第94話 所謂

「はあはあ。に、西先輩、……ちょ、ちょっと待っ、激し過ぎっ」


 ベッドの上で喘ぐ彼女を他所に、俺は自分勝手に腰を動かす。


「あっ、せ、先輩! もうっ! あっ〜〜〜!」


♢♢♢♢♢


「じゃあ先輩。またそのうちに」


「ああ、そのうちな」


 駅前で彼女と別れた俺はコンビニに向かい弁当を買った。


「ありがとうございました〜」


 袋片手に店を出ると、自動ドアの前で仁王立ちしている邪魔くさい女がいた。


「あっ、すみません」


 右手を前に出し横をすり抜けようとすると、ベルトをクイッと引っ張られる。


「何気に逃げようとしないでよ。さっきの子。本部の受付の酒井さかいちゃんよね? どういう関係か詳しく教えてもらいましょうか?」


 笑顔の織姫がグイグイと俺を引っ張っていく。


「お、おい。街中で恥ずかしいだろ。普通に歩くから離せよ」


 織姫の手を掴み、ベルトを離させると逃すものかとしっかりと手を握られた。


「ふふふん。じゃあ陣のお部屋でゆっくりと聞かせてもらおうかな? お弁当早く食べたいよね?」


 したり顔の織姫がコンビニ袋を指差して微笑む。


「お・こ・と・わ・り。俺の部屋には誰も入れねぇよ。話がしたいなら、ほれっ、そこの公園のベンチでいいだろ?」


 ロフトの隣の公園のベンチに座り弁当を取り出す。


「ちょっと、なんでお弁当食べ始めてるのよ?」


「はっ? お前が早く食べたいでしょ? って言ってきたんだろ? せっかく温めてもらったんだから食うべきだろ?」


 屁理屈だということは承知しながら、唐揚げ弁当を食べ始めてた。


「もうっ! まあいいわ。で、なんで酒井ちゃんと一緒にいたわけ? まさか付き合って———」


「ねぇよ。わかってること聞くなよ。鹿乃かのちゃんとはあれだ、割り切った関係だよ」


 所謂セフレってヤツだ。


「陣っ⁈ それなら私と!」


「お前はダメだ」


「……なんでよ?」


「遊びで済まないだろ? 真剣な付き合いなんて、懲り懲りだ」


「……」


 真剣になって裏切られて、傷つく。


 そんな思いをするのはもうたくさんだ。


「まっ、鹿乃ちゃんだけじゃないけどな? どちらにせよ、お前には関係な———」


「ある! 1番に原因を作ったのは私! だからっ、私が責任を取る!」


 声高に宣言する織姫。


「遊びでもいい! 私で、我慢しない?」


 なぜか最後だけ恥ずかしそうに呟く織姫。


「お前、もうアラサーじゃん」


 鹿乃ちゃんは入社2年目の24歳。


「なによっ! 自分だってアラサーじゃない! いいわっ! 色仕掛けでも夜這いでもなんでもしてあげるから! 静ちゃん曰く! 「欲しいものは、全力で狩れ」よ!」


 静ちゃんと言うのは源氏名で、本名はしげると言う織姫の大学時代の親友らしい。なんでもラブコメ作家で織姫の恋の指南役らしい。


「俺は獲物かよ。まあ、俺は結婚とかも考えてないから。幸せになりたいなら他あたりな?」


 空になった弁当箱を袋に入れて口をキュッっと結び鞄に入れた。


「へぇ〜、ちゃんとゴミ持ち帰るんだね。エライエライ。そんな陣には一生私とイチャイチャできる権利を」


「いらんわっ! てか、お前は会社でもモテるんだから俺なんて相手にせずにいい相手見つけろよ?」


「……いい相手かどうかは私が決める。とりあえず、明日は本部で桐生さんと打ち合わせだから、桐生さんにバラした上で酒井ちゃんにも陣との関係を切るように脅しておくからね〜」


 ヒラヒラと手を振りながら公園を出て行く織姫をため息混じりで見送る。


「ブレねぇなぁ。ある意味尊敬するわ」


♢♢♢♢♢


「えっと、お疲れ様。京極さん?」


 受付からマーケティングの京極さんが来たとの連絡を受けて、迎えにきたものの、その京極さんは鹿乃ちゃんを笑顔で威圧しながら動く気配がない。


「あらっ、桐生さん。ご機嫌よう。いま、この雌猫ちゃんを調教……いえ、去勢しようとしてるのよ」


「きょ、去勢? ちょっと鹿乃ちゃん。何が……、あっ? 鹿乃ちゃん、ひょっとして……、陣くんと何かあったのかな?」


 なんとなく京極さんの言いたいことがわかった私は、京極さん側に立ち一緒に詰問した。


「まっ、待ってください! たしかに私が誘いましたけどぅ、お互いに後腐れない関係で———」


 なるほど。それは所謂セ、セフレってヤツね。陣くんも水臭い。そんなことなら私が……。


「わかったわ酒井ちゃん。その役目、私が引き継ぐわ。だからあなたは今すぐに陣のアドレスを消去しなさい?」


 ジリジリと鹿乃ちゃんに詰め寄る京極さん。ちょっと鹿乃ちゃんが涙目になっている。


「わ、わかりましたからぁ。2人とも早くお仕事してください。部長さんに言付けちゃいますよ?」


 ハッとした私たちはお互い頷き合い、足早にミーティングルームに向かった。

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