第50話 大島家

 日曜の朝9時。

 

 セミがミンミンうるさい住宅街を1人歩いていると、あまりの暑さにアスファルトから陽炎かげろうが立ち昇っていた。

 目的地は自宅から徒歩で15分ほどの場所にある大島邸。


 今日は前々から約束をしていたつむつむとのデート。学校に行く時は場所の関係からつむつむが家に来てくれているのだが、今日は俺が自宅まで迎えに行くことにした。

 初めは恥ずかしがって拒否をしていたつむつむだったが、最後には折れてくれた。

 つむつむのことだから、どこかで待ち合わせしようものなら時間前にくるだろう。この炎天下の中、待たせるわけにもいかないし、1人にしておくのも危険だ。


「っと、ここか」


 同じ学区内なのでだいたいの場所は把握していたが、念のため表札を確認。

 駐車場に車が停まっているということは両親もいるのだろうか?そう考えると少し緊張してきた。

 だからと言って他人の家の前でもじもじしてるのは怪しいことこの上ないだろう。


 意を決してインターホンを押す。


『ピンポーン』


 もちろんスマホで着いた旨を伝えて出てきてもらえばよかったのだが、なにか負けたような気がしてできなかった。

 

 つむつむは毎朝インターホン押してるからな。


『は〜い』


 インターホンから聞こえるのは女性の声。


「おはようございます。西といいますが紬さんいらっしゃいますか?」


 あまり丁寧な言い方をしても営業かよと思われてしまうので、高校生らしく挨拶をしたつもりだ。


『はぁ〜?……はっ!に、西くん?ひょっとして静ちゃんのお兄ちゃん?』


 しばしの沈黙の後、慌てたような声が返ってきたので俺まで慌てそうになった。


「えっと、そうです。妹がお世話になってます」


 基本的にはつむつむが家に来てくれてるんだろうけど、中学からの付き合いだ。何度かはお邪魔してるのだろう。


『ひゃ〜!ちょ、ちょっと待っててね!』


 ふ〜、なんとか第一関門突破だな。最悪、お父さんが出たらどうしようとも思っていたがなんとか回避できた。

 話し方からいくとお母さんではなさそうなんだけど、つむつむにお姉さんっていたのかな?


『ガチャ』


 玄関が開く音がしたので見てみると、そこには茶髪のかわいいお姉さんがいた。


「あ、おはようございま—」


「きゃ〜!君が噂の西くんか〜」


 朝からテンションの高いお姉さんは、大学生なのだろうか?顔立ちは非常に似ているが身長はつむつむよりはありそうだ。

 かわいらしいお姉さんという感じなんだけど、テンションが高いせいでギャルっぽくも見える。


「あ、あの?」


 予想外のことに頭がついていかず、狼狽えてしまうと、お姉さんも感づいてくれたようで落ち着きを取り戻してくれたようだ。


「あ、あはははは。ごめんね。紬の姉の芽乃かのです。いつも妹がお世話になってます」


 芽乃さんは優しい笑顔で頭を下げてくれた。


「あ、いえこちらこそ。西です。よろしくお願いします」


 つむつむの家は1階部分がインナーガレージになっているらしく、門から玄関へは階段を上らなければならない。

 軽快な足取りで階段を駆け下りてきた芽乃さんは俺の目の前までくるとじっと見つめてきた。


「あ、あの?紬さんは?」


 探るような視線に耐えられなくなり、思わず視線を逸らして玄関を見た。


「ああ、紬ね」


 いま思い出したかのようにポンと手を叩いた芽乃さん。


「私がきみとお話ししてみたかったからお母さんにお願いして拘束してもらってるわよ」


「はい?」


 柔らかい笑顔でとんでもないことを言うなぁ。


 つむつむの性格を考えれば玄関で待ってるくらいのことはしてくれていたんだろうけど、まさか拘束されてるなんて思いもしなかった。

 

「紬からきみのことはよく聞いてるの。妹の恋愛相談なんてうれしくてしょうがないじゃない?引っ込み思案だった紬がきみのためなら積極的になれるなんて聞いたら会ってみたくなってもしょうがないよね?」


 なるほど。


 大事な妹が話している相手がどんな人なのか芽乃さんなりに見定めに来たって訳だ。

 

