第107話 温もり

 目が覚めるとそこには見慣れた天井が映し出されていた。自分の部屋なのだから当たり前なんだけどな。

 唯一の違いといえば左半身に感じる人の温もり。左下に視線を移すが俺の肩に頭が乗っているので、頭頂部しか視認できない。左腕で落ちないように妙の身体を支えながら、少し距離を開けて顔を覗き込んだ。

 スヤスヤと寝ている……ように見せているが、狸寝入りだということは承知の上。首筋から腰までスーッと指でなぞるとピクッと眉が動いた。


「寝顔までかわいいな」


 耳元で呟くと口元に締まりがなくなってきていた。


「……もう。起きてるの気づいてるなら普通に話しかけてよ」


 狸寝入りを諦めた妙がため息混じりのクレームをつけてきた。


「おはよう。これでいいか?」


 お互いベッドの中で横向きになり額をくっつけたまま。まるで恋人同士の甘いひとときのように。


「うん、おはよう」


 はにかむような笑顔に胸が締め付けられる。

 

 妙の優しさにつけ込んでしまった俺は、ウチに妙を招き入れた挙句、一夜をともにした。


「うん。表情から悲壮感はなくなったかな? ああ、勘違いさせる前に一言。私、後悔なんてしてないからね? も言われたけど、好きな人と一緒にいれたんだから後悔するわけないでしょ? それと、同情もしてません。弱ってるところにつけ込んだだけだから」


 妙はそう言うと、悪戯っぽく舌を出した。


「……妙」


「初めての時とは反対だね。あの時、私が救われたみたいに、私も陣くんの心を少しでも癒せれたらいいな」


 紫穂里とのことを吹っ切れてなかった俺に突きつけられた事実。もう、戻ることのない関係に終止符を打たなければいけない。


「割り切るしか、ないからな。俺が勝手な妄想で後送りにしていた案件だ。じっくりと向き合うまでもない。事実を受け止めるだけ。立ち止まらず、前に進むだけだ」


 やるしか、ないからな。


「うん。私も協力するね」


「うん?」


「陣くんが、前に進むための協力。さしあたってはね?」


 裸体のまま上半身を起こした妙は、部屋をキョロキョロと見渡す。特に珍しいものは置いてないはずだが?


「お部屋、広いよね。一人じゃ、寂しいでしょ? だからね、私も一緒に暮らそうと思います」


「は?……」



 突然のことにしばし、思考がフリーズ。


「あのね? 付き合ってって言ってるわけじゃないんだけどね。あ、もちろん付き合ってくれるのがベストなんだけど、いまの陣くんには誰か隣にいてくれた方がいいと思うの。今まで、一人で頑張ってきたのは見てきたけどね。誰かに甘えてもいいんじゃない? じゃなくてね」


 ジト目を向けてくる妙が、何を言わんとしてるかは一目瞭然。


「あはははは」


「こらっ、笑って誤魔化さない。迷惑ならはっきりと迷惑って言って。普通に考えれば彼女でもない女が転がり込んでくるんだから、迷惑でしょ?」


 妙ほどの女性と同棲って、普通に考えれば役得でしかないと思うぞ?


「迷惑ってことはないんだけど、な。正直なとこ戸惑ってるとしか言いようがない。……また恋愛して、その先に結婚があってとか当たり前のことが考えられない。けど、俺だけがいつまでも立ち止まってるのもな。紫穂里は先に進み、俺はあいつの影だけを追いかけて———、その先には何もないんだよな」


 追いかけることが無駄だということは、はっきりと突きつけられた。


「……いつまでもグジグジとしてるのも、みっともないな」


 今の俺には女々しいって言葉が一番お似合いだろうな。


「陣くんが自分で動けないなら、私が背中を押してあげる。……その先に何があるかなんて私にもわからないけど、いまは一歩踏み出すことが重要なんじゃないかな? 同棲はただのきっかけ作り。方法はなんでもいいんだけどね? 恋活や婚活してみるとか、ね? 私のオススメはね? 方法はなんでもいいんだけど、そこに「私と」ってことだけ付け加えることかな?」


 言い終えた妙は、少し恥ずかしくなったようで、俺の胸に顔を埋めた。


「なあ、妙」


 腕に力を込めてギュッと抱きしめる。


「その提案、受け取らせてもらうよ」


 身体中に感じる妙の温もりは、これまでには感じたことがないくらいに安心できた。

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