第108話 もう一度、ディスティニー

「なっ! なんでナチュラルに一緒に帰ろうとしてるのよ!」


 会社主催の婚活イベントの打ち上げ後、妙に声をかけて一緒に帰ろうとしたところで織姫に捕まった。


「えっ? なんでって同じウチに帰るんだから別々に帰るのもおかしくないか?」


 努めて平然と応えると織姫の表情は見る見るうちに青くなっていく。


「おっ、同じウチ⁈ ちょっと陣! 説明! ひょっとして、桐生さんと付き合ってるの? えっ? すでに同棲してるの? 聞いてないよ⁈」


 慌てふためく織姫に妙は平然と言ってのける。


「そうやって自分のことしか考えないうちは幸せになれないんじゃないかな?」


「なっ……!」


 言葉を無くしている織姫を尻目に、妙は追い討ちをかけた。


「彼女じゃなくても、奥さんじゃなくても陣くんのそばにいたいって思っただけ。カタチにこだわる京極さんには負けたくないかな」


♢♢♢♢♢


「ただいま〜。あ〜、プロジェクトが一つ終わるとホッとするね」


 リビングに入ると、妙はソファーに倒れ込むように身を預けた。


「打ち上げでも疲れるけどな。自分が下の時には上に気を使って、上になると下が気になる。結局、立場じゃなくて性分なんだろうけどな」


 妙の隣に座り両手を上げて身体を伸ばす。


「う〜ん! ……って何、抱きついてきてるんだよ」


 腕を上げて無防備になった胴体を妙が拘束してきた。身体に伝わる柔らかい感触と、薄らと付けた柑橘系の香水のにおいが俺の嗅覚を刺激する。


 一緒に暮らしてるとはいえ、妙とは恋人同士ではない。なので寝るときはベッドは疎か、部屋も別々だ。まあ、男女なのでたまに気分がノッてしまい一緒のベッドで朝を迎えることもあったりもする。


「……京極さんに偉そうなこと言っちゃったけど、私だって自分の都合でこのウチに転がり込んできたんだよね」


 俺の腰に回した両手の力をギュッと強めて顔を埋めた妙からは「はぁ」というため息が漏れていた。


「きっかけはそうかもしれないが、受け入れたのは俺だぞ? 嫌だったら断ってるし」


 もそもそと俺の身体を這い上がりながら、妙は至近距離で見つめてきた。


「じゃあ、なんで受け入れてくれたの?」


 優しく語りかける妙には、全て見透かされているようで。だからといって初めから誤魔化す気もなくて。


 その真っ直ぐな視線からは目を逸らすことなんて出来なかったし、逸らす気もなかった。


「……妙となら、ずっと隣にいられると思ったんだよ。恋人とか、夫婦とか、そんな肩書きがなくても。見栄を張る必要も、甘える必要もなく」


 俺は妙の上体を起こして両手を握った。


「手を繋いでても、繋いでなくても、ずっと繋がっていられる。そんな気がしてさ。適切な言葉じゃないかもしれないけど、フラットな状態でいさせてくれる気がしたんだ」


「空気のように、水のように?」


 少し悪戯っぽく笑う妙に、俺は苦笑いを返した。


「当たり前って思っちゃだめなんだけどさ。すぐそこにいてくれる気がするんだよ。だから……、前に進むのなら妙と一緒にって思ったんだ」


 まだ前に進めているとは思ってはいない。でも、可能性として妙となら横に並んで歩いていけるんじゃないか? って気になっている。


「そっか。でも、そうだね。陣くんとは肩肘張った付き合いは必要ないもんね。離れていた時間があっても、いつの間にか昔の関係になれたしね。やっぱり……」


「やっぱり?」


「うん。これはね? 個人的な意見です。私にとっては、全て運命だったのかなって。陣くんに振られたことも。また陣くんと関わることになったのも。ほらっ、昔一緒に行ったディスティニー。やっぱりあんなのは都市伝説だ! って思ってたんだけどね。最近は真逆なことを考えてるの。運命って、点じゃなくて線なのかなって。本人にすらわからないけど、ずっと途切れることなく続いてるの」


 すっと顔を寄せ、頬を寄せた妙が「ふふっ」と微笑んだ。


「運命、な。……なあ、妙。今度一緒に有休取って一緒に行くか」


「……うん」


 どこに? なんて言葉は返ってこなかった。

 

 今度こそ、俺は自分の足で前に進まなければならない。


 妙の隣にいるために。

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