03

 誰もいないと思っていた森に突然現れた美少女。

 その子は見た目からして普通の人間ではなかった。

 まずその子の頭には、両側にツノが一本ずつ生えている。さらに首や顔のフェイスラインなど、皮膚の一部が黒いウロコで覆われていた。その雰囲気は人の姿に化けているドラゴンという感じだろうか。そう考えると瞳もちょっとそれっぽい気がする。だけど、そういうキャラにありがちな尻尾は生えていない。

 服装はコートにショートパンツ……、でいいのかな。ファンタジー仕様だし服に詳しくないからよくわからないがそんな感じだ。それから背中に剣を装備している。身長は155センチくらい。見た目からして年齢は16歳といったところだった。

 そしてもう一度言うが、美少女。

 本当に美少女と出会ってしまった……。

 なんて困惑しているうちに、その子はおれの目の前までやってきた。

 その距離が妙に近くて、おれのほうが彼女より20センチは背が高いのに、ある種の圧を感じた。

「あなた、名前は?」女の子がおれに訊ねた。

鷺沼さぎぬまたつるだけど……」気圧されながらおれは答える。

「サギヌマタツル? それってファーストネーム?」

 ファーストネームってたしか下の名前のことだよな……。

 おれは一瞬考えてから再び答えた。

「いや、ファーストネームは樹だよ。鷺沼が名字」

「ふうん。じゃあタツルって呼ぶね」彼女はうなずいてから続けた。「わたしの名前はテッサよ。よろしくね」

「はあ……」

「それじゃあさっそくだけど、タツル。わたしのカンパニーに入りなさい!」

 テッサと名乗る女の子はさらに顔を近づけ、勢いよく言った。

 たしかに美少女との出会いは大歓迎だと言ったが、女慣れしているわけではない。おれは仰け反りながら聞き返した。

「な、なんだよいきなり。カンパニーだって?」

「そうだよ。わたし最近カンパニーを設立したんだけど、一緒に冒険してくれる仲間が集まらなくて困っているの。だからタツルに入ってもらえると嬉しいな」

「一緒に冒険……。ということはカンパニーってギルドみたいなものか?」

「うん? まあ、だいたいその通りなんじゃない? 知らないけど」

「なんか適当だな……」

 どうやらこの世界独特の言葉遣いがあるらしい。

 それにしても出会って数秒でギルド、もといカンパニーに入れだなんて話が飛び過ぎだろう。美少女との異世界ライフを楽しみたいと思っていたおれもさすがに付いていけないぞ。

「なんで会ったばかりのおれを誘うんだ? 普通はこういうのって何かしらのイベントを一緒に乗り越えてから出てくる話だろう?」

 おれが訊ねるとテッサは腕を組み、深刻そうに言った。

「タツルが疑問に思うのも無理はないかな。でもこれには深ーいわけがあるの」

「ほう」

「話はひと月ほど前にさかのぼる。その時のわたしは、とてもお金が欲しかった……」

「お金?」

「お金だよ。マネー」

「いきなり俗っぽいワードが飛び出したんだけど、本当に深いわけなんだよな?」

「本当だよ。わたしを信じて!」

「信じられるほどの仲じゃないから聞いたんだが……。まあいい、続けたまえ」

 テッサはうなずき、再び語り始めた。

 ひと月ほど前の話。

「当時お金が欲しかったわたしは、手っ取り早くお金を稼ぐいい感じの方法はないかと探していたの。そんなある日、わたしは『起業プランナー』と名乗る男と出会った。彼はわたしに『大金を稼ぐ方法を教えて差し上げましょう』って言ってくれた。それはまさに願ってもない話だった。

 わたしは彼にお金を払って、起業のノウハウを教えてもらった。彼の授業料はとても高かったけれど、教えた通りにすればその何倍もの金額を毎月稼げるっていうから、むしろ良心的な価格だったね。こんな額で教えちゃって大丈夫なのってわたしが心配したくらいだよ。でも彼は『これで幸せになる人が増えるのなら、それでいいのです』って微笑んでいた。とても優しい人だったのね。

