第52話 私のために

午後になると気温はさらに上がり、焼けたアスファルトや不快な排気ガスから逃げるように名駅の地下街に移動した。炎天下の休日ということもあり家族連れやカップル、土日も関係なく働くサラリーマンが行きかっている。


「つむつむ、迷子になるなよ」


 人酔いでもしたのだろうか?少し俯きながら歩くつむつむに話しかけると「ほぇ?」とかわいらしい声が聞こえてきた。


「だ、大丈夫です、よ」


 まあ、もちろんよっぽどのことがない限りはぐれることはないんだけどな。


「じゃあどうした?気分でも悪いのか?」


「あっ!ち、違います。あの、その」


 歯切れの悪い返事に違和感を感じていると、上目遣いで俺を見つめながらスッと右手を上げた。


「だ、だって、先輩がすごく自然に繋いでくれたから。それが、あの、うれしくって……あの、なんか彼女さんみたいだなって思ったら、うれしいような、恥ずかしいような……その、幸せに浸ってました」


 周りの雑音にかき消されそうな声だったけれど、つむつむの鈴の音のような声はしっかりと俺の耳に届いていた。

 つむつむがよろこんでくれているのはすごくうれしい。でも、そんな彼女の要求に応えてあげれてないのが事実であり、そのことでつむつむを傷つけてしまってるんじゃないかという懸念は拭い去れない。


「彼女みたい、か。周りの人は俺たちをどう見てるんだろうな?」


「こ、恋人同士、だと思います。あの、手、繋いでますし、距離も近いですし、楽しいです、から」


「そっか。でもつむつむ。最後は主観が入っちゃったな」


 つむつむと恋人同士ねぇ。

京極と別れてしばらくは誰かとまた付き合う気になんてならなかった。でも、いまなら……京極以外のとの未来予想図を描くこともできると思う。


「わ、私の中ではいつも恋人同士に見て欲しいんです。だ、だって、私の横には先輩がいてくれて、その、いつも笑いかけてくれるんです。だから、あの……」


 少し熱が入ってしまったらしく、何かを訴えるような表情で俺を見上げている。


「ありがとうな、つむつむ。つむつむにそんな風に思ってもらえて正直うれしいよ。でも—」

「まっ、待って下さい。あの、いまのは告白とかじゃありません!わ、忘れて下さい。今じゃないんです。今はまだだめなんです。私を遠ざけないでください。仲のいい後輩でもいいんです、だ、だから」


 両手を握りしめて俺の胸に押しつけてくるつむつむ。身体を震わせ目には薄らと涙を浮かべている。


「ん、そっか」


 落ち着かせるため、つむつむを軽く抱き寄せて背中をポンポンと叩き耳元で囁く。


「移動しようか。かなり注目されてるぞ」


 ここは往来の激しい地下街の改札そば。

先程から俺たちのやり取りを遠巻きに見ている人たちがいる。


「あっ、す、すみません」


 周りをキョロキョロ。つむつむもやっと現状に気付いてくれたみたいでスっと俺の左手に右手を滑り込ませてきた。


「い、行きましょう」


♢♢♢♢♢


 地下街を一通り散策した後にJRセントラルタワー内のデパートをウインドーショッピング。一応、お目当てのブランドのテナントが入っているので軽くチェックをしておく。本命はこのテナントではないので、チェックするのはつむつむの反応だ。


 実は常日頃からお世話になっているつむつむに何かプレゼントをしたいなと思っているんだけど、なかなか確信が持てないので反応を見てみたいと思ってる。


「んっ。つむつむちょっと待って」


 お目当てのショップの前で足を止めて店内を見渡す。ターゲットは女性のショップなので俺1人で入って行くのは躊躇われるので、つむつむ隊長とともに突撃。


「先輩、あ、あの、誰かのプレゼントでも探してるんですか?」


 そりゃサマンサなんて本来、俺がくるような店じゃないからな。そう思うのは当たり前だろう。つむつむの誕生日は3月、静の誕生日は9月だ。

 

「ま、プレゼントかな?」


「……そ、そうですか」


 他の女性へのプレゼントを俺が探してると思って落ち込んだつむつむが繋いだ手をギュッと握り直した。


 ほんとにかわいいなぁ


 性格悪いと言われるだろうけど、落ち込んだつむつむも儚げでかわいい。でもあまり引っ張るのもかわいそうだし、気になる商品もあるからここでもいいかな?


