第51話 ぽこん
つむつむの自宅から徒歩3分でバス停にたどり着いた。俺とつむつむなら地下鉄の駅まで歩いても20分くらいで着くとは思うんだけど、この炎天下の中で20分も歩いたらせっかくのデートが台無しになるだろう。
「あ、あと2分でバス来ます」
屋根のないバス停なのだが、大きな木のおかげで直射日光は遮られている。
隣のつむつむはさっきまでは焦ったような表情だったが、ここにきて少し落ち着いたみたいだ。麦わら帽子に白いワンピースってthe.夏のお嬢さんって感じだよな。
「今日は帽子だからその髪型にしたの?」
「あ、はい。それもあります」
あえてもを強調したのはなぜだろう?。たぶん静かさっきのお姉さんのアドバイスなんだろうなぁ。
制服姿のつむつむは基本的にツインテールである。その姿はとてもかわいらしく天使と言われるのも肯ける。
「大人っぽさを意識したんだろうな」
今日のつむつむに無理をしている様子はなく、少しだけいつもと違うなって思うくらいだ。背伸びをしずに少しの変化だけでもグッと大人びて見える。
「すごいなぁ」
改めてつむつむの変化に感心していると、感嘆の声に反応したつむつむがきょとんとした顔で見上げてきた。
「ど、どうしたんです、か?」
俺が突然呟いたので驚いたつむつむは自分の身体を見渡しながらキョロキョロしている。
「い、いや。どこもおかしくないから」
その様子がおかしくて、つい笑いがこみ上げてしまうと、つむつむは益々困惑顔。
「あ、あの。本当におかしくないですか?このワンピース、実はお姉ちゃんのお下がりなんです」
なるほど、それで少し不安になってたのか。
「いや、凄いなって言ったのは、女の子……、っと、今日のつむつむがいつも以上にかわいい?違うなぁ、綺麗と言うか、素敵と言うか。う〜ん?やっぱり綺麗かな?ちょっとした変化で印象変わるんだなって感心したんだよ」
薄らと化粧もしてるみたいだし、トータルで綺麗なんだよなぁ。
じっくり見ていたのがいけなかったのか、つむつむは恥ずかしそうに俺の背中に回り込んでしまった。
「あ、ありがとうございます。えへへへ、頑張った甲斐がありました」
俺のシャツの裾をキュッと握りながら微笑んでくれたその表情は、いつものように眩かった。
♢♢♢♢♢
バスから電車へ乗り継ぎ、揺られること約20分。目的地の栄に到着。
昼食にはまだ早すぎるので地下街を散策することにした。日差しもないしクーラーも効いてるので夏の恋人たちにはオススメです。
その証拠にホラ。すれ違う恋人たちは腕を組んだり手を繋いだりしている
まあ、恋人に限らずとも付け加えておこうかな。
さっきまで俺のシャツの裾をを掴んでいたつむつむは、地下街に移動してからというもの、俺の左腕にしがみついている。もはや平常運転なのかもしれない……。
「なあ、つむつむ。たまにはこっちにしない?」
やっぱり腕組みは目立つ。しかも相手がつむつむだ。周りがチラチラ見てくるので居た堪れない。
柔らかな感触に包まれた左腕をスルリと抜くと、つむつむは寂しげな表情を浮かべた。ガーンという効果音が似合いそうだ。
「そんな顔するなよ」
俺は苦笑いを浮かべながら左手で小さな手を握り、クイっと引っ張った。
「……あっ」
身体はピッタリとくっつき、つむつむは少し驚いたようだ。
握った左手を一旦離して握り直す。
今度は指を絡めるようにして。
「せ、先輩?」
大きく目を見開いたつむつむが俺を見上げてくる。
「ん?嫌だった?」
わざとらしく手の力を緩めると、つむつむは反射的に力を強めてそれを拒否した。
「い、嫌じゃありません。このままでお願いします」
まあ、腕を組んで歩くのももちろん悪くないんだけど周りの目が気になるのと、理性との戦いになるので精神的な疲労に襲われてしまう。
「ん、じゃあ行こうか」
特にアテがあるわけではないがウィンドウショッピングも楽しい。
つむつむは俺に気を使っているのか、気になるものがあってもチラッと見るだけですぐに視線を戻してしまう。
「つむつむ。気になるものがあれば言ってくれな。ただ歩くだけになっちゃうし、できればつむつむの好みも教えてくれよ」
所持品などから、かわいいものが好きなんだろうなというのはわかるけど、できれば本人の反応なんかも見てみたい。とりあえず財布と鞄は同じブランドだということはわかっているので、後で覗いて見ようとは思っていた。
「あっ、は、はい。じゃあ……先輩の好きなものも教えてください、ね?」
ほんのりと頬を赤らめながら覗き込んでくるつむつむに、いつも以上にドキドキさせられるのはなぜだろう?
