第101話 ちーちゃん
「あっ、あれ?」
マンションの共同駐車場に車を停車し、静ちゃんにメッセージを送ろうとスマホを見ると、そこに表示されていた時刻は8時14分。ちなみに静ちゃんと約束した時刻は9時。
「……」
自分の結婚式でもないのに浮かれていた自覚は、あります。
きーちゃんに早くおめでとうって言いたいし、ちーちゃんをギュッとしてあげたいし、しーちゃんと娘のくぅちゃんに会えるのも楽しみ!
でも……、やっぱり西先輩に早く会いたくて、いつもより念入りに髪を梳かしたし、身体もしっかりと清めたし、お化粧だって、招待されてから毎日頑張ったし、し、下着だって! い、いざと言うときのために! そ、その……しょ、勝負下着にしたもん。
先輩が高校を卒業してから、ほとんど会う機会はなくて、彼女さんに悪いからなかなかメッセージのやり取りもできなくて。
4年前に別れたって静ちゃんから聞いた時は、うれしさよりも、傷ついた先輩のことが気がかりだった。
3年前、静ちゃんの結婚式で再会した先輩は、頬は痩せこけて表情も冴えなかった。
それでも、お祝いの席だからって妹の静ちゃんのためにテーブルを周り、みんなに笑顔でお礼の挨拶をしていた。
本当なら、先輩もお祝いされる側だったのに。
有松先輩と一緒に出席するはずだったのに。
『コンコン』
「ひっ!」
思考の最中、突然運転席の窓を叩かれて思わず仰け反ってしまう。
「つむつむ? もうきたの?」
車の外にはエコバックをぶら下げながら、ちーちゃんを抱っこしている静ちゃんが呆れ顔で立っていた。
「あっ、お、おはよう」
ホッとしてドアを開けて外に出ると、にぱっと笑ったちーちゃんが私に向かって両手を広げてくれた。
「ちゅむちゅむ〜」
「ちーちゃん! おはよう!」
静ちゃんからちーちゃんを受け取り、ギュッと抱きしめる。
「きゃはきゃは! ちゅむちゅむ、ぎゅ〜だね」
うれしそうに両手で私の頬をぺちぺちと叩くちーちゃん。
「うん、大好きなちーちゃんをぎゅ〜だよ!」
うん。やっぱりちーちゃんには癒し効果があるんだね。
「あのねあのね。じーくんもちーのことだいしゅきだから、ぎゅ〜してくれるの!」
「じ、じーくんも⁈ じゃ、じゃあ、ちーちゃんをギュッとするって、ことは、その、せ、先輩をギュッとするってこと、だよね?」
せ、先輩がギュッとするちーちゃんを私がギュッとするわけだから、間接的に私たちも抱き合うということで、その! なんというか、と、とてもいけないことをしているというか、その……
「てぃっ!」
「いひゃい!」
私が想像の中で西先輩に抱きしめられていると、頭頂部に痛みが走った。
「こらっ! 戻ってきなさい」
「ふぇ?」
「反応がいちいちかわいいわね。もう大人なんだからしっかりしなさい。ちーが見てるわよ」
静ちゃんの言葉にはっとして視線を下ろすと、キョトンとした表情のちーちゃんが私を凝視している。
「も、もう。静ちゃんの、暴力も、ちーちゃんの教育上、よくないよ?」
「これは暴力ではありません。教育的指導と……、まあ、それはいいとして。つむつむ、今日は自分の式でもないのに随分と気合い入ってるわね? ひょっとして見えない部分も相当気合い入ってるんじゃない?」
さ、さすが親友です。私の性格を知り尽くしてるみたい、です。
「し、勝負下着なんで着けてない、よ?」
「ああ、うん。そうね。私も勝負下着なんてひと言も言ってないけどね?」
ゆ、誘導尋問⁈ さすが静ちゃんとしか言いようがありません。動揺を隠しきれないでいると、髪の毛をクックっと引っ張られた。
「ちゅむちゅむ?」
純粋な、穢れのない瞳で見られると、後ろめたさを感じてしまいます。
「だ、大丈夫だよ? 心配してくれて、ありがとう、ね」
ちーちゃんを抱き締めて、頬をピトっとくっつけると、ちーちゃんはくすぐったそうに「キャ! キャ!」と声を出して喜んだ。
「全く、何やってるのよ。とりあえずウチにおいで。まだ準備中だから、ちーの相手よろしくね」
♢♢♢♢♢
きーちゃんの結婚式は、私たちの地元から車で10分ほどの名古屋市内の式場で行われた。チャペル式の式場だけど神前式ではなく人前式。神様に宣言するのではなく、私たち参加者に向かって結婚を宣言し、2人がこれから幸せになることを誓う方式。
「いや〜、きーちゃんも結婚かぁ。昔はつむつむが1番早いと思ってたんだけどね。好きになった相手と、ヒクくらい一途な恋心が婚期を遅らせたね」
親友の容赦ない言葉。
「し、仕方なぃもん。す、好きになっちゃったんだもん。で、でもね? 先輩に会わなかったら誰かを好きになることも、なかったよ?」
ルームミラー越しに静ちゃんをチラッと見ながら言葉を返すと、隣の小さな天使が泣きそうな表情になっていた。
「ちゅむちゅむ、ちーのこときらいなったの? ちーのことしゅきっていってくれたもん」
ちーちゃんはよくわからない中でも、言葉の一部分を自分のことに置き換えてしまったのだろう。
「違うよ、ちー。つむつむはね? じーくんのことが大好きなの。じーくんとね、結婚したいと思ってるの。ちーのことも大好きだけどね? ちーとつむつむは女の子同士でしょ? 女の子同士は結婚でき……なくはないのか? まあ、今はいいや。ちゃぁんと、ちーのことも大好きだから泣かないの」
「……うん。ちーもちゅむちゅむだいしゅき」
「うん。ちーちゃんのこと、大好きだから、ね? ふふっ、ちーちゃんママ、フォローありがとうね」
ちーちゃんが納得してくれたことに安心しながら、静ちゃんのお母さんっぷりに感心する。
「ね〜? ちー。じーくんとつむつむが結婚したらつむつむはちーのおばちゃんになっちゃうね。そしたらちーはつむつむのことなんて呼ぶ? つむおばちゃん? それともただのおばちゃん?」
おばちゃんという言葉を聞いて一気に老け込んだ気持ちになってしまう。間違いではないんだけど、いい方が、ね?
「ん? じーくんはちーとけっこんしゅるんだよ?」
「そ、そこは譲れないというか、あ、あのねちーちゃん。そ、そのね?」
なんて言えばちーちゃんが傷付かずに諦めてくれるか考えていると、呆れ気味に静ちゃんに注意された。
「必死か! 子どもの言うことなんだから聞き流しなさい! 全く、ムキになるくらいなら昔みたいにお兄ちゃんにアプローチしなさいよ。そんなんじゃあの
「……うっ!……」
ぐぅの音もでません。
前に会ったのは静ちゃんの結婚式。たまにメッセージをやり取りするだけで、実際には会えていない。
「まあ、だからこそ今日は気合い入ってるんだろうけど……、ところでつむつむ。今日お兄ちゃん結婚式欠席になったの知ってるよね?」
「……えっ?」
運転中にも関わらず、私は目の前が真っ白になる感覚に見舞われた。
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