 わたしは彼の言う通りにカンパニーを設立し、彼の紹介で事業に必要ないろんなものを揃えた。その時多額の借金をすることになったけれど、もちろん彼の言う通りにすればすぐに回収できるから、何の問題もなかったよ。

 あとは仲間を集めて事業を本格的にスタートするだけだった。だけどね、その仲間というのがなかなか集まらなかったの。どうもカンパニーに借金があるのがネックだったみたいだね。あと事業計画が無謀すぎると難癖を付ける人もいたかな。これくらいの借金はすぐ返せるし、事業計画だって彼の言う通り適切なものにしていたのに。だけど、いくら説明してもなぜかみんなは理解してくれなかった。

 募集をかけても人は集まらず、カンパニーにはわたしひとりだけ。

 そんな日々が続いた。

 その頃には『起業プランナー』の彼とは連絡が取れなくなっていたかな。みんなを幸せにするお仕事だもん、きっと引く手あまたで忙しいんだね。だから、それは仕方のないことだった。ただ、おかげでわたしは自力でこの状況をなんとかしなければならなかった。

 そんな時だった。わたしは何者かが別宇宙から転移して来るというお告げを聞いたの。そして、その人ならの仲間になってくれるとわたしは強く感じたんだ。

 そのお告げに出てきた人が、あなただよ、タツル。

 だからわたしは、始めからタツルをカンパニーに誘うためにここまで来たの。タツルからしたら出会ってすぐ何を言っているんだって思うだろうけれど、わたしにとってこれは必然。言ってしまえば運命の出会い。物語のお約束なんだよ?」

 語り終えたテッサは、離れ離れになってしまった恋人と再会したかのような表情でおれを見ていた。

「それで会ったばかりのおれを誘ったというわけか」

「うん」

「テッサ、おまえ……」黙って聞いていたおれは、言ってやった。「どこから突っ込んでいいのかわからねえよ!」

「へ?」

 ポカンとした表情のテッサにおれは続ける。

「まずその『起業プランナー』ってやつ! テッサはその人のことを優しい人だとかなんとか言っちゃっているけど、正直怪し過ぎるだろ。多額の借金を背負っている現実を見ろ。この際はっきり言うけど、そいつは詐欺師だ。おまえは起業詐欺に遭ったんだよ!」

「ウ、ウソだっ! そんなことないもん。あの人は田舎から出てきたわたしに優しくしてくれたもん……」

「完全につけ込まれているじゃねえか……。だいたい借金までしてどうやって稼ぐつもりだったんだ。事業計画を言ってみろ!」

「魔王討伐だよ」

「は?」

「だから、魔王討伐! 魔王には今1兆エンスの懸賞金がかけられているんだよ。それに対してわたしがした借金はたったの10億エンス。だから魔王を倒せば莫大な利益が出るの。ね、簡単でしょ?」

