第69話 未来のために
高校時代と違い、大学では自分である程度カリキュラムを組める。入学前に紫穂里からいろいろな体験談を聞き、俺は1年の時からでき得る限り講義を詰め込み、単位を取得していた。
「ねぇ、陣くん。すっごくうれしいっていうことはとりあえず置いといてね? その、本当に良かったの? レポートだって大変そうだし、たまには空き時間におしゃべりしたり買い物したりしたくならない?」
紫穂里が気にしてくれているのはうれしいが、そこは男女の違いもあるというか。俺自身は全く気にしていない。俺がいま一番気にしなきゃいけないことは『いかにして紫穂里にふさわしい男になるか』だ。さすがに恥ずかしくて紫穂里には言えないけど。
「おしゃべりも買い物も講義が終わってからしてるだろ? まあ、たまの休講でやると特別感があるのはわかるけど、サークルも楽しめてるし、充実した大学生活送れてるぞ?」
俺に膝枕されながら見上げてくる紫穂里。まあ、心配してくれてるのだろうけど、その格好で聞かれてもな?
紫穂里の頭を撫で回しながら話を続けた。
「それに、紫穂里と同じ大学で毎日一緒に生活できてるんだぞ? 文句あるわけないだろ?」
忙しいのは何も悪いことではない。今年頑張っておけば、来年は就活と卒論に集中できる。就活がスムーズにいけば社会人への準備も早くできる。しかも、紫穂里のそばにいながら。
「私も、陣くんが一緒の大学きてくれてうれしいよ? でも、私に付き合ってやりたいことができてないんだったら申し訳ない———、いひゃい! いひゃいひょ! はにゃしちぇ」
あまりにも的外れなことを言い出した紫穂里のほっぺを両手でギュッと潰した。
「俺は紫穂里の追っかけでもストーカーでもない。自分で決めたことだからな」
「ほんはほほひっへも、ははひはっ!」
「あ〜! 何言ってるのかわかりません。俺が紫穂里に合わせてるんじゃなくて、俺が紫穂里を引っ張るんだよ! これからはね」
頬を赤らめて涙目の紫穂里を起こして抱き寄せる。少し興奮してたのだろうか? 身体が震えている。
「……私の方がお姉さんなのに」
腕の中にすっぽりと収まった紫穂里がジト目を向けてくる。
「最近、その事実を忘れがちなんだよな。朱音との立場も逆転してない?」
「そっ! そんなこと、ないもん! たまに姉妹みたいだねって言われるもん!」
大人びた朱音と、かわいさ全開の紫穂里。どちらが妹かは明白だ。
「まあ、そんなかわいい紫穂里も好きだけどな? とりあえずそろそろ時間だから準備しようか?」
時計はすでに13時20分。今日は14時からサークル活動に参加する予定で、昼食後にまったり……、他人から見たらイチャイチャなのか? していた。
「あっ、もうそんな時間なんだ」
紫穂里が名残惜しそうに上半身を起こして、顔を近づけてくる。
「ん〜」
両手を俺の膝に付けて顔を突き出してキスのおねだり。
「……キリがなくなるから軽くね」
「チュ」っと音がする程度の軽いキスをして立ち上がると、不満そうな紫穂里に引っ張られる。
「やり直しを要求します」
両手を俺の首に回すと、身体の境界線を突き破るほどの激しいキスをされた、
「んっ! これでOK。じゃあ準備開始!」
♢♢♢♢♢
「ちは〜」
「「こんにちは」」
フットサルサークル『roulette』は総勢28人のメンバーが所属している。エンジョイ系ということもあり、飲み会にしか参加しない幽霊メンバーが4割といったところだが。
「お〜……西、また両手に花かよ。うらやましいこって」
コート脇のベンチに座りながらサルシューに紐を通してるのはサークル代表の佐久間さん。
俺たちを見て苦笑いを浮かべている。
「ふ、ふぅ〜ん。つーくんもうらやましいんだ」
「いやいや、お前。言葉のあやだろ。実際に西の立場になったら生きた心地しないだろ」
佐久間さんの隣で不貞腐れるのは副代表の京子さん。変なヤキモチはやめた方がいいと思いますよ?
