第103話 結婚の主役
披露宴はチャペルから中庭を越えた迎賓館で行われる。白を基調とした内装に緑の観葉植物が置かれ、窓から降り注ぐ太陽光が鮮やかに彩りを加えている。
会場は6人掛けの円卓が10卓あり、中央の雛壇に新郎新婦の席がある。私たちは新婦側と新婦側の境い目の円卓に座っている。
私の左隣は娘の千鶴、右隣は空席。ひとつ飛ばした席につむつむが座っている。
空席には『西陣』と書かれたネームプレートが置かれている。
お兄ちゃんをこの席にしたのは、いつまで経っても身動きがとれないつむつむを心配したお絹の配慮かららしい。
♢♢♢♢♢
あれは結婚式の招待状を送付したという連絡がてら、お絹と一緒にお茶したときのこと。
「なぁ、静。ぶっちゃけ紬にワンチャンあると思うか? 一途って言えば聞こえはいいかもしんないけど、私らだってもうアラサーじゃん? しかも、紬とニッシー先輩に今、接点ってないんっしょ? 紬には幸せになって欲しいし、ダメならダメでスパッと諦めて欲しいっつーか。……その、どうなん?」
お絹の言いたいことはわかるし、最近は私も結構言ってる。
『……そう、かもね』
そんなときのつむつむの答えはいつもこんな感じ。自分でも厳しい状況だってことは理解してる。
「どう? ねぇ。まあ、未だにお兄ちゃん以外の男の人とは関わりを持つつもりはなさそう。同僚の保育士さんが合コンに誘ったりもしてるみたいだけど、全部断ってるみたい」
私の話を聞いたお絹がちーの頭を撫で回しながらため息をついた。
「はぁ〜、だよな。チームのおばちゃん連中も結構ガチでお見合いススメてるけど、それも断ってるみたいだし」
「みたいだね〜」
その話はつむつむにも何度か聞いたことがある。しかも、お絹の結婚が決まってからはその回数も一気に増えたらしい。
「なぁ、ぶっちゃけニッシー先輩はどうなんだ? 有松先輩と別れてから新しい彼女はできたの?」
「あ〜、それはないと思う。って、一緒に住んでるわけじゃないからはっきりとしたことはわからないけどね」
たぶん、彼女はいないと思うし、作るつもりも今はなさそう。
「ん〜、じゃあ紬にも可能性が0ってわけじゃねぇの?」
その質問には素直に「うん」とは言えない。
「……難しいかな? って言うのが本音だね。ほらっ、元々つむつむって妹みたいにしか見られてなかったじゃない? その上、今のお兄ちゃんに恋愛する気があるかと言うと……」
お兄ちゃんはきっと『あの日』からずっと動けないでいる。紫穂里先輩と別れた『あの日』から……。4年経った今でも、まだ忘れられないんじゃないかな?
「……そっか。まあ、ニッシー先輩にもいろいろあったみたいだしな。……それでもさぁ、そろそろ紬にもケリつけさせてやんないと」
「それは、……そだね。いつまでも憧れてばかりじゃダメだね」
「うん。ってことで私の結婚式をニッシー先輩との『婚活イベント』にしちゃおうってわけだ。まあ、一応主役は私だから? 運営自体は静に丸投げだ」
頬杖をつきながら「ニシシ」と笑うお絹。一応じゃなくて、あなたが主役だからね?