「どこがだぁ?」おれは気が遠のくのを感じた。「そんな軽いノリで倒せる相手なのか、魔王ってやつは」

「もちろん違うよ。でもわたしには秘策がある」

「ほう。それは?」

「これだよ!」そう言ってテッサは背中の剣を引き抜いた。「これこそ魔王を討伐せし伝説の剣エリュシオン! この剣さえあれば魔王なんて楽勝だよ!」

「おお、そんなものが……」

 ……って、ちょっと待て。

 おれはテッサが掲げた剣に違和感を持ち、目を凝らした。

 いや、本当のことを言うとよく見なくてもわかる。

 エリュシオンとか言うその剣は、明らかに安っぽいおもちゃの剣だった。

「……おまえ、それが本当に伝説の剣だと信じているのか?」

「当たり前だよ。だってこの剣、4億エンスもしたんだよ?」

「このおもちゃが4億!? 明らかに詐欺案件だろ!」

「いやだなあ、タツル。これがおもちゃなわけないじゃない。だって4億エンスもしたんだよ?」

「いくらしようがおもちゃはおもちゃだ。目見開いてよく見ろ!」

「見なくたってわかるよー。だって4億エンスもしたんだよ?」

「お、おい……」

 テッサの目が錯乱したかのようにぐるぐると回っているのは、気のせいだろうか。

 もしかしてこいつ、詐欺に遭ったという現実を認められなくてこんな言動をしているのでは……。

「目を覚ませテッサ! 現実をよく見るんだ! そんなおもちゃで魔王に挑んだら、ある意味伝説になっちまうぞ!」

「そりゃあ伝説になれるでしょうよ。だって4億エンスもしたんだよ?」

 ダメだこいつ、早くなんとかしないと……。

 おれは少し考えてからテッサに言った。

 いいぜ、おまえがそれを伝説の剣だって言い張るのなら、まずはその幻想をぶち壊す!

「おい、テッサ。そこまで言うのなら証明してみろ」そう言っておれは近くの巨木を指差した。「それが本当に伝説の剣だったら、そこの木くらい簡単に切れるよな?」

「ふーんだ。そんなの当たり前だよ。だって4億エンスもしたんだよ?」テッサはおれの提案に乗った。「見てなさい」

 テッサは剣を構えたかと思うと、巨木に向けてそれを振るった。

 それは、テッサがどれだけ鍛えているのかがわかる、見事な一振りだった。

 だが残念なことに、おもちゃの剣はその努力に応えてくれない。

 剣は幹にぶち当たり、そして砕け散った。

 ちなみに言わずもがな、木はほぼ無傷である。

「……」

 テッサはその惨状をしばらく見つめたが、やがてその場に崩れ落ちた。

「ウソだよおおおおお!」

 どうやら伝説の剣が砕け散るのと同時に、心も砕けてしまったらしい。

 現実は時に非常だ。

 悲しいほどに。

「これでわかっただろう、テッサ?」おれは慰めるように彼女の肩に手を置いた。「テッサは『起業プランナー』と名乗るその男にそそのかされたんだ。それでこんな借金や無謀な事業計画を立ててしまった。仲間が集まらない理由もこれでわかったよな?」

 というか、おもちゃの剣を伝説の剣だと言い張って魔王を倒そうとしている時点で相当ヤバイ人だよ。そんな人がいるカンパニーに誰が入るんだよ……。

「そ、それじゃあわたしはどうしたらいいの?」テッサはおれに泣きついて言った。「魔王を倒す算段はなく、多額の借金だけがある。頼れる仲間もいない。こんな状態でどうやって生きていけばいいのよ!」

「そんなことおれに聞かれても……」

「いや、そうだよ。そうだった。頼れる仲間ならいる。そのためにここまで来たんじゃない」

「って、それはもしかしなくてもおれのことか?」

「そうよ、タツル。わたしのカンパニーに入って、一緒に借金返済生活を始めましょう!」

「それはどんなお誘いだ。おれはおまえの連帯保証人じゃないぞ!」

「まさかこの誘いを断る気?」

「当たり前だ!」

 マイナスから始める異世界生活ってか。

 冗談じゃない。

 と、その時だった。

 テッサがゆらりと立ち上がり、急に暗い顔になって、淡々と言った。

「でもタツル、本当にいいのかな。この誘いを断ってしまって?」

「な、なんだよ、急に」

「よく考えてみてよ。タツルは別宇宙からこの世界に転移して来た。意図せずにこの世界に迷い込んでしまった。そして、自分の力では帰ることができない。そうだよね?」

「ああ、どうやらそうみたいだけど……」

「わたしは特殊な力があるからタツルが転移して来るのがわかったの。だからこうしてここまで来た。人が滅多に入ることのない、クリーチャーだらけのこの森までね。つまり、今この森にいるのは十中八九わたしとタツルだけだよ。ところで質問なんだけど、タツルはこのクリーチャーだらけの森を一人で抜けられるのかな? 見たところすでに傷だらけなようだけれど、この森を一人で生き延びられるのかな? かな?」

