第104話 朝まで
二次会は地元のレストランを貸し切って行われた。
着慣れないドレスを脱ぎ捨てるために、一旦静ちゃんの家に戻り私服に着替えた。
先輩にもドレス姿を見てもらいたかったな……。
「あっ、ちーちゃんのワンピースかわいいね。これはママが作ってくれたのかな?」
ちーちゃんが着ているピンクのワンピースには胸元にリボンが付いており、背中には白い糸で羽が刺繍されている。
メイド・イン・静ちゃん。
ちーちゃんがまだお腹の中にいる時から「子どもの服はできるだけ作ってあげたいんだ」と裁縫や編み物の練習を頑張ってた。
「うんっ! あのね! ちーね、てんしなの!」
ちーちゃんはうれしそうに背中を見せてくれる。
「結構大変だったよ〜、あまり目立つのも嫌だったから、さりげない感じにしたかったんだよね〜」
ね〜っと言いながらちーちゃんの頭を撫でている静ちゃんの表情はとても穏やかな母親の顔をしている。
「いいな〜」
2人の様子を見て思わず本音が漏れる。
「ん〜? つむつむも子ども欲しくなっちゃった? 作るだけならいつでもできるけど、つむつむには順序を守ってもらいたいかな〜」
静ちゃんはからかう様な感じではなく、意味ありげな眼差しで私に微笑んでくれた。
「そ、それは大丈夫……た、たぶん、ね?」
「そこは絶対って言うところでしょ〜? 全く。きっとお兄ちゃん以外とはそんなこと考えてないだろうけど、相手がお兄ちゃんでもだよ? 間違っても既成事実作っちゃえ! なんて考えないようにね」
大丈夫だよ静ちゃん。
そうやって即答できない自分に少し焦りを感じた。
♢♢♢♢♢
19時からスタートの二次会には、静ちゃん家のワンボックスで送ってもらった。途中、神崎家によりしーちゃんとくーちゃん親子も同乗し、5人で会場入りすることになった。
会場のイタリアンレストランの駐車場には、披露宴会場から直接きたのだろうか、すでに数台の車が停まっている。
入り口を入るとすぐのテーブルに男性が2人で受付をしていた。
二次会の仕切りは主に東野先輩の友人たちが中心にやってくれているらしく、きーちゃん側は新郎・新婦ともに付き合いのある静ちゃんが頑張ってくれたそうだ。
「奥本くん、釜寺くん、お疲れ様。あまり手伝いできなくてごめんね」
受付を済ますと、静ちゃんが両手を合わせて謝っていた。
「お〜、西マネ。子育て中のママにあまり手間取らせる訳にはいかないしな〜。連絡回してくれただけで十分だよ」
元サッカー部で私とは3年の時にクラスメイトだった釜寺くんが手をヒラヒラさせて静ちゃんに応えた。
「にしても、この子が西マネと唐草先輩の子どもか〜。ん〜、どちらかと言うとパパ似か?」
ちーちゃんをじ〜っと見ながら釜寺くんは言うが、どちらかと言うと静ちゃん似じゃないかな? ……先輩にも似てると思うけど、ね?
「え〜!? そうかな〜? どちらかと言えば私じゃない? ……でもねぇ、お母さんは赤ちゃんの時に「陣のちっちゃいときにそっくり」って言ってたよ。まあ、なんにせよ見た目は西家寄りかな?」
私も、お、お義母さん……の意見に、賛成。えへへへ。
「あ〜! そっか! 目元は西先輩かもな。ところで西先輩くるんだよな? 東野先輩からは二次会には来るって聞いてるんだけど?」
「せ、先輩くるの!?」
会場内に響き渡る私の声。随分と興奮していたみたいで抑えが効かなかったみたい。
「うん。ってあれ? 結婚式は欠席って言っただけで二次会にはこないなんて言ってないよ?」
してやったりの悪い笑顔の静ちゃんに、怒れるよりも西先輩に会えると言ううれしさで心が満たされてきた。
「や、やった」
「相変わらずだね〜」
思わず漏れた心の声にしーちゃんがニコニコと笑いながらツッコミを入れてきた。
「こら〜! そこ〜! 受付で立ち話してると後ろに迷惑だろ〜」
突如、背後から声を掛けられたので振り向いてみると、主役の2人が到着し披露宴に参加していなかった人たちを中心に取り囲まれていた。
「おっ、釜寺、奥本ありがとうな。西さん……じゃなくって、静ちゃんもいろいろ手伝ってくれてたみたいでありがとうね」
人垣をかき分けながら受付までやってきた東野先輩が幸せそうな表情を浮かべている。
「うわっ! ヒクくらいにデレデレじゃないっすか! キモっ!」
「あんっ? そんなんだからお前は彼女いない歴=年齢なんだよ」
東野先輩に辛辣な言葉をかけた釜寺くんが、きーちゃんの言葉のナイフで切り裂かれた。……地味に私の心にも突き刺さったことは黙っておこうかな?