「まあ、いまさら司会進行もないんだけどさ。つむつむがテンパらないようにサポートはするよ」
「おう」
♢♢♢♢♢
披露宴はつつがなく進行し、親友代表としてかんざしがお祝いのメッセージを送る番になった。
『それでは、ここでご友人からのお祝いのお言葉を頂戴いたしたいと思います。新婦の中学時代からのご友人の志乃・マルシオ様、どうぞ宜しくお願いします』
司会の人に名前を呼ばれると、かんざしはよそ行きの笑顔を顔に貼り付けて雛壇横のマイクの前に立った。
「ただいまご紹介いただきました、志乃・マルシオと申します。僭越ながら新婦・絹枝さんとは中学時代の部活動で知り合い———」
いつもはおっとりと話すかんざしは、取材などの受け答えは淀みなく、そしてしっかりとした口調で流れるように言葉を紡いでいく。
「相変わらず、しーちゃんは人前だと堂々としてるね。春高でインタビュー受けた時に初めてみたけど、みんな驚いてたからね」
私も代表時代のかんざしをテレビで見るたびに眉をひそめた。
「実はこっちのかんざしが本物で、いつものおっとりバージョンが演技なのかもよ。ねぇ、クリス。家でのママはどんな……、って聞くまでもないね」
ちーの隣で手遊びしていたクリスが口を開けて固まっている。そうか、このバージョンを生で見るのは初なのかもしれないね。
「ママ、ステキ」
「おおっ、クリスがかんざしを尊敬の眼差しで見つめてるよ」
「あははは。そうだね。くーちゃんはこういうママは初めてなんだ。最近はテレビへの露出も減ったし、ね。貴重なしーちゃんをしっかり見ておいてね」
しっかりとかんざしを見据えたまま、クリスはつむつむの言葉に頷いた。
♢♢♢♢♢
「西マネ。試合動いたぞ」
披露宴の最中、高校時代の同級生から声をかけられた。
「奥本くん。私もう西じゃないんだけど?」
「あ〜、そうくるか〜。んじゃあ、唐草夫人。旦那さんが得点決めたぞ。どうやら有言実行したみたいだ」
奥本くんがスマホをスッと差し出してきたので、受け取り画面を確認する。
「ふふふ。さすが私の旦那様。しっかりと写ってるね。ちょっとだけスマホ借りていい?」
「おお。ってどうするの? それ見せるだけじゃないのか?」
「違うよ。他にもちゃんと仕掛けがあるから。ちょっとスタッフさんと打ち合わせてくる」
奥本くんのスマホを持って、プランナーの林田さんに声をかけた。
「林田さん。事前にお願いしてた件ですが、実行できそうです。メールで送った動画の最後にこの写真を差し込んでもらえますか?」
試合でこられなかったオビくんからのプレゼント。
「うふふ。ステキな旦那様ですね。承知致しました」
林田さんは手元にあるタブレットに画像を送り、あらかじめ送っておいた動画と一緒に編集スタッフに送信した。
席に戻ると少し困り顔のつむつむと、緊張ぎみの奥本くんが立ち竦んでいた。
「奥本くん、ありがとう。……で、つむつむに何かしたの?」
2人の間の空気がおかしいと思い、奥本くんにジト目を向ける。
「ば、ばかか! 俺なんかが天使ちゃんに話しかけられる訳ないだろ!」
奥本くんは私からスマホを受け取ると、逃げるようにして自分の席に戻っていった。
「あ〜、そういえば、一時期つむつむ、天使なんて言われてたね」
「や、やめて〜、そ、それ、黒歴史ってやつだから」
つむつむが両手で顔を覆い俯いてしまう。たしかに、周りは盛り上がるかもしれないけど、言われる本人としてはね。
『ご歓談のところ失礼いたします。ただいま、新郎のご友人からお祝いの動画が届きましたので、皆さま、新郎新婦の後ろの大型ビジョンにご注目ください』
司会の人のアナウンスに会場中の視線が大型ビジョンに向けられた。そして、その画面に映ったのは今日こられなかった私の旦那様、オビくん。
『東野、お絹ちゃん。結婚おめでとう。ご家族、親類の皆様はじめ、ご出席のみなさま、はじめまして、新郎の高校時代のチームメイトでJ1名古屋所属の唐草帯人です。新郎とは高校の部活動で知り合いまして、新婦とは妻を通じて知り合いました』
かんざし同様、よそ行きバージョンのオビくん。噛まないように何度も練習し、カメラの映らないところにはバッチリとカンペが仕込んであった。これはテイク23。
「ママ〜、パパだよ! おっきいパパがおしゃべりしてるゅよ!」
隣のちーが右手で私の袖をくいくいしながら、左手で画面の中のオビくんを指差してある?
「うんうん。パパがおっきくなっちゃったね!」
キラキラした瞳でパパを見つめるちー。
『東野! 最後に俺からの結婚祝いだ!』
画面の中のオビくんが指をパチンと弾くと画面が切り替わり、そこに写ってたのはユニフォームをまくり上げて真っ赤なアンダーシャツを露出させているオビくんがいた。
そのアンダーシャツに白い文字が読み取れる。
『Congratulations! Ryo&Kinue』
画像がアップになると会場からは『おお〜!』と歓声が上がった。
『今日の得点はお前たちへの結婚祝いだ! 記念のボールはチームメイトのサイン付きで今度渡すからな。楽しみに待っていてくれよ』
「はぁ〜、仕込みが無駄にならなくてよかったよ」
「そうだね。それにしても、唐草先輩すごいね。話聞いたときは大丈夫かなって思ったけど、宣言通り今日の試合で点獲っちゃうんだもん」
今日の試合で得点を獲ることが前提のプレゼント。オビくんにしか用意できないプレゼント。明日、遠征から帰ってきたらしっかりと労ってあげなきゃね。
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