第91話 存在意義

 紫穂里のお父さんの告別式は土曜ということもあり、参列者の中には紫穂里の高校や大学時代の仲間も見受けられた。


「突然だったんでしょ? 紫穂里の様子はどう?」


 苗字を佐久間に変えた京子さんが心配そうに、前方の親族席に座る紫穂里を見ながら話しかけてくる。


「まあ、あの通り。いろいろ重なってしまいましてね。少し自己嫌悪気味です」


 挨拶のタイミングと重なったのが1番だろう。考えようによっては心労によるものだと言えなくもない。

 

 しかし、俺にとっていま一番の関心ごとはほかのことにある。

 親族席の最前列に座っているのは喪主のお母さんと、一人娘の紫穂里。そしてその隣に座るのは会った男だった。


 本来なら、紫穂里の婚約者として俺が座るはずだったあの席には、お父さんの後継者としてあの男が座り弔問に訪れた人たちに挨拶をしている。紫穂里も、それに倣って一緒に頭を下げている。その光景はまるで旦那に従っている妻のように……。


 やりきれない気持ちを抑えながらも告別式は刻々と進んでいき、お父さんとの最後の別れでは必死に涙を堪える紫穂里に寄り添っていた。


 出棺の時を迎え、喪主であるお母さんが参列者へのお礼の挨拶をしようとしている。

遺影を大事そうに抱えた紫穂里の隣には、またしてもあの男。


 俺は自分の存在が否定されたような虚しい気持ちを心の片隅に抱きながら最後の挨拶を聞いていた。


「本日はお忙しいなか、夫、有松裕治の告別式に参列いただきありがとうございます」


 現役の会社社長の告別式ということもあり、参列者の大半が仕事関係者らしい。紫穂里の親類はそのまま会社幹部に当てはめることができるらしい。それなのに後継者は外様の人間なんだな。決して一枚岩と言うわけではないようだ。


「突然のことで、私たち家族もまだこの事実を受け入れることができていません。しかし、時間の流れとともに夫が亡くなってしまった悲しみは大きくなっていくのだと思います」


 朝になれば「おはよう」と当たり前のように顔を見せる。そんな幻想を抱くのは仕方ないことだろう。今回のことはそれくらいに唐突な出来事なのだから。


「これまで夫を信じて取引してくださりました取引先のみなさま。そして夫を信じて力を貸していただきました社員の皆さん。夫に代わりお礼申し上げます。ありがとうございました」


 お母さんは周りを見渡しながら深々と頭を下げた。


 そして……俺はそのあとに続いた言葉に耳を疑った。


「今後はここにいる娘、紫穂里と次期社長の鳴海の2人が夫や私になり変わり会社を支えていきます。まだ若い2人です。これまで以上のご指導、ご鞭撻をよろしくお願いします。本日はありがとうございました」


 聞きようによっては、2人が結婚して会社経営していくと宣言したようなもの。

 俺は告別式ということも忘れて詰め寄ろうと、立ち上がる寸前で隣から強く手を握られた。


「陣くん。……いまは堪えて。何かしてしまったら取り返しがつかなくなるよ」


 冷静を装いながらも、俺同様に前方を睨みつけている朱音は歯軋りが聞こえてきそうなくらいに歯を食いしばっていた。


「しほちゃんに聞いてた以上だよ……、それでも今日は我慢して。悔しいだろうけど、ね?」


 やがてお母さんの挨拶が終わり出棺の時刻を迎えた。


『ファ〜ン!』


クラクションが鳴り響き霊柩車が斎場を後にする。紫穂里の胸に抱かれた遺影のお父さんは満足そうな笑顔を浮かべていた。


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