第117話 幸せになろうな

 結婚式の準備は秘密裏に行われ、俺たちがした事といえば招待客のリストアップと席順を決めるくらいだった。

 プロジェクトチームはやはり川地夫妻のチームが選ばれ、身内と友人から一人ずつ紹介して欲しいと頼まれたので俺は帯人と静を、妙は光流くんと大学の先輩である大島芽乃おおしまかのさんを紹介した。


「なあ妙、今日、川地さんから『ワオン店舗でやるならどこがいい?』って聞かれたんだけど、もちろん冗談だよな? さすがに店舗で晒し者はないぞ」


「さすがにそれは……でも私も『どこのサロンが1番大きいっけ?』って聞かれた。二次会でとかならまだしも披露宴をってのはない……よね?」


 夫婦揃ってからかってるだけならまだいいけど、チームの意見として通ってるわけじゃないよな?


他にも「ゴンドラで登場なんてステキだと思わない?」とか、「乗馬したことある?」なんてことも言われたなぁ。


 俺たちに無難な式にはならないぞと警戒させるためのフェイクであって欲しいと切に願う。


♢♢♢♢♢


「お兄ちゃん、緊張してるの?」


 控え室に入ってくるなり静はクスクスと笑いながら俺の前に座った。

 パステルブルーのドレス姿の静は人妻らしく露出は控えめ。本当は着物を着るつもりだったらしいがちーの予測不能の行動に対応できるようにドレスにしたらしい。

 そしてちーは澄まし顔で静の隣にちょこんと座っている。


「今日のちーはおひめさまなの」


 ちーのお姫様像がどんなものかわからないが、静お手製のパステルピンクのドレスを着た姪っ子はまさしくお姫様のようだ。


「その通りだ! 今日の主役はちーだからな。パパと一緒に写真もいっぱい撮ろうな。陣! カメラマン頼んだぞ!」


 小慣れた感じでスーツを着崩す親バカは、自身の妻からどんな目で見られているかを自覚するべきだろう。静、もう少し温かい目で見てやってくれ。


「パパ。今日はじーくんとたえちゃをおめでとする日よ。ちーはただのおひめさまなの」


 娘の成長に固まる親バカ。

 俺の妹はしっかりと母親をしているらしいが、俺の親友の方は……。


『コンコン』


「西マネージャー、入っても大丈夫ですかぁ?」


 ノックの後に間髪入れずに扉が開いた。


「こらっ、返事を聞いてから開けなさい」


 ピョコンと控え室に入ってきたのは、肩口から胸元がパックリ開いた紫のドレスを着た真梨ちゃん。


「まあまあ、よいではないですか。話し声が聞こえていたので問題ないかなぁと思いましてぇ。あ〜、ちーちゃんだぁ、お姫様みたい」


 教育上、よろしくないお姉さんがちーの前にしゃがみこみ目線を合わせる。


「こんにちは! まーちゃん、ちゃんと服着なきゃめっよ。おっぱい見えてるよ」


 上部3分の1くらいは露出しているだろうから、ちーの指摘も間違いではない。


「ほらっ、変態。あなたが用があるのはお兄ちゃんでしょ?」


 しっしっ! と静に片手で追っ払われるオッパイ星人。


「本番はちゃんとストール巻きますからぁ、そんなに邪険に扱わないでくださいよぉ。あ〜、そうそう、桐生マネージャーの準備ができたのでぇ、移動してください」


 本来の役目を果たした真梨ちゃんは、最後には仕事モードでエスコートをしてくれた。


 俺たちの結婚式に用意されたのは、中部国際空港にほど近い海沿いに立つホテル。ウチのグループ会社の一つで、昨年オープンしたばかり。


 結婚式はその屋上庭園にあるチャペルで行われた。


『コンコン』


「は〜い」


「俺、入っていいか?」


「陣くん? 大丈夫だよ」


 控え室の扉を開けると、手前のテーブル席に光流くんと日向ちゃんが座り、奥の鏡台の前には純白のウェディングドレスに身を包んだ妙の後ろ姿があった。


 後ろ姿だけでも目が眩みそうな妙に話しかけようとしたが、妙の肩に手を置き話しかけているお義母さんの姿が目に入りやめた。


「本当に、綺麗よ妙。この日がくるのをずっと楽しみにしてたわ。ここまで育ってくれて、ありがとう」


 自慢の娘の晴れ姿。女手一つで育ててきたお義母さんにも今日は特別な日。


 すでに役所に婚姻届は提出し、妙は「西妙」になっている。書類が受理されたときのはにかんだ妙の笑顔は一生忘れることはないだろう。


「陣くん、よく見てあげて。今日の妙は誰よりも幸せ者よ」


 振り返り声をかけてくれたお義母さん。その目にはうれし涙が溢れている。


「残念。1番の幸せ者は俺ですよ。妙、よく見せてくれる?」


 お義母さんにハンカチを渡すと、場所を譲ってくれた。


「うん」


 立ち上がり振り向いた妙に思わず息を呑んだ。


「……わりぃ、俺の語彙力じゃ綺麗だとしか表現できないや」


「ふふっ、今日は素直にありがとうって返せるわ。ここまで育ててくれたお母さんとお父さんに感謝しなきゃね」


 涙を拭うお義母さんを見ながら、妙は優しく微笑んだ。


「ホント、お義姉さん綺麗。昔から綺麗だとは思ってたけどお兄ちゃんにはもったいないくらい綺麗」


「ほぁぁぁ〜」


 マジマジとウェディングドレス姿を見つめる静と、口をポカンと開けて固まっているちー。


「ありがとう。あっ、ここにも小さなお姫様。ちーちゃん、来てくれてありがとうね」


 妙に頭を撫でられたちーがやっとの思いで声を出した。


「きぇ〜、たえちゃ、きぇ〜ね」


「ちーちゃんも綺麗よ。ママのお手製ドレスね。羨ましいな」


 いつものように話しかけられ、幾分緊張が解けたらしく、ちーは妙に手も繋いでもらい満面の笑み。


「新郎新婦はあと20分くらい時間があるのでこのままここで待機してもらえますかぁ? 時間になったら呼びに来ますぅ」


「了解」


「それではご案内いたしますので、ご家族の方は移動をお願いします」


 真梨ちゃんが先導してみんなをチャペルまで案内してくれた。


『パタン』


 控え室でふたりっきり。


 二人とも着慣れない服装をしていることもあり、少し気恥ずかしい。それでも、俺は両手で妙の手を取り、額同士をこつんとぶつけた。


「なあ、妙」


「うん?」


「偉そうに幸せにしてやる! なんて言えないけどさ」


「うん」


「幸せに、なろうな」


「うん」


 いまは抱きしめることも、キスすることもできない。

 触れている手と額で、ただ静かに妙を感じていた。

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