きっかけ

きっかけは、小さなことだった。

ある日、彼女がとても困った様子で学校の駐輪場を歩き回っているのを見つけた。

「何してるんだよ」

放っておこうかと思ったが、気づいたら声をかけていた。

彼女は不意を突かれたのか、びくりと肩を震わせこちらを向く。

「んっ、誰かと思ったら伊月くん。実は、自転車の鍵無くしちゃって……。

あれが無いと帰れないの」

そう言い終えると、彼女は鍵探しを再開した。

あまりにも必死そうなその姿を見ていると、

「俺も手伝う」

と助けずにはいられなかったのである。

「ありがとう、伊月くん優しいんだね」

彼女はそう微笑むと、鍵の特徴を説明し始めた。


幸いその後すぐに鍵は見つかり、彼女は帰路につくことができた。

「本当にありがとう伊月くん、助かったよ」

心からほっとした表情で、彼女は礼を述べた。

その様子を見て、俺も心があたたまる。

それに、人から「優しいね」と褒められたことなどほとんど無い。褒められるのは、決まって兄の方だ。


とても、新鮮な体験だったのである。

それ以降何かと彼女のことを意識してしまい、沢山良いところを知った。

実は料理上手であるとか、本が好きで色々なことを知っているとか。

知れば知るほど好きになるし、彼女と仲の良い兄を羨ましく思ってしまう。

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