第116話 守るもの
「そうか、そうか! 噂には聞いてたが正式に決まったか! おめでとう桐生くん! 相手が西くんなら問題ないな!」
お互いの家族にも紹介が済み、結婚への準備として上司への報告をした。
「ありがとうございます。結婚後も仕事は続けさせていただきますので引き続きよろしくお願いします」
「うん。君に抜けられたら我が社の損失は計り知れないよ。それで、具体的にどこまで話は進んでいるんだい? 式は挙げるんだろう?」
「そうですね。まだ具体的なことは決まってませんが挙式をしたいという話はしています」
式については会社に報告してから決めた方がいいと陣くんと話し合っていた。
「うんうん。ウチのエースと市場開発部のエースとの結婚だ。式については任せてくれたまえ。最高のチームでキミたちの式をプロデュースさせてもらうよ。ああ。残念ながらキミたちはチームから外させてもらうよ。 今回はクライアントとして参加してくれ。安心したまえ。予算もちゃんと組んでおくから」
そう言うと
♢♢♢♢♢
「やっぱりそうなるよな。お互いにグループの人間だから拒否はできないし」
「そうだね。式とハネムーンは会社プロデュースだろうね。さすがに家までは……ないよね?」
ウチの会社は誕生から終焉までをトータルでプロデュースしている。もちろんそのプロジェクトの中心を担っているのは妙が所属している企画営業と俺の市場開発だ。
「家は一生物だからな、さすがに勘弁して欲しいぞ」
挙式だって一生の思い出になるだろうけど、会社プロデュースと言うくらいだ。俺たち二人を納得させれるだけのものを準備してくるはず。
「家はこだわりたいよね。自分たちだけじゃなくって子どもだって住むんだもん。納得できるだけの準備はしたいな」
そう言う妙は優しい表情をしている。これから生まれてくるであろう俺たちの子どもに想いを馳せているのだろう。
「ところで、そっちのチーム構成はどんな感じになりそう?」
遠い未来よりも近い未来。
最悪、プロジェクトが失敗しても今回は大事にならないクライアントだけに将来有望な若手でいくのか、純粋な精鋭部隊を組んでくれるのか。
「たぶん、ウチのリーダーは川地さんかな? メンバーはそのまま川地さんのチームになるのかな?」
なるほど、企画営業は妙の教育係をしていた明奈さんか。てなるとウチは自動的に旦那さんになる可能性が高いな。
「川地夫妻チームか。悪くないけど……」
「無難な感じで終わりそうね」
「だな」
妙の指摘に苦笑い。同じことを考えてたみたいだ。
「そういえば、最近京極さんこないけど、どうしたの?」
通常ならばメンバー選考で名前が上がってもおかしくない織姫。クライアントをいい意味で裏切る彼女の手腕は上層部でも評価が高い。
「ああ。妙は知らなかったのか。あいつ、先月から中国に赴任してるぞ。現地スタッフの育成だから期間は一年だったかな?
ちょうど妙との結婚について伝えたばかりだった織姫は「傷心のため永住します」と言い残して中国に赴任した。まあ、一週間後には「早く帰りたい」とメッセージを送ってきたけどな。
「中国⁈ それはよっぽど期待されてるね。あの広大な国土でどうやって市場リサーチするのか楽しみだわ」
織姫とともに中国に送り込まれたのは国内のグループ会社から集められた精鋭。チームの選定には俺も加わったが、純粋に実力を評価して送り込んだ。けっして結婚の邪魔をさせないようにとか考えてたわけではない。
「まあ、なにかしらの結果は出してくるだろう。俺たちもこっちで結果出さないとな」
「う〜ん? 子ども?」
真面目な話から一転、イタズラっぽく笑う妙。
「……しばらくは二人っきりを楽しみたいと思ってるんだけど、妙は早く子ども欲しいの?」
「そんな聞き方はズルイと思うよ? 私だって新婚生活を満喫したいと思ってるよ? 対外的にもイチャイチャできるし」
膨れっ面で反論してくるところは、普段の大人っぽさが皆無でかわいらしい。
「社内でイチャイチャはできないけどな。夜の生活も含めて新婚生活を楽しもうな」
そのまま妙の手を引き抱きしめると、胸元から小さな声で「バカ」と聞こえてきた。
♢♢♢♢♢
「よしっ、じゃ、まずは乾杯でもしておくか。陣のやっとの結婚に乾杯」
「やっとってお前、まあ、サンキュ。乾杯」
正式に結婚が決まってから訪れた実家で、珍しく帯人が迎えてくれた。
妙を含めた女性陣は買い物に、親父は運転手として出かけたため帯人と久しぶりのサシ飲みだ。
「これでお前もオイタが出来なくなったな。ようこそ人生の墓場へ」
ニヤニヤとしながらビールを飲む帯人のところは、自他共に認めるカカァ天下。ちーが生まれてから帯人は静に頭が上がらない。
「結婚は人生の墓場とはよく聞くけど、お前そんなに苦労してるのか? 確かにちーからの扱いは雑っぽいけどさあ。静は意外とお前を立ててくれてるんじゃないか?」
俺の目から見る限り、ウチの妹は夫である帯人を立ててるように見える。
「まあ、人前では、な。遠征で家にいないことも多いからか、たまに家にいると空気扱いされる時もあるし、今朝だって慌てて俺の朝食準備してたくらいだからな。お前も今はラブラブかもしれないけど気をつけろよ? 女は子どもが生まれると———、イテっ!」
言葉を遮るようにバタピーの袋が飛んできて、帯人の頭に命中した。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。子どもが生まれると女が強くなるのはどこも同じよ。今までは守ってもらうだけの存在だったのに、自分にも守るものができるんだもの。強くならなければならないの」
俺の背後にはいつのまにやら帰宅していた静が呆れ顔で立っている。
「そうよ陣くん。私だって強くなるから今から覚悟しておいてね」
「いや、仕事中のお前見てるから十分手強いのは知ってるって」
フローリングに直に座っている俺の耳元で妙が囁く。だが、残念ながら妙に弱いというイメージは元から持っていない。
「ん? 先輩……じゃなくってお義姉さんってそんなに怖いの? 中学時代、部活では優しくしてもらった思い出しかないけど」
顎に手を添えて小首を傾げて不思議そうにする静。
「打ち合わせ中にたまに曖昧なこと言うやつがでてきたりするとさ、笑顔で辛辣なこと言ったりするんだよ。その笑顔も目は笑ってないしな」
後輩のみならず先輩ですら妙の反応にはビクビクしている様子だ。かく言う俺ですら結果がでるまではヒヤヒヤしながら妙の様子を伺っている。
「……陣くん?」
知らない静のためにあえて実践してくれたのか、桐生マネージャーの氷の微笑が場を包む。
「たえちゃ、にこーしないとメッよ? ほらっ、ニコニコ〜」
そんな妙の背後からちーが人差し指で妙の頬をぷにっと差した。
「あっ、う、うん。にこにこね」
さしもの妙も、ちーには敵わず言われるがままに笑顔を作った。
「なんだかんだ言っても、ちーが最強なんだよな」
テーブルに頬杖をつきながら帯人が苦笑いをしていた。
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