第112話 団欒
「お待たせ〜、ほらっ、ひなちゃんも配膳手伝って」
お母さんと妙が夕食を用意してくれてる間、俺は日向ちゃんに質問責めにされていた。やっぱりJK、恋バナは大好物のようだ。それに対して弟の光流くんは、時折り顔を背けて恥ずかしそうにしていた。彼はどうやらシャイな性格のようだ。
「は〜いお義兄さん、お待たせしました」
両手をいっぱいに広げた日向ちゃんが俺の目の前にドンと木桶を置いた。
「ウチは人が集まったときは手巻き寿司なの」
お盆に数種類の具材を乗せてきた妙が俺の隣に腰を下ろす。
「ちょっと手抜きなんだけどね。おかずもちゃんと用意したからいっぱい食べてね」
テーブルの上にはサラダや煮物、揚げ物も用意されていた。全て手作りのようで妙の言うような手抜き感は皆無だ。
「陣くん、お酒は? ビールしかないんだけど飲めるんでしょ?」
「はい。でも今日は車で来てるので———」
「帰りは私が運転するよ?」
妙はそう言って俺のグラスにビールを注いでくれた。
「じゃあ遠慮なく」
ビール瓶を妙から受け取りお母さんのグラスに注ぐ。ラベルは上向き、瓶はグラスに付けない。
カチンとグラスを合わせて乾杯をすると、お母さんは少し口をつけ、グラスを眺めながら微笑んだ。
「ありがとう。妙の彼と飲める日がくるなんてね。お父さんが泣いて悔しがりそうね」
お父さんはあまりお酒は強い方ではなかったが、ほろ酔い状態で話すのが好きだったらしい。
「僕もそんなに強い方ではないんですけどね。打ち上げとかでみんなと騒ぎながら飲むのも楽しいんですけど、食後に妙と晩酌するのが最近の楽しみです」
「ふふっ。親の前で惚気話ができるくらい仲良しなのね。やっぱり妙が惚れた相手だけあって堂々としてるわね」
妙が選んだ相手だから、俺を認めてくれていると言ってくれたお母さんが、自分の感想として俺を評価し始めてくれているのだろうか?
「お義姉ちゃん、いいな〜。みっくんもお義兄さんを見習ってもっと私のことを好きって言ってくれて———ってあれ? みっくん眠いの?」
日向ちゃんが隣に座る光流くんの身体を揺らすと、抗うことなくパタンと倒れてしまった。
「ちょっと、みっくん!? 大丈夫?」
慌てた日向ちゃんが光流くんの顔を覗き込むと、ウッと言って距離を取った。
「お酒くさっ! ちょっとみっくん。お酒はハタチになってから!」
知らない間にビールを飲んでいた光流くんはすでにくうくうと寝息を立てている。
「あ〜! もうっ! 大事なお客様が来てるのに〜! ごめんなさいお義兄さん。明日ビシッと言っておきます」
日向ちゃんは、まるで光流くんの保護者であるかのように俺に頭を下げてきた。
「いいよ、気にしないで。と、言うか妙。光流くん完全に尻に敷かれてるけど大丈夫か?」
大好きなお姉ちゃんが帰ってきてテンションがあがっちゃったのはご愛嬌と言ったところだな。
「あははは。この子たちにとってはこれが平常運転よ」
妙もお母さんも2人を見ながら微笑んでいる。
「妙が居なくなってからはひなちゃんがみっくんのお姉ちゃんだったかしらって思うくらいよ」
「お義母さん! 姉ではなくお嫁さんです。高校卒業後に嫁いできます」
元気よく宣言する日向ちゃんにありし日の織姫の姿が思い浮かんだ。
「高校生だったの、もう10年以上も前なんだな。いまさらなんだけど月日が経つのって早いんだな。日向ちゃんくらいの頃って、30歳は随分と大人って思ってたけど、いざ自分が30手前まできてみると全然だなって思うな」
仕事はそれなりにこなせるようになってきたし、自分が責任ある立場にいるという自覚ももちろんある。それでも中身はグラウンドでボールを追っかけていた頃のまま。
「そうだね。高校生の頃は30歳だと結婚して子どもも一人くらいはいると思ってたけどね!」
イタズラっぽい笑顔を向けてくる妙に思わず吹き出してしまう。
「そりゃ悪かったよ。って、まだ30じゃないし間に合うぞ?」
「こらこら。仲良しなのは嬉しいけど、親の前でなんて会話してるの」
妙に向けた仕返しの言葉だったが、お母さんから冗談まじりのお叱りを受けてしまった。
「お義兄さん。男に二言はないと思うので、今の言葉は実行してくださいね」
テーブルに身を乗り出すように日向ちゃんは俺に詰め寄ってきた。いやいや、いまのお母さんの台詞聞いてたかな?
「言質とった! ってやつね? そうね。それもありなのかしら?」
「お母さん?」
日向ちゃんの悪ノリにのっかったお母さんに、妙が訝し目を向けている。
「それが妙の幸せに繋がるなら、ね?」
お母さんの言葉に嘘はないだろうが、既成事実を作らなければいけない状況でもないと思うんだけどな。
「お母さんも陣くんも、みっくんみたいに酔っぱらってないでしょ? 女子高生のノリに乗っからなくていいし、それに……私、いま十分なくらいに幸せよ。だからお母さん、何も心配しなくていいからね」
少し恥ずかしそうにしながらも、妙はお母さんに断言した。
「見てればわかるわよ。大丈夫、心配してないから。実際に陣くんに会えて確信もできたし。私はゆっくりと孫を抱けるのを楽しみにしてるからね」
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