02

 異世界。

 剣と魔法のファンタジー世界。

 そんな世界におれは来てしまったらしい。

 まさか自分が「異世界もの」の主人公になってしまう日がくるとは。

 人生何が起こるかわからないとはよく言ったものだ。

「だけど、おかしいよな」

 異世界に行くのは引きこもりの学生やニート、または社畜といった人生詰みかけている人と相場が決まっているはず。そういう人たちが異世界という非現実に行って人生をリセットし、時にチート能力なんかを手に入れて、これまでとは違ういい感じの人生を歩むというのが異世界もののお約束ではないのか。

 その点、おれは普通の高校生だ。たしかにリア充でも優等生でもないし、人に誇れるような特技があるわけでもない。もちろん社会的成功を収めているわけでも決してない。だけど、学校に行けば友達だっているし、勉強をするのも嫌いじゃない。部活だってバスケ部として楽しく活動している。「現実は最高!」なんて思わないし、そりゃあ嫌なことだってあるけれど、現実逃避したいほどの不満があるわけじゃない。

 それなのになぜ、おれがこんなところに?

 異世界に送る人、間違えてない?

 ……。

「まあ、いっか!」

 5秒ほど考えてから、おれは考えるのを放棄した。

 どうでもいいじゃないか、そんなこと。たしかに現実に不満はない。だけどせっかく異世界に来られたんだ、これを楽しまない手はないだろう。悪いな、異世界に行きたいと夢見ているオタクたち。みんなのぶんまでおれが異世界ライフを楽しんでやるからな!

「そのためにもまずは人を探すか」

 おれはのんきに考える。

 こんなところにひとりでいても異世界ライフは始まらない。せいぜいサバイバル生活が始まるだけだ。ちなみに現代っ子であるおれにサバイバル能力は皆無。だから、生き延びるためにも人を探さなくてはならない。

 そこまで考えておれは少し不安になった。

 周りを見回しても人のいる気配はまったくないし、森はどこまでも続いているように見える。

 人と出会えるのか、これ?

「いやいや、そんなはずはない!」

 おれはすぐに不安を振り払った。

 大丈夫、お約束では美少女との出会いが待っているはずだ。ちなみにおれも健全な男子高校生。美少女と異世界ライフができるというなら大歓迎。別にがっつくわけではないがそういう展開になっても一向に構わん。一向に構わんぞ!

 ……。

 まあ、とにかくだ。

 先に進まなければ決して幸運とは出会えない。それは間違いないだろう。

 おれは人を探すために森を歩くことにした。

 と、その直後だった。

 ガサガサと葉の擦れる音が、後方から聞こえた。

「さっそく美少女か!?」

 おれは振り向いた。我ながら素早い反応で音の正体を確認する。

 それは美少女ではなく、四足歩行の見たことのない生き物だった。全体的な雰囲気は大きなウサギという感じだ。ただ、耳はギザギザしていて翼のように横に伸びているし、頭には尖ったツノがある。他にも異なるポイントがいくつもあるが、まあウサギ型のモンスターと言って差し支えないだろう。

 そう、モンスターだ。

 それもゲームの序盤に出てきそうなやつ。

 そのかわいらしい姿におれは油断した。

「なーんだ、美少女じゃないのか」

 モンスターが恐ろしい形相で突進してきたのは、その時だった。

「!?」

 恐ろしい脚力で地面を蹴り、弾丸のようにおれの胴体目がけて飛んできたモンスターを、おれは間一髪でかわした。

 突然のことに驚き、おれの心臓がフルスロットルになる。

 どうやらモンスターは、頭のツノでおれを串刺しにするつもりだったらしい。

 攻撃をかわされて反対側まで跳躍したモンスターは、振り向いて再びおれのことを見た。

 おれは血の気が引くのを感じた。

 こいつ、殺る気だ!

 案の定モンスターはまた突進してきた。

「冗談じゃない!」

 おれはその攻撃もなんとかかわすと、すぐに走り始めた。

 もちろん逃げるためである。

 モンスターに背を向けて全力疾走。バスケ部に所属しているだけあっておれは人並みに走れる。だけどモンスター相手に鬼ごっこをしたことは一度もない。とっさに逃げる判断をしたが、おれはすぐ不安に襲われた。

 やつは今どうしている?

