第114話 未来
妙との日常は穏やかに過ぎていく。仕事はお互いに土日関係ないシフト制になっているので、仕事上でもパートナーの妙とは同じ日を休日に設定している。
「ねぇ、陣くん。明日、行ってみたいところがあるんだけど」
休日前夜の食事中、思い出したかのような妙からの申し出。
「うん? 特に予定はないからいいけど、どこに行きたいんだ?」
「住宅展示場」
予想外の答えに思わず箸を落としてしまった。
「はっ? 結婚式場じゃなくって住宅展示場?」
まだ正式なプロポーズはしてないにしろ、俺たちの結婚は既定路線だ。それならばまずは結婚式……、いや、プロポーズだな。
「うん? 結婚するにしても住む場所は先に決めなきゃ。しばらくはここでもいいけど子どもが生まれたら少し狭いし、職場から遠くなっちゃうけどできれば実家のそばの方がいいかなって思って。もちろん陣くんの意見も尊重するよ?」
「あぁ、まあとりあえず住宅展示場に行くのはいいんだけどさ。順序としてはプロポーズからかと思うんだけど?」
俺としては真面目な意見だったんだが、妙は小首を傾げて不思議そうにしている。
「あのね陣くん。私としては演出とか考えて準備してくれた言葉よりも、そのときに感じたことを言葉にしてくれた方がうれしいの。だからね? プロポーズの言葉はとっくに受け取ってるよ?」
自然体の妙らしい感覚だと思った。
「そっか。うん、……まあそれが俺たちらしいのかもな」
「うん。あっ、でもたまには言って欲しい言葉もあるよ」
上目遣いで訴えてくるその態度で、どんな言葉が欲しいのかは想像できる。
俺は箸を置き席を離れて妙の隣に立つ。
妙も同じように箸を置き俺の目の前に立った。
両手を軽く広げると身体を預けるように俺の胸に顔を埋めた。
「好きだよ、妙」
「私も。愛してるよ陣くん」
「……そこで張り合う必要ある?」
「そこは譲れないかな?」
顔を上げ、小首を傾げながら微笑む妙。
「俺、負けてる?」
「ううん。ちゃんと伝わってるから大丈夫」
俺の胸の中で頭をぐりぐりと回した後、顔を上げた妙の表情はとても晴れやかだった。
「私を受け入れてくれてありがとう」
「俺に飛び込んできてくれてありがとう」
妙の温もりを感じながらゆっくりと身体を包み込む。そのまま数分の間は、ただお互いの存在を確かめ合うだけだった。
♢♢♢♢♢
翌日、平日の住宅展示場は予想以上に閑散としていた。土日だとヒーローショーや屋台が出たりとか家族連れが楽しめるイベントをやっていて賑わったりしているのだが、駐車場からガラガラ。俺たち以外にも人はいるが仕事関係か、近所の人がフラっと立ち寄ったみたいな人しかいない。
「これ、見学するのプレッシャーだな」
「家の中を自由に見学は難しそうだね。まあコンシェルジュが付いてくれると思っていろいろ聞いちゃおうよ」
こういう妙のプラス思考なところは見習うべきところだ。
とりあえず気になったところから入ってみようということで、出窓が特徴的な洋風の家に入ってみた。
『ピンポン ピンポン』
玄関に入った途端にインターホンが鳴り、パタパタと中からスーツ姿の若い女性が走り寄ってきた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらのスリッパをお使いください」
促されるまま靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。玄関ホールから扉一枚隔てた先には広々としたリビング。
「おおっ」
その広さと、壁側中央に存在感たっぷりの暖炉に感嘆の声を上げた。
「あの暖炉って本物ですか?」
必要かどうかは別として、あの存在感は無視できない。そんな俺の様子を妙は微笑ましく見つめていた。
「いえ、暖炉型のオイルヒーターになります。小さなお子様がいらっしゃるご家庭でも安心して使っていただける商品となっております」
ただのセールストークにすぎないのだろうが、俺たちは夫婦としてか、結婚を控えたカップルとして認識されたようだ。
ひと通り案内をしてもらい、アンケートを記入しながら一番気になったことを聞いてみた。
「この家をそのまま建てるとすると、どれくらいの費用になるんですか?」
見て回った感想は『その気にさせられた』ということ。広々とした間取りに充実した設備、地震や火事にも強い構造。
ここでの妙との新生活に思いを馳せながらの見学となっていた。
「そうですね。ざっと2億6千万円くらいでしょう。我が社の最新技術の
ニッコリと微笑むお姉さんを見ながら、俺たちは現実に引き戻された。まあ、注文住宅は自分たちの理想を取り込める一方で、凝り過ぎればその分費用もかかるということだ。
その後の住宅メーカーでもマンツーマンでの見学を続いた。
「ここは……何階建なんだ?」
最後に見学をした住宅は外観だけ見ていると窓の位置が左右の部屋で高低差があり、パッと見では3階建かと勘違いしてしまった。
「弊社では隣の部屋との高低差を利用して広い収納スペースをご用意しております」
そう言われながら見せてもらった部屋は、小さな子どもなら立って入れそうな高さの部屋だった。
「こちらの部屋の高さは1m40cmに設定されております」
説明によると不動産登記法上、高さ1m50cm未満の部屋は階層に含まれないとのこと。
「こちらのシリーズでは外からも利用できるスペースが1つと1階と2階との間に1つご用意させていただいております」
現在の住宅事情を考えると、収納スペースが大きいというのは高評価に繋がる。
「ウォークインクローゼットも欲しいけど、こういうスペースも使えるね」
収納としてだけではなく、ちーが遊びに来た時には走り回りそうだ。
これから迎えるであろう妙との新生活を想像しながらの展示場見学を終え、自宅に向かう車内で妙はウキウキしながらカタログを見ていた。
「やっぱり収納スペースは多い方がいいよね。キッチンにはカウンターが欲しいかな?」
「俺は小さな書斎が欲しいかな?」
小さくてもいいから自分ひとりのスペースが欲しい。まあ、読書をするためのスペースかと言われるとそういうわけではない。
それでも書斎ってのは男のロマンだろう。
「へ〜、陣くん。家族と離れてひとりになりたいんだ?」
俺の呟きに、妙からは冷たい反応。
「いやっ、そういう訳じゃないけど落ち着けるスペースが欲しいっていうかさぁ」
弁明する俺を膨れっ面で見ていた妙が、吹き出した。
「ふふふ。わかってるよ。ちょっと意地悪言ってみただけだから。それでもね? 陣くんが落ち着けるスペースは私が作ります。そのためにね、大きいベッド。買いに行こ?」
新しい家の間取りも決まってないのに? というツッコミを飲み込んで、俺は黙って頷いた。
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