第97話 昨日の友は今日の敵
「カンパーイ!」
「「……乾杯」」
仕事帰りの居酒屋にて、懐かしい顔触れが集まっている。ここに帯人がいれば高一の頃のメンバー勢揃い———
「いてっ!」
現実逃避をしようとしていると、背中に鈍い痛みが走った。
「おいっ! 背中抓るなよ」
隣に座る朱音に顔を近づけて小声で抗議をすると、顔を背けて知らんぷりをする。
「ねぇ! 朱音ちゃんと会うの何年振りだろうね? 社会人1年目の時に会って以来かな?」
正面に座る織姫は、いい意味で空気を読まずに笑顔で朱音に話しかけた。
「……そうね。まさか織姫がいるなんて思わなかったけど、久しぶりに会えて嬉しいわ。ねっ、陣くん?」
美人の笑顔というものは眼福なんだと思うが、裏にある感情をもう少し隠していただけるとありがたい。
「久しぶりに一緒に飲まない?」と朱音から連絡をもらった俺が、いつもとは違うルートで帰ろうとしていることを怪しんだ織姫が後をつけてたらしく、朱音と会った直後にわざとらしく「朱音ちゃん? やだっ! すごい偶然!」なんて不自然極まりない様子で姿を表し、強引に参加してきたのだった。
「陣くん? えっ? 朱音ちゃん、陣のこと、名前で呼んでたっけ?」
笑顔が崩れてやや引きつった表情を見せる織姫に、朱音は俺の腕に自分の細腕を絡めながらニコリと笑いかけた。
「大学の頃からよ。織姫のいない間に随分と仲良くなったわよ」
「くっ! 大学時代! やっぱり同じ大学に行くべきだったのかな」
テーブルに拳を叩きつけて悔しがる織姫。
「同じアパート、同じサークルだったもの。一緒にご飯食べたり、一緒に買い物したりしたわよ?」
テーブルに頬杖をつきながら織姫を揶揄う朱音だが、正直なところその頃のことはあまり思い出したくない。
織姫ではなく、そこにいた人物のことを俺は未だに忘れることができない。それでも、忘れなければいけない。誘ってくれた朱音には申し訳ないが、俺は心から楽しむことができないでいる。
「陣くん?」
黙り込んでしまった俺を気遣うように、朱音が顔を覗きこんできた。
「んっ?」
朱音に視線を向けずにグラスを持ち、中身を喉に流し込んだ。
「……ごめん。ちょっとはしゃいじゃった」
久しぶりの再会を楽しみにしてくれていた朱音に気を使わせてしまった自分が情けなく、両頬をパンパンと景気良く叩いた。
「ふう、大丈夫。変な気使わせて悪かったな。今日は俺の奢りだから好きなだけ飲み食いしてくれ」
俯く朱音の頭をポンポンと叩いてメニューを渡す。
「本当? じゃあ、私はねぇ」
「お前には言ってないだろ!」
いち早く反応した織姫が俺の抗議を物ともせずに店員を呼んだ。
「もう。頭ポンポンで喜ぶような年じゃないんだからね?」
朱音は頭にある俺の手をテーブルの下に下ろすと、織姫には見えないようにギュッと握りしめてきた。
「これも同じようなレベルじゃね?」
頭ポンポンも手繋ぎもスキンシップとしては似たようなものじゃないのか?
「頭ポンポンは恥ずかしいけど、手繋ぎはいくつになってもうれしいものよ」
夢中で店員に注文をしている織姫を他所に、朱音は自然な流れで指を絡めてきた。
「ちょっと織姫、頼み過ぎじゃない? そんなに食べると太るわよ?」
手を繋いでない方の腕で頬杖をつきながら織姫を揶揄う朱音が「私はカシスオレンジ」と追加をオーダーした。
「ちょっ! ふ、太ってないよ? そりゃあ学生時代と比べたら運動する機会は減ったけれど、今だって会社のフットサルチームで月2回は身体動かしてるんだからね! ねっ! 陣?」
あざとく首を傾げながら笑顔を向けてくる織姫。まあ、その通りなんだがわざわざ朱音にアピールするようなことじゃない。
紫穂里と別れて、しばらくは何もする気が起きなかったが昨年、同僚に誘われて会社のフットサルサークルに参加するようになった。そして、もれなくついてきたのがオマケの織姫。持ち前の運動神経で女子チームでは不動の
「フットサル、大学卒業してからやってないなぁ。ね、陣くん。久しぶりに一緒にやらない? 仕事終わりにでもさ、一緒に個サルに参加しようよ。2人で」
テーブルに身を乗り出して、この誘いに便乗しようとしていた織姫が最後の言葉で固まった。
「むぅっ!」
膨れっ面の織姫だが、今日でも無理矢理ついてきたのだからこの案件に関しては諦めるべきだろう。
「いいぞ。久しぶりに朱音の勇姿を見せてもらおうか」
♢♢♢♢♢
「だかりゃね? にゃんでじんはわたしをむげにあちゅかうにょよ?」
フットサルに誘ってもらえなかった織姫が、不貞腐れて飲みに走った結果が毎度お馴染みのこれ。
「この子、酔っぱらうと面倒ね」
グラスを傾けて水を飲みながら呆れた様子の朱音が呟く。
「まあ、酔っ払わなくても面倒だけどな」
織姫に肩を貸し、店を出るとタイミングよくタクシーが走ってきたので、これも毎度のようにタクシーに放り込み、織姫のおばさんに連絡を入れた。
「さて、と。いい時間になったし帰る……なんだよ?」
酔っ払いも発送したし、そろそろお開きにしようと朱音に帰りを促そうとすると、シレッとした態度で俺の左腕に自分の右腕を絡ませてきた。
「邪魔者もいなくなりましたし、陣くん家で二次会といきますか! 家近いんでしょ? 宅飲みしようよ宅飲み」
俺の家がどこかも知らないくせに腕を引っ張っていく朱音だが、その申し出には簡単に同意できない。
「残念、家は女人禁制なんだ。いまのアパートに引っ越してからは身内も入れたことないんだ。と、いうことで今日のところは解さ———」
「はいはい。で、どこに住んでるの? まさか、この界隈じゃないわよね?」
さすがに錦近辺に住めるほどの高給取りではない。だからと言って素直に教えると後が面倒なことになりそうだからなぁ。
「まあ、この界隈じゃないなぁ」
「ん〜? 名駅辺りかな? 例えば亀島辺りとか?」
「……!」
まさかのピンポイント! 名駅から歩いて10分圏内の住宅街。俺はいまそこに住んでいる。昔から勘の鋭いやつだったけどここまで当てられるとちょっと怖い。
「ふふ〜ん。その様子だと当たりだね。近くにコンビニある? 電車乗る前に買った方がいい?」
「いや、まだいいって言ってないだろ。それにお年頃なんだからもうちょっと危機感を持てよ」
「危機感? 持ってる持ってる。 このままじゃ結婚できないんじゃないかって言う危機感」
危機感を持つベクトルが俺とは違う方向に向いているらしい。たしかに朱音の言うことも正しいのかもしれないが……。
「おいっ! 既成事実作って追い込みかけようなんてするな!」
これからが本番と言わんばかりに、怪しげな微笑みを向けてくる朱音。
俺は抵抗虚しく駅まで引っ張られていくことになった。
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