「うっ……」

 テッサの言いたいことがわかり、おれは冷や汗をかいた。

 さらに追い打ちをかけるように、テッサは続ける。

「それに、この森を無事に抜けられたとして、その先は? 仮にうまく人の住む街まで行けたとして、タツルに居場所はあるのかな? お金は? 家は? 仕事は? 助けてくれる人は? この森から生きて出られたとしても、社会的に生きていられる保証はあるのかな?」

 そこまで言うとテッサは止めを刺すかのように穏やかに微笑み、おれに手を差し伸べた。

「そんなタツルに朗報だよ。わたしのカンパニーに入ってくれるのなら、その命と衣食住を保証してあげる。大丈夫、借金はあるけれど仕事がないわけじゃない。魔王討伐ができなくても、わたしの元で一生懸命働けば人並みの生活はできるはずだよ。それにタツルが別宇宙から来たことを知っているわたしなら、細かいフォローもできる。ねえ、タツル? これだけの好条件が揃っているのにどこに断る理由があるの? タツルこそ現実をよく見たほうがいいんじゃない?」

 テッサの言葉をおれなりに翻訳するとこうだった。

 助けて欲しければ、わたしの奴隷になれ。

「き、汚いぞ!」

 こいつ、始めからおれが断れる状況にないのを見越したうえで、声をかけてきやがったな!

 たしかに命を助けてもらうのなら、それなりの見返りを差し出すのが当然かもしれない。だが、やはりテッサのやり方には汚いものを感じる。

 相手が追いつめられているのをいいことに、無茶な要求を飲ませる手法。

 もしかして、例の『起業プランナー』から学んだのか?

 まったく、高い授業料だぜ。

「ほらほら、どうしたのタツル? 返事が聞こえないのだけれど?」

 テッサが煽ってくる。

 さっきはテッサの姿をドラゴンのような雰囲気と言ったが、今は悪魔に見えてきた。もしかしたらおれは今、悪魔に契約を迫られているのかもしれない。

 テッサの言う通り、おれはモンスターだらけのこの森を一人で抜けられる気がしない。

 この時点で、結論はひとつだった。

 生き延びるには、悪魔と契約をするしかない。

「だー! わかったよ。おまえのカンパニーに入ってやる! これでいいか!?」おれはヤケクソ気味に言い放った。

「言ったね? たしかに言ったね?」テッサがしつこく確認を取ってくる。

「ああ、言ったよ。それしか手はなさそうだからな」

「言質は取ったからね? あとでウソだなんて言ってもダメだからね?」

「しつこいな。助けてくれるのならその恩はちゃんと返す。そこまでおれは腐っちゃいねえよ」

 その瞬間、テッサが嬉しそうに飛び跳ねた。

「やったー! カンパニーメンバー、第一号だー!」

 さっきまでの悪魔の顔がウソのように、テッサは無邪気に笑った。

 その表情を見て、おれは呆れながらも呟く。

「どんだけ仲間に飢えていたんだよ……」

 だが、そこまで喜んでくれるのなら悪い気はしない。

 それにテッサのその笑顔は、不覚にもかわいいとさえ思ってしまった。

 でもそれはそれ。油断は禁物。

 かわいいは正義と言うが、正義が暴走するのもままあることなのだ。

「改めてよろしくね、タツル」

「ああ」

 テッサが差し出してきた手をおれは複雑な気持ちで握った。

 彼女の手は小さかったが想像と違って硬く、これまでの努力が窺い知れる手のひらだった。

「それじゃあ交渉も成立したことだし、こんな森さっさと脱出しよう!」

 そう言って機嫌よさそうに歩き始めたテッサに、おれは訊ねる。

「道はわかるのか?」

「もちろんだよ。安心して付いて来て」

 その言い方、すごくフラグっぽいんだが……。

 おれは不安に思いながら、テッサのあとを付いて行った。

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