第70話 スケベは嫌

「えへへへ。おはよう」


 まだ薄暗い部屋の中、目の前には愛しい彼女の笑顔があった。お互いにしっかりと抱きしめあっているので全身で紫穂里を感じることができる。


「おはよう。いま何時?」


 今日はバイトがないので7時30分に起きるつもりでいたが、外の様子からもまだ早いことが伺える。


「えっとね、多分5時半くらいかな? ごめんね? ひょっとして私が起こしちゃったかな?」


 かわいい顔を俺の胸に埋めて呟く紫穂里。


「んっ? なんかしたの?」


 俺としては何かされたから目が覚めたという感覚がないが、紫穂里には思い当たる節があるのだろう。


「……怒らない?」


 少し顔を上げて俺の表情を伺っている。


「なんか怖いな。多分怒らないから話してくれ」


 をしていたことは確定した。それでも怒ることはないと思う。


「うん。えっと、ね? たまの休みでゆっくり寝たいだろうなって思ってたんだけどね? その……」


 紫穂里が言いにくそうに視線を逸らしながら言葉を選んでいる。


「その?」


「……その、最近ないなって思ってね? あの……その……、忙しいのはわかってるんだよ? でも、飽きられちゃったかな? とかね? ちょっとだけ心配になっちゃって……、こう、陣くんに抱きついてたら、ね? えっと、ね? ……その、身体を、あ〜、胸を押しつけたり、その、足を深く絡めたりしてたり、ね? だから、その、起こしちゃった、かな? って」


 言い終えた紫穂里が、羞恥の念に駆られて小さな身体をさらに小さくしているようだ。


「あっ、そっか。あ〜、ごめんな。不安にさせてたのか」


 腕の中の紫穂里の髪を優しく撫でる。紫穂里にこんなことをさせるなんで、これは俺が悪いんだろうな。


 紫穂里の両脇に手を入れてクイっと身体を引き上げる。


「ふぇっ?」


 紫穂里から奇妙な声が発せられたが、構わずキスをする。これでもかと言わんがばかりの濃厚なキスを。


「……ふぁ、ちょっ、ちょっとだけタイム、ね? もぅ陣くん、突然激しすぎるよ。……うれしいけどね? でも、いいの? この後寝れなくなっちゃうよ?」


 甘えた声で囁く紫穂里。期待に満ちたその表情を見せられたら後には引けない! というか紫穂里の不安を放置することなんてできない! なんて建前ではかっこいいことを考えながらも、ただ紫穂里と愛し合いたいだけだ。


「天秤にかけるまでもなくない? 紫穂里こそ、自分がけしかけたんだから責任持てよ?」


「も、もう! 私がえっちみたいな言い方しないでよ……」


「いいじゃん、スケベでも」


「……スケベは嫌」


 紫穂里の中では明確な言葉の違いがあるみたいだが、根っこの部分は変わらないんじゃねぇ?


 お揃いのパジャマのボタンを上から外され、あらわになった胸にキスをされる。

 

 今日は随分と積極的だなぁ。欲求不満と言う言葉が頭を過ぎるが、それを言うと怒られそうだ。

 お返しとばかりにパジャマの上から胸を触るが、ナイトブラを付けているので触り心地がよろしくない。


「……」


「えっと、脱ぐ?」


 俺の手が止まったことで紫穂里も勘付いたみたいだ。しかしながらその申し出は断固拒否する。


「脱がす」


 お楽しみを奪われるわけにはいかない。片手でボタンを外し、ピンクのパジャマを剥ぎ取る。その流れで、背中に手を回してホックを外してブラも剥ぎ取る。


「……手慣れてますねぇ」


「いや、今更だろ」


 なぜか責められる俺。2年以上一緒のベッドで寝てるんだから当たり前だろ?