「くっ! 相変わらず小町は口が悪いぜ!」
「あ〜ら残念。すでに東野になってますぅ」
ふふんと言わんばかりに胸を張るきーちゃん。
元バレー部キャプテンと元サッカーキャプテンが犬猿の仲だと言うことは、私たちの代では有名な話だった。
♢♢♢♢♢
和やかな雰囲気の中、二次会恒例のビンゴ大会が行われた。
「いい、ちー。あのおじちゃんたちが言った番号があったらこの紙をプチって押すんだよ」
「クリス〜、以下同文ね」
「……うん」
静ちゃんの説明に便乗したしーちゃん。そこは自分で説明してあげようよ?
『さぁ! それでは最初の番号です! ダダダダダダダダダ、ダン! 24番! 最初の番号は24!」
モニターに24という番号が映し出されると、周りからキャアキャアとうれしそうな声が聞こえてきた。
「ちゅむちゅむ、ちー、にじゅよんあったよ」
ちーちゃんが自慢げにビンゴカードを見せてくれたので見せてもらうと、42番が開けられていた。
「あ〜、ちーちゃん残念。これは42番だよ」
ちーちゃんがショックを受けないように明るく言ってみたのだけど、それを聞いたちーちゃんの小さな瞳に涙が浮かんできた。
「……ちがわないもん。ちー、まちがえてないもん」
こういう強情なところは唐草先輩に似ていると静ちゃんは笑ってたっけ。
「ん〜? あ〜、ちー、開けるところ間違えてるよ。24番はこっち。開けるとこだけ間違えちゃったね〜」
ちーちゃんの様子を見た静ちゃんが、ビンゴカードをひょいと取り、確認してからちーちゃんに返した。
「うん。ちー、ちょっとだけまちがえちゃたね〜」
ちーちゃんが俯いてる間に自分のカードとすり替えた静ちゃんが、ちーちゃんを膝の上に乗せて「ちー、一緒にやろうか?」と微笑んだ。
「静はいいママだよねぇ。わたしも〜、見習わないとだめだなぁ」
珍しく、しーちゃんが沈んだ声を出した。
「ママ? クリスはママのこと大好きだよ?」
沈んだしーちゃんを心配したのか、くーちゃんはギュッと抱きついた。
「ママも、クリスのこと大好きよ〜」
「ふふっ、しーちゃんもいいママだよ。くーちゃん見てれば、それがわかるよ」
「紬も〜、早くママになりなさい〜」
きっと、しーちゃんなりの照れ隠しだったに違いない。
二次会もすでに1時間を経過したが先輩はまだ来ていない。
もう来ないのかな?