「そうですか。うちは兄と妹なんであまりそういう話はしないですね。姉妹だと相談しやすいんですかね?」


「うちは仲良い方だからかもね。シスコンって言われても平気なくらい紬のこと好きだからね。だ・か・ら。紬のことを悲しませたりしたら〜」


 人差し指をビシっと俺に向けながらの忠告。かわいらしい容姿の芽乃さんからとてつもない圧を感じる。これはまさしくつむつむへの愛情なんだろうな。


「許さない—」

「お姉ちゃん!」


 芽乃さんの言葉を遮りながら、お母さんの拘束を逃れたのであろうつむつむが玄関から飛び出してきた。


「あちゃ〜、やり過ぎたかな?」


 勢いよく階段を駆け下りてきたつむつむは、そのままの勢いで俺の胸に飛び込んできた。


 白のボタンワンピースに淡いブルーの半袖のカーディガンを羽織ったつむつむは、いつものツインテールではなく髪を下ろしていた。


「先輩に失礼なことしないで!」


 俺の胸にしがみついたまま芽乃さんをキッと睨んだつむつむはこれまでに見たことがないほど怒ってるようだ。


「あ〜、おはようつむつむ。大丈夫。失礼なことなんて言われてないぞ?芽乃さんのつむつむへの愛情を語られてただけだ」


 つむつむの顔が見れるように少し距離を取りながら頭を軽く撫でる。


「今日は髪の毛おろしてるんだな。そのワンピースも似合ってる。いつもより少し大人っぽくて新鮮だ」


 さっきまで興奮して顔を赤らめていたつむつむが「ふぇ?」と言った後に恥ずかしそうに顔を隠した。


「あ、ありがとう、ございます。そ、その先輩もいつも通りかっこいいです、よ」


 俺の胸に顔を埋めたままプルプル震えてるつむつむはひとつ大事なことを忘れてるみたいだ。


「おはようございます」


 先程から気付いてはいたのだけれどもなかなか挨拶をするタイミングがなかった。しかし、いつまでもこの状態はお互いによくないので俺は玄関にいるお母さんに頭を下げた。


「うふふ。おはよう。いつも娘がお世話になってるみたいね。紬の母です」


 三姉妹と言われても疑わないくらい若々しいその姿に、つむつむの将来像を見出すことができそうだ。


「ひゃっ!」


 興奮し過ぎて我を忘れてたつむつむが慌てて俺から離れた。


「あらあら、いいのよ紬。西くんもちゃんと受け止めてくれてたんだからもっと甘えてみたら?お母さんからすれば眼福よ?」


 ニコニコと笑いながらゆっくりと階段を下りてきたつむつむのお母さんは芽乃さんの隣に並び、つむつむの顔を覗き込んでいる。


「先輩。も、もう行きましょう。時間もったいないです」


お母さんたちの間をすり抜けて階段を駆け上がったつむつむは、玄関からカバンと麦わら帽子を持って戻ってきた。


「ふふ。西くん、今日は妹をお願いしますね。たまにまわりが見えなくなっちゃうみたいだから、その時は注意してね」


 芽乃さんが頭を後ろから優しく撫でたので、つむつむは恥ずかしそうに俺の後ろに隠れた。


「あははは。はい、じゃあ紬さんをお借りします」


 俺は2人に頭を下げながら、つむつむの背中をポンと押して先へと促した。


♢♢♢♢♢


 かわいい妹の背中を見送っていると、隣のお母さんがチョンチョンと二の腕を突っついてきた。


「さてさて、お姉ちゃんの印象はどうだった?」


 後ろから私の両肩に手を乗せながら覗き込んできたお母さんはからかうかのように私の意見を聞いてきた。


「ん〜?かわいい後輩?妹分ってとこかな?まだ恋愛対象になったかどうかって感じかな?」


「うふふ。恋愛対象ね。懐かしいわね。まるでを見ているようね」


 お母さんにとっては私も紬も同じらしい。


「う、うるさいよぉ。私だって成長したんだからね」


 今の紬は高校時代の私を見ているようだ。


 お母さんもそう思ってるんだろうね。


 家に入るとお父さんが玄関からリビングに慌てて戻る姿を見つけた。お父さんも気になってたみたい。



「ねぇ、芽乃。何時に戻るの?」


朝食の後片付けをしていると、洗濯物を干しに行くお母さんが覗き込んできた。


「お昼からアルバイトがあるから早めに—」


『ファン、ファン、ファーン』


 外から今では定番になってきたフェラーリホーンの甲高いクラクションが聞こえてきた。


「あっ!もうきちゃった!ごめんねお母さん。後お願い」


 急いで手を拭き玄関へ向かう。

すでに帰る準備は万端。


「じゃあねお母さん。またくるからね」


 玄関を出て愛しの彼の待つ車の助手席に乗り込んむ。


「おはよう!待たせてごめんね」


 夜になったら紬に今日の話を聞かなきゃね。私の経験談と一緒にアドバイスをしてあげなきゃね!



※つむつむのお姉ちゃん、大島芽乃がヒロインを務める「嘘告なんかじゃはじまらない!(仮)」は年内連載スタート予定です。




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