 繋いだ手をクックッと引っ張って壁際にディスプレイしてある商品を指差す。


「なあ、つむつむ。普段メイクってしないよな?道具は持ってるの?」


 不思議そうに俺を見上げるつむつむは、しばらくぼ〜っとしていたみたいだが、自分に向けられた言葉だと気付き小さく「あっ」と呟いた。


「今日はお姉ちゃんが全部やってくれました。まだ私には早いから特別な時だけねって言われて、ます」


 それを聞いた俺は一安心。


「すみません」


 店員さんを呼び商品を見せてもらった。


「こちらの商品、ものによってハートの位置が違ってくるのでお求めの際は在庫もお持ちいたしますね」

 

  俺がいま手にしてるのは、ボストンバックのような形をしたエナメルの化粧ポーチだ。

色はブラウンなんだけど白字でハートが描かれていて、ちょっと大人のかわいいって感じがした。


「つむつむ、ここのブランドの鞄と財布使ってるだろ?だから好きなんじゃないかなって思ったんだよ」

 

 さっき店員さんも「大事に使っていただきありがとうございます」って言ってたから間違いない。


「あ、はい。入学祝いにお姉ちゃんがバックを買ってくれて。あの、それで私も好きになって財布を買ったんで、す」


 なぜそんなことを聞かれているのかわからないのだろう。キョトンとしたつむつむを見て店長さんも微笑ましい表情で見ている。


「と、いうわけでこちらの商品をつむつむのためにチョイスさせていただきました」


 テレビショッピングのように肩の辺りに商品を持ち上げてみると、つむつむは「えっ?えっ?」と狼狽た表情をしている。


「まあ、なんだ。つむつむにいつも元気をもらったり励ましてもらったり、いっぱいもらってるからさ。何かプレゼントしたいなって思ったんだよ。もちろん、他に気に入ったのがあればそれでもいいぞ。ちょっと俺の財布と相談させてもらうけどな」


 特に下心があるわけじゃあないつもりなんだけど、これまでも誕生日やバレンタインにはプレゼントもらってたからな。お返しは都度してるけど、つむつむからプレゼントしようと思ってくれたことがうれしかったりしたんだよな。


「えっ、で、でも私、誕生日でも、ないですし、プレゼントもらう資格なんてない、です」


 視線は真っ直ぐ俺に向けたまま、つむつむは予想通りの返事をしてくれた。まあ、つむつむらしいよな。


「資格は十分あるだろ。それにこれは俺のわがままだと思ってもらってもいいぞ」


「わがまま、ですか?」


「そう、俺の自己満足。ただプレゼントしたいなって思っただけ。もらったからって何か要求しないから安心してくれよ」


 こういうのは体育会のさがなんだろうな。後輩には奢る。カッコつける。

根底にはそんな考えがあるのかも知れない。


「あ、あの、逆に要求してもらってもいいんですよ?」


 袖を引っ張りながら上目遣いで言うものだから、店員さんが色向きだってしまっている。


「しません」


 つむつむの頭に軽くチョップを落としてから再確認。


「他に気に入ったものあった?もう少し店内見てみようか?」


 真っ先にこれを見つけてしまったので他の商品は見れてないからな。

 しかしつむつむは化粧ポーチを大事そうに抱えて首を横に振った。


「これがいいです。先輩が私のために選んでくれたこれがいいです」


 愛おしそうに胸に抱く姿を見て、それ以上聞く必要がないことがわかった。

 結局、現物をそのまま購入してショップを後にした。


 帰りの電車の中、大事そうに買い物袋を抱きしめているつむつむを見ているだけで、俺にとって今日のデートは大成功だったと思った。


 時折目が合うと頭を俺の胸に預けてくるつむつむが愛おしくて、何度も頭を撫でてしまった。

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