手からつたわる体温

――…演劇練習の休憩中、ココアを飲みながらふぅとため息がでる。


「んん~~~?ゆずちゃん今日調子悪そうね?なにか悩み事?」

「っわわ!!り、倫子先輩っ…!」

ココアを上から見ていた私の低い視線に無理入ってくるように倫子先輩は覗いてきていた。

「練習、あんまり集中できてなかったみたいだし、大丈夫?学校のこと?それともヒロイン役嫌い?」

隣の椅子に倫子先輩が座る。


「そう、ですね…あんまり集中できてないみたいです。ヒロイン役、好きですよ、悩み事は別のことです。すみません、迷惑かけちゃって…」

「全然迷惑なんかじゃないよ?悩み事は誰でもあることよ、でもそれを長引かせちゃだめね。その時の悩みの感情がお客さんに伝わっちゃうから。」

二人で桜子さんの練習姿を見る。


桜子さんとキスしてあれから二日、桜子さんはいつも通り特に変わりのない対応だ。付き合おうという言葉に返事はしていないが朝から特に変わりのない日常。付き合って恋人になるって、もっとお互いが意識し合うものだと思っていたけど案外そうでもないのかな……けど…


「揺河さん。次シーンだよ。」

桜子さんに『ゆず』ではなく『揺河さん』とよばれる。いままでは普通だったのにどうして今はこんなに胸が痛いのだろう。


―…演劇練習中

「カズハ様!だめですっ!私めの為に命を絶たれてはッ!野郎ッ…カズハ様を返せッ!!」

この前と同じシーン。前はただ憧れと小さな片想いでしかなかったこの気持ちが、この前確かな気持ちへと変わり不完全な形へと変わった。それだけでこの距離感、声、見る目がこんなにも切ない気持ちへ変わるんだ…。


「イロハ、ありがとう。そなたには助けてもらってばかりだわ…」

セリフに合わせるよう桜子さんに添えた左手はまだココアの温かさを残していただろうか。私は切なく目を細める。

すると桜子さんは添えていた左手に少し寄りかかるように顔を傾け、自身の右手を私の左手に重ねた。

その手は自分とは違うぬくもりがあって、他の人とは違う温かさがあった。

「…よいのです。私めはカズハ様のお命を守ること、それが定めです。ですので簡単にカズハ様のお命を絶とうとするのはやめてくださいませ…。」

シーンにない動き。まっすぐ見つめる桜子さんの目は何かを伝えたそうにみえた。

この手にまだ触れてたい。桜子さんにまた触れたい…。


「はい!白雪さん、その重ねる手のアドリブいいね!切ない姉妹物語にはぴったりだよ!」

拍手をし絶賛する倫子先輩に私はドキッとする。


そうか…、劇だもんね…劇をよくするためのアドリブか……。


少し肩を落としながら私は桜子さんに、「お疲れ様です。」とだけ伝え教室を後にした。

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