「……まあ、陣くんに限っては浮気の心配は皆無なんだけどね? その手慣れた感じはどうなのかなって?」


「え〜? なんだよそれ。紫穂里で場数踏んだんだから問題ないだろ? 言わば紫穂里専用」


「専用じゃなきゃ困るんだけど、ね?」


 そう言いながら俺の首に両手を回した紫穂里がキスをしてきた。


「大好き。だから、陣くんも私のことをどう思ってるか証明して?」


 薄暗い部屋の中でもわかる程の紫穂里の笑顔。言葉だけじゃなく態度で示せと。しかも定期的に。


「今さら感は否めないけど、紫穂里が望むなら? というか断る理由がない。……という訳でたまには大学休んじゃう? 一日中でもいいよ」


「……それは無理。私、陣くんみたいに体力ないもん」


「ああ、さすがに一日中しようって訳じゃなくてね? こうやって身体に触れ合って過ごそうかってこと。今日は紫穂里もバイト休みだろ?」


 強めにギュッと抱きしめると、邪魔するものがない紫穂里の身体の柔らかさに、いつもながらに驚かされる。


「もう。陣くんえっちなんだから」


 首筋にチュッと口付けてきた紫穂里が、イタズラっぽく呟く。珍しくツッコミ待ちらしい。


「紫穂里発だったよな?」


「し〜らない。んっ! それじゃあ陣くんの愛を確かめさせてもらおう———、きゃっ!」


 イニシアティブを取ろうとする紫穂里に覆い被さり、衣服を全て剥ぎ取る。


「それでは、いただきます」


「私は食べれません」


 紫穂里がかわいい笑顔で反論するので、耳たぶをカプっと甘噛みする。


「ひゃっ、ちょっ、ちょっと耳はダメだよ? 反則。陣くんの反則負けです! 攻守交代を要求します!」


「お断りします。ほらほら、おとなしくしてないと」


 入念に耳を愛撫すると、紫穂里は観念したかのようにおとなしくなった。


「明日の朝までには絶対に仕返しするもん」


 紫穂里の宣言により、本日は自主休講に決定しました。


♢♢♢♢♢


『ピンポーン』


 静かな部屋に響くインターホン。静まりかえった部屋にその音はよく響く。

 いつのまにか2人とも寝てしまっていたらしく、時刻は13時を回っていた。

 紫穂里はまだ俺の腕の中でスヤスヤとかわいらしい寝息を立てている。


 せっかくの2人の時間を邪魔されたくはないので、そのまま無視することにする。


『ピンポーン、ピンポーン』


「……」


『ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン』


「……」


『ピン、ポーン、ピンポンピンポン、ピンポーン』『ブー、ブー、ブー』


 インターホン連打の後に電話攻撃。通知を見るまでもない。朱音だ。


「もしも……」

『いるならでなさいよね!』


 思わず手を伸ばしてスマホを遠ざける。うるさい。


「ん〜? どうしたの?」


 あまりのうるささに紫穂里も目が覚めたらしく、目を擦りながら顔を近づけてきた。


「おはよう紫穂里。んっ」


「チュッ。んっ、おはよう陣くん」


 スマホを枕元に置いて紫穂里を抱きしめる。


『ちょ、ちょっと無視しないでよ! しほちゃん? えっ? ひょっとしてお楽しみ中? 昼間っから?』


 電話口で慌てた様子の朱音に訂正しないとな。


「いや、事後だから」


『……あっ、そう。あ〜〜……そっか』


 納得したのか、してないのか、曖昧な言葉が返ってきた。


「んっ? どうしたの朱音?」


 その反応に不思議がった紫穂里がスマホに話しかけると、朱音からお怒りの言葉をいただいた。


『あっ、どうしたのじゃないよ! 珍しく陣くんが講義にいないから心配してメッセージ送っても既読にならないし! しほちゃんに送っても既読にならないから様子見にきたんだよ!』


 なるほど、紫穂里が自分のスマホを確認すると苦笑いを向けてきた。どうやら朱音からのメッセージが何件も送られてきてたみたいだ。


「ごめんね、朱音。今晩、行きたがってた焼き肉屋さん連れて行くから許して?」


『なっ⁈ しょ、しょうがないわね。それで手を打ちましょう。ああ、それと、焼き肉なら私が得しすぎだから、午前中の講義のノートは格安で貸し出してあげる』


「おいっ! そこはタダでだろ?」


 朱音のボケか本気かわからない提案にとりあえず突っ込んでおく。


『タダより怖いものはないよ?』


 なんだろう? 朱音が言うと妙な説得力がある。


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