。


普段からそんな事を考えている内に、

いつしか俺は仕事中でも考え事をする事が多くなった。





「・・・ちょう、へんしゅうちょう・・・編集長!」



窓の外に飛ばしていた意識を引き戻すと、顔を覗き込む様に三佳好美みよしよしみが立っていた。


眼をしばたたかせながら周りを見渡す、

一拍おいて、ここが旅行雑誌「旅々」の編集部で、今は仕事中だった事を思い出した。



「またボーっとして、大丈夫ですか?」


そう言って心配そうな顔をしている三佳を見て、なんだかばつの悪い気持ちになった。


「なんだ?」


「なんだ?じゃないですよ、お渡した企画書のチェック、終わってます?」


俺は傍らに置いておいた企画書を掴み三佳に返した。


「ん、一応目は通したが、またコレか?」


コレ、とは三佳お得意のグルメ企画だ。

いくら旅先のグルメがド定番とはいえ、

こうも同じ様な企画が多いと、読者より先に俺が飽きてきていた。


元々、俺自身が食い物に興味が無いせいもあるんだが。



「コレってナンですか、コレって。今回は海の幸の豊富な冬の能登ですよ!」


そう言って三佳が力説し始める、まぁいつもの事だ。


「牡蠣やエビカニ、のどぐろやブリ、それをお鍋やお寿司で贅沢に頂けるんです!冬の能登、最高じゃないですか」


「分かった分かった。ただ、あんまり食べ放題やB級グルメばかりフューチャーするなよ、ここ最近はシルバー層の旅行者も多いんだ、もっと高級」


「心得てます!」


俺の話を遮りお辞儀をして、三佳は企画書を持ったままきびすを返して自分の机に戻っていた。

自分の話はまくし立て、俺の話はぶった切る、そのマイペースさに釈然としないものを感じたが、

いつもの事だと俺は矛を収めた。



壁の時計に目をやると、12時を少し過ぎていた。

どうやら三佳は、昼飯に行く前に俺から企画書を取り返したかったらしい。

今は部内の連中と合流し、どの店に行くか話しているようだ。


「さて、俺も飯に行くか」


立ち上がり編集部を出て行こうとする俺を、三佳が呼び止めた。


「編集長も、たまには一緒にどうですか?」


心遣いは有り難いが、若い連中に気を使わせたくない。

俺は手を振って部を後にした。

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