そんな不安が頭によぎったころ、大型モニターには2人の軌跡をみんなで追おうということで、高校時代からの写真は動画が流れていた。
「懐かしいね〜。当たり前だけどみんな若い!」
高校時代の何気ないひと時。あの頃は必死でバレーと恋に頑張った。
部活帰りにみんなで寄ったフードコート、死ぬほど走らされた夏合宿、決勝で涙を飲んだ3年の春高。
東野先輩側からは選手権予選、愛知県大会決勝のテレビ中継。東野先輩がキャプテンマークを腕に巻いて挑んだ最後の選手権予選は2年連続で準優勝。泣き崩れる東野先輩の腕を持って立ち上がらせている西先輩。
私が知る懐かしい2人の姿から、話で聞いたことしかない大学生の2人。どの写真も照れ臭そうに微笑んでいる。
映像のクライマックスは某生命保険のCMソングにのせて、いろんな表情の2人が映し出される。
「あっ。これ……」
最後の最後に映し出された写真は、夕暮れの体育館での写真。
開け放された扉からグラウンドを眺める、きーちゃんと私。左側の扉に肩を預けながら東野先輩を見つめるきーちゃん。右側の扉にそっと右手を添えて西先輩を見つめる私。2人とも後ろ姿なので、きーちゃんはわかっても、もう1人が私だと言うことは気付かれてないと思う。
「いい写真ね。これってかんざしが撮ったんでしょ? ザ・青春って感じよね」
おねむになってきたちーちゃんを抱っこしながら静ちゃんが私に視線を向けてきた。
「うん。私もこの写真大好き」
ちょっと切なくなっちゃうんだけど、写真としてはすごく好き。
「2人の恋する乙女の切ない感情がよく現れてるよね。ねっ、お兄ちゃん」
静ちゃんの視線が私を通り越した。
「へ〜、かんざしやるなぁ。スマホじゃなくて一眼で撮ってたらコンテストで受賞できたんじゃない?」
「せ、せ、せ……先輩!」
モニターに集中していたせいか、いつの間にかすぐ後ろに西先輩と、真梨ちゃんが……
「ま、真梨ちゃん? どうして先輩と腕を組んでるのかな?」
先輩の横には何食わぬ顔で真梨ちゃんが腕を組んでいた。
「あっ、つむぎちゃんこんばんは〜。なんでって言われてもぉ、それはわたしが西マネージャーの部下だからとしか、言えないですぅ」
胸の形が変わるほど先輩の腕にギュッと抱きついている真梨ちゃん。
「おいおい。そろそろ離してくれよ真梨。お前だってせっかくの出会いのチャンスなくすぞ?」
やれやれといった表情の先輩だけど……
「にしせんぱい、お久しぶりですぅ。なんだかぁ、ウチの妹が随分と迷惑をかけてるみたいですねぇ」
しーちゃんの言葉に、真梨ちゃんはさっと先輩の腕を離してくーちゃんの背後に隠れようとした。
「た、ただの上司と部下だから。ね、クリス! 真梨お姉ちゃんを助けて!」
「? 真梨ちゃん、ママに怒られるの?」
くーちゃんを巻き込んだことで、真梨ちゃんの有罪が確定。しーちゃんに首根っこを掴まれてお店の外に連行されて行った。
「かんざしのやつ。妹には厳しいんだな」
真梨ちゃんから解放された先輩がしーちゃんが座っていた席にそのまま座った。
「あららら。ちーは寝ちゃったか。いつもなら寝る時間だもんな」
先輩は静ちゃんの腕の中で眠るちーちゃんの頭を撫でながら残念そうな表情を浮かべた。
「えっと、キミはクリスちゃんかな? まだ眠くない?」
先輩が話しかけると、くーちゃんはなぜか俯いてしまった。
「だ、だ、大丈夫……です」
「そっか、静。そろそろ帰れよ」
時刻はもうすぐ21時。
先輩の言う通り、子どもはそろそろ寝る時間だ。
「うん。かんざしが戻ってきたら帰るよ。それで、お兄ちゃん車できた?」
「ああ、そうだけど?」
静ちゃんが私を見て微笑んだ。
「つむつむはまだいたいみたいだからさぁ、帰り送ってくれない?」
「ああ、つむつむも一緒に車できたのか。いいぞ。真梨も送ってかないといけないからな」
真梨ちゃんは、先輩の車で来たんだ。いいな。
「ああ、
「あ、朝まで!?」
静ちゃんの言葉に思わず淫らな想像が頭を過ぎる。
しょ、勝負下着の出番があるなんて……
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