第102話 ちーちゃんとくーちゃん
「……ママ〜」
照明がダウンされているチャペル内で、ちーちゃんが不安そうな声を漏らした。事前にHPで見たときはチャペル内は眩いばかりに輝いてたので、式の直前までは明かりを抑えたチャペルを演出しているのかも。
「なぁに? ママもつむつむも一緒にいるのに怖いの?」
静ちゃんがニヤニヤとちーちゃんの顔を覗き込むと、それに気づいたちーちゃんは俯いてた顔を上げた。
「……ち、ちー、こわくないもん。くらくてもねんねだってできるもん!」
「ふぇ? ち、ちーちゃんねんねしちゃうの?」
言葉にしてしまった後に「はっ」と気づいたのだけれども、時すでに遅し。
ちーちゃんの頭の上でジト目を向けてくる静ちゃんがいた。
「あのね、つむつむ?」
「み、みなまで言わないで! き、気づいたからっ。ちゃんと気づいたから!」
両手を前に突き出してブンブンと左右に振りながら静ちゃんの言葉を制した。
頭上で私の手がブンブンと振られているのが楽しかったのか、ちーちゃんも小さな両手をブンブンと振り出した。
「みて、ちゅむちゅむ〜、ちーのほうがはやいよ〜」
すでにチャペルが暗いことなんて気にならなくなったようなちーちゃんは、私の膝の上に移動し、一生懸命に手を振っている。
「本当だね〜、で、でもつむつむももっと早くできるよ?」
上半身を少し屈めて、ちーちゃんの顔の横から腕を出してブンブンと振る。ブンブン、ブルンブルン。
「ちゅむちゅむのおっぱいがちーのあたまをぱんぱんしてくるの」
ちーちゃんの頭の横から腕を伸ばしてブンブンと振っていたので、その振動でちーちゃんの頭にむ、胸が当たってしまっていた。
「ち、ちーちゃん、し、しー、だよ? そ、そういうことは小さな声にして、ね?」
小さい子の声はよく響くので、周りの注目を集めてしまい、思わずちーちゃんを抱きしめて顔を隠した。
「ちっ!」
隣から静ちゃんの舌打ちが聞こえてくる。
「せ、静ちゃんも、子どもの教育上、舌打ちとか良くないと思うよ?」
聞こえてませんと言わんばかりに、私の言葉を無視した静ちゃんは、周りをキョロキョロと見渡している。
「ねぇ、かんざし遅くない? 式からくるって言ってたよね?」
「う、うん。そういえば遅いね」
チラリと時計を見ると、結婚式まで後10分。のんびり屋のしーちゃんだけど、待ち合わせ時間に遅れたことはない。
『みなさま、長らくお待たせいたしております。定刻まで残り5分となりました。式の途中でのチャペル内への出入りは原則、ご遠慮いただいておりますので、トイレがお済みでない方はお早めにお願いします。また、携帯電話等は電源を切るかマナーモードにし、音が鳴らないようなご配慮をお願いいたします。最後になりますが、チャペル内での撮影は禁止となっております。それでは、もうしばらくお待ち下さいますよう、よろしくお願いします』
「ごめん、つむつむ。ちートイレに連れてくから荷物お願い。ちー、行くよ」
静ちゃんは右手でひょいっとちーちゃんを抱き上げると、チャペルの入り口に向かって行った。
「しーちゃん、大丈夫かな?」
チャペル内をグルリと見渡しても、やっぱり姿は見えない。しーちゃんを見落とすわけないもんなぁ。
しばらくすると静ちゃんとちーちゃんが仲良く手を繋ぎながら帰ってきた。
「お帰り。やっぱりしーちゃんいないよ」
静ちゃんたちが入ってきた時点で扉は閉められてしまっている。
「あ〜、そだね」
それなのに静ちゃんの素っ気ない返事。
「へっ?」
「まあ、事故とかじゃないでしょ! あっ、始まるよ」
ファンファーレが鳴り、定番の結婚行進曲が流れると、天井に近い側面の木窓が開き、注ぎ込んだ太陽光が扉を照らした。
『おおっ!』
感嘆の声が上がると、左右に扉が開かれ主役の2人が姿を現した。
新郎の
入り口でお辞儀をした2人がゆっくりとバージンロードを歩いてくる。
2人のこれまでの道のりを確かめるかのように一歩づつゆっくりと。
「きーちゃん、きれいね!」
椅子からひょこっと覗き込んでいるちーちゃんが興奮ぎみに静ちゃんに話しかけている。
「ね〜、スタイルいいからドレスが映えるねぇ。それに、あんな蕩けそうな表情して。幸せが隠しきれてないわね」
静ちゃんも、慈しむような表情できーちゃんを見つめている。普段のきーちゃんからは想像できないくらいにお淑やかな姿。でも、私はその姿にいっぱい悩み、いっぱい泣いた片思い中の高校生のきーちゃんを重ねて見ていた。
きーちゃんの一目惚れから始まったこの恋愛が成就したのは、地元の大学に進学した東野先輩を追いかけて、きーちゃんが大学の後輩になってからだ。
「うん。きーちゃん幸せそ……、うだね」
感情が抑えきれなくなり、涙が溢れてくる。
「うっ、うぅぅ〜……きゃっ!」
両手で目尻を押さえようとすると、背後から胸を鷲掴みにされた。
「も〜、相変わらず紬は泣き虫さんだねぇ」
おっとりとした口調が頭上から聞こえる。見上げると優しい眼差しできーちゃんを見つめるしーちゃんがいた。
「も、もう。とりあえず、その手を離して」
くるりと身体を反転して、しーちゃんの魔の手から逃れると、背後から「は〜」という感嘆の声が上がった。
演出に進展があったのかな? と振り返ると、みんなの視線は主役の2人の後方。きーちゃんのドレスの
綺麗なダークブロンドの髪をなびかせて、幼さと可憐さが同居した顔立ち。しっかりと背筋を伸ばして歩く姿はモデルだろうかと見紛うばかりだ。
「きぇ〜」
ちーちゃんもその姿に見惚れているようだ。
「クリス〜」
私の頭上からの呼びかけに、その美少女はニッコリと微笑みを返した。
「く、くーちゃんなの?」
最後に会ったのは静ちゃんの結婚式。まだくーちゃんが2歳の時だ。子どもの成長は早い。3年もあれば随分と変わるものだ。
くーちゃんはしーちゃんとイタリア人の旦那さん、ジャンパオロ・マルシオさんとの間に生まれた日本とイタリアのハーフ。クリス・マルシオちゃん。今年で5歳。
ジャンさんはしーちゃんが所属していたイタリアのチームのフィジカルコーチで、今はナショナルチームにも帯同しているみたい。
くーちゃんがしーちゃんから前に視線を戻す途中で、何かを発見したらしく、大きく目を見開いて固まった。
「a、
ちーちゃんのかわいらしさに目を奪われたくーちゃんと、くーちゃんの可憐さに見惚れたちーちゃん。
見つめ合う2人を、ママたちが見落とすわけもない。
「ま、まさか百合? かんざし? 百合はありなの?」
「へっ? えっ? えぇぇ〜!」
「尊いよねぇ。そうだなぁ、ありといえばぁ、ありかもねぇ」
冗談か本気なのかわからないトーンで話すママたちに、私は困惑するばかりです。
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