スペースランナー(試作版)
晴間あお
第1話:空飛ぶ船にはロマンがある
01
玄関を開けると家の中は暗かった。
念のために言っておくが比喩的な意味じゃない。単純に明かりが付いていなくて暗かったのだ。いつもならこの時間には母親が帰っているはずなので、この状況は意外と珍しい。気配もないし、どうやら家には誰もいないようだった。
父親は社畜だからいないのはいつものことだとして。
母親はどこに行ったんだ?
こう言うとなんだか心配しているみたいだが、別にそんなことはない。いつもと違うからちょっと気になっただけのことだ。まああるとすれば夕飯の心配。いつもなら母親が用意してくれるのだが、いないとなれば当然いつも通りとはいかない。まあ母親の料理じゃなきゃダメというわけではないので、それもどうでもいいっちゃあどうでもいいのだが。
母親の手料理が恋しいなんていう気持ちはない。
というか、高校生がそんなことを思っていたらそれってどういう状況なんだって感じだ。
そんなことを考えながらおれは自分の部屋に入り、明かりを付けた。それとほぼ同時にスマホの通知音が鳴る。
噂をすれば、だ。
スマホを見ると母親からのメッセージがアプリで届いていた。
「パート仲間とご飯に行くことになった。夕飯は適当に食べておくれ。ちなみに父ちゃんは今日も遅い」
数回に分けて送られてきたメッセージは、絵文字てんこ盛りだった。そして最後には「よろしく」というスタンプ。
とりあえず「了解」とスタンプで返しておこう。
だけど、なるほどね。
どうりで家に誰もいないわけだ。
こうしておれは夕飯を自分で用意することになった。ちなみにおれは料理ができない。しようと思ったことすらない。だからこういう状況になったら、残り物をチンして食べるとか、家にあるレトルト食品に手を出すとか、コンビニで弁当を買ってくるとか、そういう手段に訴えることになる。
とりあえず制服から私服に着替えて、おれはダイニングキッチンに向かった。残り物があるのならそれから食べるのが順当というものだろう。まずは冷蔵庫をチェックだ。
冷蔵庫を見てみると、肉じゃがの残りがあった。
おかず一個ゲットだぜ。というかこれにご飯を突っ込んで、肉じゃが丼にしたらうまいんじゃないか? すっごい楽だし、そうしよう。
早くも夕飯が決定した。
おれは冷蔵庫から肉じゃがを取り出し、温めるために電子レンジに入れた。
温め時間を設定してスイッチオン。
しかし電子レンジは、うんともすんとも言わなかった。
「はん?」
じつを言うと、うちの電子レンジはものすごく古い。おれの物心が付いたときにはすでにあったから10年は軽く使っている。もしかしたら15年を超えているかもしれない。そして最近は寿命が近づいているのか、温め途中に止まってしまうことがあった。それでもやり直したらふつうに動いてくれたりするので、誤摩化しながら使ってきたのだが……。
「とうとう壊れたか?」
おれはもう一度スタートボタンを押してみた。しかしやはり電子レンジは動かない。扉を閉め直してもう一度やってみてもダメ。
本当に壊れてしまったのかもしれない。
「こうなったら、あれしかあるまい」
おれは古典的修理方法を試してみることにした。つまり、電子レンジを叩いた。これでダメなら諦めるしかない。電子レンジ・イズ・デッドだ。
さて。
数回叩いたところで、おれは改めてスタートボタンを押した。
するとどうだろう、驚くことに電子レンジが動き始めたではないか。
大きな音を発しながら肉じゃがを乗せたターンテーブルを回転させる電子レンジ。お前、まだ生きていたんだな。生きているってすばらしい!
さて、電子レンジくんがマイクロウェーブを肉じゃがに照射しているあいだに、おれは飲み物でも用意しておこうかな。
と、思ったその時だった。
電子レンジが突然、バチバチと異様な音を発し始めた。
「な、なんだ?」
慌てて見てみると、電子レンジの中がスパークしている。まるで小さな雷が駆け巡っているかのような激しい光と音で、今にも火が吹くか爆発でもしそうな雰囲気だ。
「っていうか絶対にヤバイやつじゃん!」
おれは電子レンジを停止させるべく、急いで取り消しボタンを押そうとした。
しかし、おれの指がボタンに触れることはなかった。
電子レンジの中で、何かが起きていた。
知覚はできないけれど、認識はできる。
少なくとも肉じゃがではない何かが、そこに存在していた。
「なんだ、これ……?」
という言葉と一緒におれは「それ」に吸い込まれた。
あまりに突然のことで、あまりに突拍子もないことで、おれは叫び声さえあげられなかった。
世界が歪み、存在が砕け、光がほとばしった。
脳みそがこねくり回され、バラバラになった意識が再編成されるような、奇妙な感じがした。
そして――。
気がつくとおれは、知らない世界にいた。
呆然と辺りを見回す。
……。
…………?
………………!?
おれが立っているのは鬱蒼とした森の中だった。無数の木々が天に向かって高く伸びていて、空は枝や葉で覆われている。太陽光がほとんど遮られているため暗いが、植物や虫らしき生き物が光を放ち、辺りを照らしているので視界はそれほど悪くない。地面には木の根が縦横無尽にはびこり、でこぼこしていた。
「な、なんじゃこりゃあ!!」
ようやく認識が追いつき、おれは叫んだ。
ここはどこだ?
いったい何が起きたんだ?
ワープ?
それとも、タイムトラベル?
いや、この風景が地球のものとは到底思えない。
ならば、この状況を説明できる現象は、ひとつしかあるまい。
「もしかしてこれって、異世界召喚ってやつー!?」
おれはつい、どこかで聞いたことのあるセリフを叫んでしまった。
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