第71話 色違い

「はぁ〜」


 部屋に入り深いため息をつく。


「何もなくて良かったけど……、全く何やってるのよ。……って、私も何やってるんだろ」


 玄関に座り込み顔を伏せた。


 2人が仲良しなことはわかってることじゃないの? きっと別れることもないって。わかっててそばにいるのに……、どこかで期待してる私がいる。


♢♢♢♢♢


「朱音、岐阜からスカウトされた。J2だけど行くよ」


 高3の秋、国体の選手に選ばれていた帯人は、大会の活躍がスカウトの目に止まりプロになることを決めた。


「すごい! おめでとう帯人!」


 元々、高校卒業後は別々の道に進むだろうという気はしていた。それが現実として目の前に現れただけ。


 環境が変われば帯人とはやっていけないだろうという気もしていた。離れたらダメになる。だから、この関係は卒業まで。


 陣くんとは高3でも同じクラスになった。織姫もいて、ハラハラすることもあったけど、そこは受験シーズン。元々楽しいことばかりではなかった。

 それでも、陣くんと志望校が同じと知ったときは安心……、ううん。うれしかった。しかも、同じ学部。

 お互い希望が叶えばまた4年間一緒にいられる。たとえ、陣くんがしほちゃんのために頑張っていても。


 「あった! お母さん、受かってるよ!」


 PCの画面に自分の受験番号を見つけた私は、すぐさまスマホの陣くんとのトーク画面を開き、事前に教えてもらった彼の受験番号を探した。


「1039番、1039番……あった! 西くんも受かってる」


 うれしくなり、よろこびを共有しようと陣くんに電話をかけたが話し中で繋がらなかった。


「……あっ! 有松先輩かぁ」


 私と違い、彼には優先すべき人物がいた。私も優先すべき人に電話をかけて合格の報告をした。


『帯人、受かったよ』


 帯人はすでにチーム練習に参加していたので、メッセージのみを送ったのだが、練習後すぐに連絡をしてきてくれた。


『朱音、合格おめでとう。頑張ってたから当たり前だよな。陣はどうだったか知ってるか?』


「うん。西くんも合格してる。有松先輩のために頑張ってたもんね」


 3年生になってからの陣くんは、部活にも参加しながら休み時間も受験勉強に費やしていた。


 しほちゃんとの学生生活の……、しほちゃんにふさわしい人になるために。

 この時はまだ知らなかった陣くんの思い。この話を聞いたのは、まだ最近のことだ。


『そっか。朱音は春からも陣と一緒か』


 電話口の帯人は、少し寂しそうに呟く。


「そだね。……ねぇ、帯人……」


 次の言葉を探して、空白が生まれる。


『んっ? ああっ、そっか』


 明確な分かれ道。帯人も気づいていた。

そんなような話もチラッとしてきていた。


『うん、朱音。……湿っぽいのはやめようぜ。お互いのタメってことで、いいだろう?』


 いつも通りの飾りっ気のない言葉。


「うん、そだね」


『まだ卒業式で会うけど……、いままでサンキューな。楽しかったぜ』


「うん、私も。これからも帯人のこと、応援してるね」


『おう! 応援きてくれよな。陣も紫穂里ちゃんも連れて、な』


「……うん。約束する。だから、まずはレギュラーね?」


『あ〜? おう、頑張る』


「じゃあね」


『じゃあな』


 他の人からすれば、そんな簡単に? と思うかもしれない。でも、それは私たちだけにしかわからないこと。


♢♢♢♢♢


 大学に入学した私は、陣くんの隣に引っ越したこともあり、しほちゃんと接する機会が増えた。彼女は想像していた以上に優しく、一人暮らしの私を気にかけてくれていた。


「久留米さん、良かったら一緒に大学行かない?」


 まだ免許を取り立てだった陣くんは、親御さんから譲り受けたアクアで通学していた。運転席に陣くん、助手席にしほちゃん。そして私は陣くんの後ろ。


「ごめんね西くん。お邪魔しちゃって」


 初めの頃はね、私にも遠慮というものがありました。


「どっちみち、同じとこから同じとこに行くんだから遠慮するなよ。紫穂里がOKならAll OKだ」


 よくわからない理屈だったけど、2人は大学以外にも連れ出してくれた。まあ、甘い雰囲気に慣れるまでは苦労したよ? でも、それ以上にうれしかった。この頃のしほちゃんは頼りになるお姉ちゃん