「ああ〜、確かにね。西くんにしかできないよね。それにしても朱音は
「えっ? まあ慣れですよ」
何食わぬ顔で空いてるベンチに腰掛けてシューズバックからサルシューを出した朱音。こいつはサークル活動参加の時は必ず俺の車に便乗してくる。
まあ、同じアパートに住んでるのだから手間はないけどな。
♢♢♢♢♢
濃尾大学に進学が決まり、1番にやったのが住まい探し。紫穂里を参考にしようとも思ったが西家と有松家では懐事情が異なることから、住宅探しの大義名分の元に紫穂里の家に泊まらせてもらった。今思えば紫穂里の家に泊まったのってこの時だけだな。いまでは我が家に半同棲中。
紫穂里の意見を取り入れ、新婚カップルさながらの住宅探しの結果、築10年の1LDK。風呂トイレ別でTVモニターフォンや入退去管理システムなどのセキュリティもバッチリ。エアコンも完備で、女性の一人暮らしも安心! という物件だ。
その頃、同じく濃尾大学に進学が決まっていた朱音は部屋探しに苦労していたらしく、俺に連絡をしてきた。
『部屋決まった?』
「おう、決まったぞ。紫穂里も一推しの物件だぜ」
『有松先輩も? 西くん、その話詳しく教えて!』
という感じで食いついてきた朱音にサイトを紹介したところ、翌日には母親と現地に行き即決したらしい。
俺の隣の部屋を。
さすがに驚いたね。
『同じとこにしてもいい?』
「はっ? お前もあそこにするの?」
『だって、条件がバッチリなんだもん。しかも西くんもそばにいるなら、何かあったときは頼れるかなって……、ね? だめかな?』
俺が決めていいような話じゃないぞ?
「まあ、いいんじゃないか? けど紫穂里が入り浸ると思うから邪魔するなよ?」
『織姫じゃないんだから。んっ、じゃあ急いで契約しないと! じゃあまたね!』
♢♢♢♢♢
我が濃尾大学にはフットサルサークルが2つ存在している。一つは俺たちが所属している『roulette』、もう一つが『猿脚倶楽部』だ。
猿脚倶楽部もエンジョイ系なので女子も所属しているが、今年は新入生が2人しか入らなかったらしい。対してうちは男子4人の女子2人の計6人。野朗どもは紫穂里と朱音を見て鼻の下を伸ばしている。
今日はその猿脚との月一の交流戦の日。男子のみ、女子のみ、ミックスの3試合を行う。
「相変わらず有松先輩とラブラブだな」
コート内でアップをしていると、猿脚所属の商学部3年の
大学に入学してから初めてできた友達で、趣味も合うことから、紫穂里がいないときには一緒に飯を食ったりしている。
「ラブラブってほどじゃないだろ? 普通だぞ?」
大袈裟な言い方の大倉に、俺は肩を竦めながら返した。
「あ〜、あれがラブラブじゃないのか。まあ、いいや。それよりも西よ。いつになったら久留米さんを紹介してくれるんだ?」
男のこしょこしょ話と言うのは、あまりいいもんじゃないな。鳥肌が立ってきた。
「お前なぁ。何度も紹介してやってるだろ? 相手にされるかされないかはお前次第で、そこまでは俺も関与しないぞ? チャンスは作ってやったんだからな?」
学内で顔を合わせるたびに「こいつ大倉」と紹介してやっている。そっから先は知らねぇ。
「あらっ、確か小熊くんだよね? 今日はよろしくお願いします」
こいつ、わかっててやってやがるな? 名前を間違えられた大倉は訂正することすらできない。
それじゃ、朱音の隣には並べないな。
なんて人ごとのように心の中で、言ってみるが、言葉にすると完全にブーメランだな。
「陣くん」
紫穂里からのパスを優しくダイレクトで返す。
「ナイストラップ!」
足裏でうまくトラップをした紫穂里の笑顔が弾けた。
俺はいつまでも、この笑顔を見ていたい。そのためにこの大学に入り、頑張ってるんだ。
今じゃなく、未来のために。
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