第118話 おめでとう

 クラッシックミュージックが流れるなか、重厚な扉が開かれた。

 海の神殿かと思わせるつくりのチャペルは白を基調とし、陽の光を反射し輝いている。


 神前ではなく人前式なので、妙のエスコートは新郎である俺の役目にしてもらった。俺の左腕にそっと右腕を絡めて歩幅を合わせてバージンロードを歩き出した。


 扉の前で一礼をしてからチャペル内に足を踏み入れると、入り口付近やスタッフとして手伝ってくれている同僚たちの表情が固いように見えた。


 なんでお前たちが緊張してんだよと心の中で苦笑いをしていたが、同じように妙も異様な光景に違和感があったらしく、周りをキョロキョロしだしたが、すぐに我にかえり前を真っ直ぐに見た。


「「へっ?」」


 人前なので、式の進行は牧師さんではなく司会者がしていくと事前の打ち合わせでは聞いていた。それなのに俺たちの目の前には牧師さんが待ち構えている。

 一歩、一歩と歩みを進めると人当たりの良さそうな笑顔をした牧師さんに戦慄を覚えた。


 ワオングループCEO、柳井武臣やないたけおみ


 グループ総従業員約60万人のトップが何故ここに? しかも牧師役? 

 確かに、俺も妙も社内外での評価は悪くない。エースだなんだと言ってもらえることもある。それでもそれはあくまでグループ末端での話で、中央では俺たちの名前なんて無いに等しい。


 プロジェクトチームの本気度が伺える人選だ。


 まあ、会社のプロモを作るって話も出てるらしいが、それにしてもやり過ぎなんじゃないか? 

 いつもならどんな重役が相手でも気軽に声かけて俺たちの寿命を削る真梨ちゃんですら緊張の面持ちだ。もちろんCEOだけできているわけじゃないだろうから中央のお偉いさん方は会社関係の席にいらっしゃるのだろう。


 そんな動揺を必死で隠しながら、妙と歩みを進め祭壇の前に立つ。


 CEO……牧師さんに一礼をし妙と向き合う。ベールに隠されて表情はハッキリとはわからないが落ち着いてるみたいだ。両手を握り息を吸い込んだ。


「私、西陣は桐生妙を妻とし、いかなるときも彼女を助け、慈しみ、愛し続けることを誓います」


「私、桐生妙は西陣を夫とし、彼を支え、愛し抜くことを誓います」


「この日を迎えられたのは家族、友人、仲間の助けがあったからこそだと思っております。これまで育ててくれた両親に『ありがとう』。傷ついたとき、落ち込んだとき、共に泣き、笑ってくれた友人に『ありがとう』。今日のこの舞台を準備し、駆けつけてくれた仲間に『ありがとう』。ただちょっと頑張り過ぎだよ?」


 最後に一言だけ、アドリブを入れると一部でどっと笑いが起きた。


「私たちの未来が明るいものになると信じながら、それだけではないことも承知しております。ですので、私たちが迷った時はみなさまのお力をお貸しください。まだまだ未熟な私たちです。これまで同様にご指導・ご鞭撻をよろしくお願いします」


 妙の宣誓が終わり、祭壇に向き直ると牧師さんから指輪を受け取る。財産は叩いて買った20カラットのダイヤではないが、仕事でもお付き合いのあるデザイナーさんとああでもない、こうでもないと3ヶ月以上のやり取りから生まれたオリジナルの結婚指輪。少し手が震えてしまったが、スッポリと妙の薬指に収まった。

 じっと指輪を見つめる妙。ベール越しでも瞳が潤んでいるのがわかる。

 続いて俺の指にも指輪がはめられる。


「ようこそ人生の墓場へ」


 なぜか帯人の言葉が脳内でリフレインしている。まあ、俺たちなら大丈夫だよな?


 向き合う妙のベールを上げると、上目遣いで妙が微笑む。瞳はやはり潤んでいるが、涙はギュッと堪えてるみたいだ。


「妙」


 本人にしか聞こえないくらいの声で語りかけた。


「愛してるよ」


「私もよ」


 こんな注目を集めている中でも愛を囁き合えるくらい、いまの俺たちは浮かれてるんだろうな。でも、いまが人生で一番幸せって言えないようじゃまだまだ愛が足りてない証拠だろう。