 諦めてくれたか?

 それとも追いかけてきているのか?

 よく考えたらあの瞬発力だ、逃げても無駄なのでは?

 おれは今にもあのツノが背中にぶっ刺さる気がしてひやりとした。

 その恐怖に負けて、おれは走りながら後ろを振り向いた。

 するとどうだろう。

 モンスターがおれの背後に迫ってきているではないか!

「ふげぇ!」

 思わず変な声をあげてしまった。

 モンスターが地面を蹴り、あの弾丸のような頭突きを仕掛けてくる。

 おれが地面の木の根に足を引っかけたのは、それとほぼ同時だった。

 振り向きながら走っていたせいで、おれは体をねじりながらもの凄い勢いでずっこける。

 だがそれが功を奏した。

 いや、この場合は怪我の功名とでも言うべきか。

 転んだことで、おれは偶然にもモンスターの攻撃をかわせたのである。

 その代わり、体中に打撲やら切り傷を負うことになったが。

「ぶべぇ!」

 転んだダメージで本日二度目の奇声。

 だが痛がっている暇はない。おれの上を通り過ぎて行ったモンスターは、再び反転して攻撃を仕掛けてくるだろう。顔を上げると、やはりモンスターはこちらに振り向いていた。

 逃げ切れない……。

 こうなったら、戦うしかない!

 そう決意したその時だった。

 突然どこからか触手が伸びてきて、そのモンスターを襲った。自由を奪われたモンスターは、抵抗虚しく触手によって運ばれていく。

「な、なんだ……?」

 おれはその触手の先を目で追った。

 触手の主は、丸い壺のような形の巨大な植物だった。

 その姿と目の前で起きている光景を見て、おれは察する。

 ああ、これはあれだ。

 食虫植物的なモンスターですわ。

 案の定、触手に捕まったウサギ型モンスターは植物の口へと放り込まれてしまった。おれの想像通りなら、今ごろ植物内の消化液のプールを泳いでいることだろう。

 想像するとちょっとグロいな……。

 その植物のモンスターは近づいてきた生き物を捕らえて食べるらしい。おれの位置はどうやらその範囲外らしく、触手は襲ってこなかった。

 そんなわけで、とりあえず……。

「助かった……、みたいだな?」

 予想外のところから差し伸べられた救いの手(触手)に、おれはしばし呆然とした。

 モンスター界の食物連鎖に助けられた。でも、もしも転ぶことなくあのまま走っていたら、今ごろはおれがあの中にいただろう。

 おれはゾッとして、引きつった笑顔を浮かべた。

 危なかった。

 あと少しで、美少女に会う前に物語が終了するところだった。

 それにしてもなんなんだこの展開は。異世界に来たら誰もいない森でひとりぼっち。チュートリアル的なイベントはなく、まともな装備やスキルもなければ、どこに向かえばいいのかさえわからない。おまけにモンスターの出現ときた。ちょっといきなりハード過ぎやしないか。

 まさか、異世界に行ったらむしろ人生ハードモードになりましたっていう、そういう趣旨の作品なのか?

 いや、それならまだいい。

 もしもこの世界が、ダークファンタジーな世界観だとしたら? ご都合主義を排したとか言って都合よく嫌なことが起こる、陰惨な世界だったとしたら……?

「それはまずい!」

 おれは頭を抱えた。

 死の恐怖が、じわりと胸に染み込んでくる。

 もしかしておれは、本格的に命の危機に晒されているのではないだろうか。

 そんなふうにシリアスになりかけた、その時だった。

「やっと見つけたよ!」

 シリアスな展開をぶち壊す明るい声が、背後から聞こえた。

 驚きながらも振り向くと、そこにはお約束通りの美少女が立っていた。

「あなたが別宇宙からの転移者、収支にバランスをもたらす者だね!」

 その子はおれを指差しながら、よくわからないことを言い放った。

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