第96話 忘れられない人

「そ〜れっ!」


「はいっ! きーちゃん」


「おっシャー!」


『ズドン!』


 相手コートに突き刺さるボール、相変わらずきーちゃんのスパイクは力強いなぁ。


「ナイス紬!」


 きーちゃんが両手を突き出してくるので、私もそれに応える。


「きーちゃんもナイスアタック」


『ピー』


「選手交代、8番アウト12番イン」


 コート脇を見ればさっきまでいなかった真梨ちゃんが身体を動かしながら待っていた。


「こら〜! また遅刻したな!」


 きーちゃんが真梨ちゃんの頭にチョップをする。


「いたいですぅ。寝不足なんでぇ、もう少し優しくしてくださいよぉ」


 涙目になりながら私の背後に身を隠す真梨ちゃんは、いまはイタリアにいる親友しーちゃんの妹。

 私たちは地元の同じママさんバレーチームに所属していて、今日は隣の学区のママさんバレーチームとの練習試合。ママさんバレーチームと言っても、みんなが主婦というわけではなく、4分の1くらいは私みたいな独身女性で構成されている。


「ははぁ〜ん。あんたまた男じゃないでしょうね? おとなしそうな顔してやることはやってるもんね」


 きーちゃんが再度チョップを落とそうと右手を振り上げると、真梨ちゃんはしっかりと私を盾にして隠れた。


「違いますぅ。やることしかやってないんですぅ」


「なお悪いわ!」


 チョップが落とされる前に『ピピっ』と笛が鳴らされ、「早くポジションにつきなさい」と注意された。


 それにしても真梨ちゃん。やることしかやってないって……。


 う〜! 最近の子は大胆すぎるよぉ。私なんてまだキスしかしたことないのに……。


「ちっ! いいか真梨。詳しい話は後でしっかりと聞かせてもらうからな」


「ふふっ、詳しいこと話しちゃっていいのかなぁ」


 真梨ちゃんは後ろ手を組みながら私の顔を見てくる。


 わ、私だってもう大人なんだから、少しくらいえ、エッチな話だって聞けるんだからね!


 心の中で強がってみるものの、周りとの差は歴然だ。親友の静ちゃんなんてすでに『ママさん』だもん。今週末はちーちゃんに癒されに行くもん。

 

 私だって、このままじゃいけないってわかってる。いつまでも実らない片思いをしててもしょうがないって。でも……、やっぱり先輩以外の男の人の苦手。同僚も子供たちのお父さんも、まず私の胸から見るし……。


♢♢♢♢♢


「それではみなさん、グラスを持ってくださいよ〜」


 チームのキャプテン、一児の母である辻本春香つじもとはるかさんがみんなを見渡してグラスを掲げる。


「はい! 今日はみなさん、お疲れ様でした。試合にも勝てて満足です! そして今日はここからが本番! きーちゃんカモン!」


 みんなの視線が隣に座っているきーちゃんに注がれるが、本人は周りをキョロキョロと見渡してアタフタしている。


「へっ? あ、あたし? なになに?」


 グラスを持ちながらもそそくさとテーブル中央で待ち構えている辻本さんの隣に立つ。

 みんなの顔はニヤニヤ。ただの打ち上げのつまりで参加したきーちゃんへのサプライズ。辻本さんはきーちゃんを逃がさないようにがっちりと肩を組む。


「みなさんちゅーもーく!」


 思いのほか、辻本さんの声が大きかったみたいで、店内は静寂に包まれる。私ならこの場でオロオロしそうだが、そこは肝っ玉かあちゃん。意にも介さずに話を進める。


「来月、我らがきーちゃんが結婚します! はい拍手!」


 パチパチと拍手が起こると、他の席のお客さんも納得したらしく、そこかしこから拍手が聞こえてきた。


「ちょ! はるかさん! 恥ずかしいじゃないっすか!」


 頬を赤らめながらも辻本さんに抗議するきーちゃん。もちろん本気で嫌がってはおらず、みんながお祝いしてくれていることを喜んでるみたいだ。


「いいから、いいから。で、きーちゃん。馴れ初めから聞こうか? それとも全部すっ飛ばしてプロポーズの言葉にしようか?」


 ビール瓶をマイク代わりにきーちゃんに質問する辻本さんに顔を赤くしたきーちゃんがオロオロし出した。なぜか私の方をチラチラと見てくるんだけど助けを求められてもね。


「ちょっ! こういう自分の恋バナって苦手なんですよ。ほらっ、柄じゃないっていうんですかね? 紬みたいなかわいい子の恋バナなら酒のつまみにもなるけど、私の話しじゃ盛り上がりませんって」


 あろうことか私の名前を出して逃げようとするなんて。あまりにも酷いので少しだけ意地悪をしようと思います。


「その、きーちゃんの婚約者さんは、高校からの先輩できーちゃんの一目惚れ、です。おとなしい人なので、いつもきーちゃんがグイグイと押してました、よ」


 なかなか話が進みそうになかったので、馴れ初めだけでもサポートと言う名の暴露に代えさせてもらいました。


「つ、紬! あんた、裏切ったわね!」


「き、きーちゃんが私を巻き込もうとするからだよ」


 ささっと真梨ちゃんの陰に隠れながらきーちゃんに反論する。


「うんうん。一途な恋だったわけだね〜。まあ、みんなの前では話しにくいだろうからここからはみんな個別に聞くことにして、まずはカンパーイ!」


『カンパーイ!』


 きーちゃんの話が乾杯の前フリだったかのように乾杯の音頭が取られ、きーちゃんの結婚祝い&打ち上げがスタートした。


「先生っ! ちゃんと飲んでます? あ〜! またオレンジジュース飲んでる! たまには大人の飲み物を飲みなさい!」


 飲み会が始まり30分もすると気分が良くなった人もでてくるわけで、独身の私なんかは先輩たち主婦の格好の餌食になるわけです。みんな近所に住んでいるので、私の勤めてる保育園でこどもを預かっていたりもする。


「す、すみません。あまりお酒は好きじゃないので……」


「も〜、そんな申し訳なさそうに謝らないでください。紬先生は生真面目なんだから! それはそうと先生! きーちゃんも結婚することだし、先生もそろそろじゃないの? それだけかわいいんだから彼氏の1人や2人いてもおかしくないでしょ」


 さ、さすがに2人もいるのはどうかと思いますよ?


「つむぎちゃんはぁ、生真面目すぎるんですぅ。もっと気楽に考えれば彼氏のひとりやふたりはすぐにゲットできるはずぅ」


 隣でおとなしく飲んでいた真梨ちゃんがケラケラと笑いながら会話に参加してきた。


「そうよね〜、保護者の間でも紬先生、いつ結婚するんだろ? って話題になるのよ。シングルファーザーなんてみんな紬先生狙いみたいなもんよ?」


 ひとの話題で盛り上がらないでくださいと言いたい。


「あははは。でもぉ、つむぎちゃんは、結婚がんぼーはないんですか? 私みたいにしばられたくないってわけじゃなさそうだしぃ。それとも、忘れられない人でもいるんですか?」


 マッコリをゆっくりと飲みながら上目遣いで真梨ちゃんが聞いてくる。


 答えは知ってるくせに。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る