 いつものように妙の右の頬に手を添えてキスをする。


「ちゅーだ! ちゅーしたよ!」


 ちーの興奮したような声が耳に届き、思わず笑ってしまった。


 誓いのキスを終えると、フラワーシャワーで見送られた俺たちはチャペルを出て屋上庭園でみんなが出てくるのを出迎えた。


 我先にと出てきたのは会社関係の独身女性陣。彼女たちはこれから始まる『絶対に負けられない戦い』を優位にするためにポジション争いを繰り広げる。


 ウチの会社でも主要なポストに女性が起用されるなどし、キャリアウーマンの晩婚化が著しい。だからと言って一生独身でもいいかと問われればそうではないらしい。


 要はタイミングなんだと。


 最前列に陣取っているのは俺たちの先輩方。妙がくるりと背中を向けるとジリジリと近づいてくる。あまり近過ぎるのもどうかと思うけどなぁ。


「いきますよ〜。せ〜の!」


 フワリと投げられたブーケは殺気立つ先輩たちの頭上を越え、後ろでのんびり見ていた真梨ちゃんの手元に収まった。


「ほへぇ? あー、いただいちゃいましたぁ」


 気の抜けたその声は先輩たちの毒気を抜いた。


♢♢♢♢♢


 披露宴はホテル内の最上階で行われた。


 多忙なCEOはさすがに披露宴には参加されず、俺も妙も含めた社員総出でお見送りをした。


 そして始まった披露宴。


 結婚式は俺たちがメインでやることがあったため事前に打ち合わせをしていた。しかし、この披露宴については全く情報が漏れてこなかった。


 会場入りしてすぐに見つけた違和感。


 まさかな。


 頭によぎった可能性を振り払い、されるがままの披露宴は進んでいく。


 披露宴での楽しみと言ったらやっぱり食事だろう。俺なんかだと普段食べないような高級料理を食べられるまたとない機会だ。


 そう、普通の披露宴ならな。


『みなさま、ただいま運ばれてきたフォアグラは、ワオンのプライベートブランド、ハイバリューのプレミアム商品になります』


 運ばれてくる料理、使われている機材、俺たちの衣装にいたるまでモニターまで使って商品案内。しかも商品化にあたり俺たちが関わっていようものならばその功績までも披露する。


 ハッキリ言おう。


 恥ずかしい。


 帯人の友人代表の挨拶なんて何を話すかわからないから心配で仕方なかったけど、その心配を忘れるくらいだ。


「この披露宴、半分くらいはウチの会社のCMなんじゃないか?」


 歓談中、会社関係の仲間たちが写真を撮りに着たときに妙にボソッと話すと「あはははは」と乾いた笑いが返ってきた。


 ちなみに今モニターに映し出されてるのは、給仕してくれているスタッフの皆さんが着用しているエプロン。


 2年前までは地元で細々と事業を行なっていた小さな染料会社が、代替わりにより新規プロジェクトを立ち上げた。


 温故知新


 伝統的な手法とCGを融合した商品は、広い年代に受け入れられ、今では県内ではシェアナンバー1。国内でもトップクラスの企業へと成長した。


「新郎の幅広い情報網により発掘された新たな才能は、新婦の大胆な戦略により瞬く間に世間に知れ渡ることになりました」


 このプロジェクトの成功により、妙とのコンビが固定化されることになった。


♢♢♢♢♢


 時間的に披露宴も半分が過ぎたころ、俺たちの軌跡を振り返るという定番のスライドショーが始まった。

 小さい頃から時系列で映し出されていく映像。俺の隣に写っているのは妙ではなく織姫だ。この頃は当たり前のように一緒にいた織姫。そしてずっと一緒にいると思っていた織姫。

 あんなことがなければ今頃は結婚してたのかもな。たら・ればなんて話は意味がないことはわかっている。それでもあったかもしれない未来……、いや、違うか。

 こうなることは決まってたんだろう。ただ、そこに至るまでの過程が何通りもあるに過ぎないのだろう。


『バンっ!』


 スライドショーが進む中、会場入り口の扉が勢いよく開かれた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 膝に手をやり肩で息をするスーツ姿の織姫。


「陣! 私と一緒に行こう!」


 静まり返る会場内。


 海外の有名な映画を模倣したわけじゃないだろうな? そもそも披露宴はおろか、結婚式だって終わってるし、なんならとっくに婚姻届は受理されている。

 放置していても埒があかない。チラッと妙に視線を送ると苦笑い。会場内のプロジェクトチームの面子はポカンとした……、いや、一人だけこの状況を楽しんでるやつがいる。

 今回のプロジェクトチームの一員で、チーム京極の元メンバーの真梨ちゃん。きっと織姫は彼女の手引きで会場まできたのだろう。その証拠に席もちゃんと用意されているし。


 席を立ち幼馴染の元へ。


 項垂れている頭に手刀を落とす。


「いひゃい!」


 頭を押さえながら顔を上げた織姫に手を差し出す。


「おせぇよ織姫。でも来てくれてありがとうな」


 目を大きく見開けながらも俺の手を握った織姫を席に連れて行き座らせた。


「……陣。結婚、おめでとう。幸せになってね」


「おう。ありがとうな」


 涙を流しながらのその言葉は、俺の心にしっかりと届いた。

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