「テニスサークル? 朱音ちゃん、テニスサークルに入るの?」


「テニスは続けようかなって思ってたんですよ。それで紫穂里さん。テニスサークルの評判って耳にしたことありますか?」


「う〜ん。テニサーかぁ」


 渋い表情のしほちゃん。


「あのね。正直に言ってオススメできません。私も何度か勧誘されたけど、入った友達に聞いた話しによるとね? その……コンパばっかりだし、一部ではその……や、ヤリサーみたいになってる、みたい」


 頬に両手を当てて恥ずかしがるしほちゃん。ヤリサーって。


「なる、ほど。じゃあ、やめておきます。どうしてもってわけじゃないので。テニスは趣味でやれますしね」


 体育会で真剣にやるというつもりはなかった。楽しくやりたいなって気持ちが強かった。


「あっ、じゃあさ、私たちと一緒にフットサルサークルに入らない? 陣くんもいるし、高校からの友達もいるから安心だよ?」


 しほちゃんは、大学1年目はサークルに入らなかったらしい。勧誘はいっぱいされたらしいけどね。陣くんが入学するのを待って一緒にフットサルをやる約束をしていたのだと。


「フットサルですか? あ〜、確か男女混合とかもあるんですよね? ……いいですね。面白そう」


 こうして私は、陣くんとしほちゃんと一緒にフットサルサークル『roulette』に入ることになった。


「ほんと? じゃあ後で見学に行ってみない? で、良さそうなら入部で。陣くんはもう入る気満々だから明日、スポーツ用品店に行くって言ってるよ」


 その時の陣くんを思い出したのだろう。しほちゃんの笑顔はとても優しかった。


 サークルを見学した私は、2人と一緒に入部し、翌日の買い物にも便乗した。まさか、その買い物がその後のサークルを二分する事件を引き起こすことを、その時の私たちは予想すら出来なかった。


♢♢♢♢♢


「久留米先輩! 自分は久留米先輩派です!」


 新入生が真新しいウェアを纏い、私に挨拶してきた。


「もうそろそろやめてほしいよね」


 こちらも新入生に挨拶をされていた、しほちゃんが苦笑いをしている。


『久留米にはSVOLMEスボルメとか似合いそう』


 2年前の買い物で陣くんが薦めてくれたのがSVOLMEというブランドのウェアだった。

 フットサルとファッション生活を融合したブランドで、私もカラフルでオシャレなところが気に入った。


 それに対して、しほちゃんが選んだのはKELMEケルメだった。


「足跡がかわいい!」


 本人はそう言ってたけど、1番の理由は陣くんと同じブランドだと言うことだと思う。


 SVOLMEKELMEしほちゃん


 フットサルサークル『roulette』ではこの2つのブランドが流行……、いや、なぜか対立している。


「好きで着てるのにね」


 うん、確かに気に入ってるよ。それに……陣くんが似合うって言ってくれたから、ね。


「なんか派閥で対立みたいに新入生が勘違いしないといいけどね」


 私もしほちゃんも苦笑いしかない。


 それでも、しほちゃんは陣くんとお揃いなのがうれしそう。


 やっぱり恋人同士だもんね。


「そう言えば朱音。今日おNEWのサルシューなんでしょ? どんなの買ったの?」


 この前、たまたま寄ったスポーツ用品店で一目惚れしたサルシュー。この時はたまたま一人だったのでしほちゃんにも未公開だ。


「ふふん。これよ」


 シューズバックからサルシューを取り出し、しほちゃんの膝の上に置く。あっ、まだ新品なので綺麗です。


 私が買ったのはhummelヒュンメルのインパリというシリーズで左がピンク、右がペパーミントグリーンぽい色で、左右の色が違うのが特徴だ。


「どう? かわいくない?」


 少し興奮ぎみに話す私に、しほちゃんは目を大きく見開いて驚いている。


「こ、これっ!」


 うん? いくらなんでも驚きすぎじゃないかな?


「う〜す」


 そんなしほちゃんの反応に疑問を抱いていると、陣くんが着替えを済ませてコートにやってきた。その両手には新しいサルシューが握られ、て? 


「お〜、朱音。おNEWのサルシュー……って色違いかよ!」


 陣くんが手にしていたのは右が黄色、左がモスグリーンぽい色のサルシュー。

 店頭で隣に並んでいたシューズだ。


「あ、ああ。ホントだ。色違いだね」


 頬がにやけそうになるのを必死に堪えていると、隣のしほちゃんは「むうっ!」と悔しそうな表情をしている。


「やっぱり私も買えばよかった」


 ごめんね、しほちゃん。


 ちょっとだけ、うん。ちょっとだけ優越感に浸っていいかな?


 

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