手を繋ぎ、身を寄せ合いながら隣を歩くつむつむを見ていると、俺自身がうれしくなるような感覚がする。きっと、つむつむが隣でうれしそうに笑ってくれているのが俺もうれしいんだよな。
つむつむと知り合って3年が経つけど、ここ数ヶ月だけでも随分と印象が変わったな。小さな年下の女の子だったのに、かわいいだけじゃなく綺麗になった。そこはかとなく仕草にも色気を感じたりもする。
「3年かぁ」
思わず呟いた俺の声につむつむは笑顔で返してくれる。
「はい。もう、3年も経つんですよ?私も少しは成長しました、からね?」
「知ってるよ。軽々しく頭ポンポンってできないよな」
静なんかだと「子供扱いしないで」って文句を言ってくるからな。年下扱いを嫌がるつむつむだってきっと—。
「そ、それはやめちゃだめです、よ?」
いいみたいです。
♢♢♢♢♢
昼食は予定通り、錦にあるホテルのビュッフェにやってきた。事前にネットで調べたところローストビーフフェアなるイベントをやってるみたいだ。
小さな身体でおとなしい性格のつむつむだが、実は想像以上に食べる。
やはりスポーツウーマンといったところだろうか。
静も交えて何度か外食をしたことがあるが初めて見た時は驚いた。
「いらっしゃいませ。大人の方お2人ですね?」
高校生が大人かどうかは疑問が残るところだが、料金的には間違いなく大人扱いだ。
「はい」
ウェイターさんの案内で奥の席に通された俺たちは向かい合わせで座った。
「それではごゆっくりお召し上がりください」
丁寧にお辞儀をしてウェイターさんが席を離れたので、つむつむを見るとなぜか照れ臭そうな表情をしている。
「ん?つむつむどうした?」
さっきまでニコニコしていたのに、いったいどうしたんだろう?
「あ、っとですね。おいしそうなお料理なので、いっぱい食べたいんですけど、その……
食べた後にお腹がぽこんってなったら、恥ずかしいなって」
かわいらしい悩みに思わず吹き出してしまう。
「あはははは。俺相手に気使わなくていいよ。そんなのは許容範囲内でしょ?むしろそんなつむつむも見てみたい」
お腹だけぽこんと出たつむつむ。うん、かわいらしいだけだな。
「も、もう!私は情けない姿見せたくないんです!」
赤い顔してプリプリ怒り出したつむつむだが、恥ずかしさが先行しているらしく全く怖くはない。
「はぁ、ごめんごめん。でもさ、つむつむ。素のままの姿見せてくれた方がうれしいな。時には背伸びするのも必要だけど気を許してもらえるとうれしいよ」
フラットな関係でいられるかどうか。
人付き合いをする中で、俺が一番こだわるのはそこだな。
「も、もう。絶対に笑わないで下さいね?もし笑ったら、罰ゲームしてもらいます、からね」
頬を膨らませながらも一応は納得してくれたみたいだ。
「せ、先輩。ローストビーフおいしいです。あとコンソメスープもすっごくおいしいです、よ」
結論をいうと、つむつむも俺もビュッフェを十分に堪能できた。そして、残念ながらお腹ポッコリのつむつむを見ることはできなかった。
「残念。妊娠中のつむつむを見れなかったな」
セクハラ案件じゃないよな?と思いつつもついつい口にしてしまったことを反省していると、赤い顔で俯いたつむつむが想像以上のことを言ってきた。
「そ、それは将来まで取っておいて下さい、ね。えっと、パパ?」
言った後に両手で顔を覆っているつむつむ。
間違った方に成長してるんじゃないかと一抹の不安を覚えた。
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