第48話 天使と女神と、時々堕天使
「西、お前天使ちゃんと仲いいんだよな?」
昼休み、久しぶりに部室で弁当を食べていると、正面に座っている東野に話しかけられた。
「はっ?」
妄想世界を飛び出して現世に癒しを求めてきたのだろうか?
「陣くん、きっと大島さんのことだよ」
右隣に座る紫穂里が袖を引っ張り小声で耳打ちしてきた。
「えっ?つむつむ天使なんて言われてるの?」
たしかに可愛らしい容姿と仕草からなにかあだ名をつけられてもおかしくはないと思うけど、天使ねぇ?
「男子バレー部の1年生が言い出したらしいんだけど、1年生ではすっかりと定着したみたいだよ」
1年の釜寺と奥本が虚空を見ながら気持ち悪い笑みを浮かべている。
『ていっ!』
とりあえず気持ち悪かったので後輩2人にはデコピンをプレゼントしておいた。
「なにするんすか先輩!妄想の中の天使ちゃんが羽を広げて逃げて行ったじゃないですか!」
真剣な表情でクレームをつけてくる奥本に、隣の紫穂里が引いているのを感じた。
「1年のアイドルですよ。西さんと人気を2分するほどですからね」
額を押さえながら釜寺が聞き捨てならないことを言う。
「……はっ?」
つむつむが天使と言われて1年たちに崇拝されるのはまだわかる。誰からみても小動物系系の美少女だ。一日中愛でても飽きない。
問題はそのあとだ。静?うちの妹の?
「はっ?って先輩!まさか妹君の人気を知らないとでも言うんですか?『
メガネをかけてないはずの釜寺が、右手で鼻のあたりをクイっと上げる仕草をする。
「知らぬは身内ばかり……か?」
隣の紫穂里は思い当たる節があるのか、俺から視線を外して苦笑いをしている。
あの静が?
確かに友達は多いし、勉強も頑張ってるのは知っている。でも、身内というフィルターを外して見てもそこまで見た目がいい訳じゃないと思うんだけどなぁ。
同じく学年の枠を越えた人気を誇る紫穂里の顔をじっと見つめる。
「じ〜」
俺の視線に気づいた紫穂里は「えっ?」と小さく声を漏らしてオロオロしている。
こういうのがかわいいと言うのだ。たしかに静もかわいいところはあるんだけれど、それが知れ渡ってるとは……。
「あっ!そういうことか!」
紫穂里にしろ、つむつむにしろ俺に見せてくれる表情と他の男子に見せる表情は違っているはずだ。
それなら、恋する乙女になったうちの妹も俺に見せる表情と
「あの、陣くん?」
1人で納得してうんうん言っていると、紫穂里が右袖をクイクイっと引っ張ってきた。
「あ、うん?」
曖昧な返事を返すと心配そうな表情を浮かべられた。
「大丈夫?百面相してたよ?」
「あ、そう?いや、納得できる答えを導き出せたものだからついうれしくなっちゃった」
なんとも言えない表情もかわいい紫穂里はまさしく女神さまの名前にふさわしい存在だ。
「ん?そうなの?あっ!お昼休みの時間なくなっちゃうから早く食べないと。はい、陣くん。あ〜ん」
紫穂里の弁当箱からポテトサラダを差し出されたのでそのままパクリて食べた。
「ふふ。急いで食べないとね」
うれしそうな表情の紫穂里とは裏腹に、周りの視線は俺を射殺そうとしているかのようだ。
♢♢♢♢♢
6限めの古文という過酷な時間割を乗り切った俺は、部活へと向かうために廊下を歩いていた。
すでに練習をはじめてる生徒もいるらしく、金属バットの打撃音や陸上部のグラウンドを走る音が聞こえてくる。
何気に外を見ながら歩いていると、花壇の前で小さな女子生徒が男子生徒と向かい合っていた。
窓から身を乗り出して外を覗くと、女子生徒は今にも逃げ出しそうなくらいの及び腰だった。
どうやら男子生徒に詰め寄られているように見える。まあ、その女子生徒のことを知っていればどのような状況なのかは容易に想像ができた。
「あ〜、あれじゃあ怖がらせるだけだろ」
彼女は基本的に男が苦手らしいので、親しい相手以外にはよほどのことでもなければ自分から話しかけることすらない。そんな彼女相手にグイグイいくのは悪手なんだ。
「お〜い、つむつむ!どうした〜」
どうにも手詰まり感が伝わってきたので、男子生徒には退場してもらうべく、女子生徒……つむつむに声をかけた。
俺の声が耳に届いたのだろう。つむつむはものすごい速さで首を動かして俺を探している。
「せ、先輩!お疲れ、さまです」
俺が声をかけたことにより、周りから注目されてしまったので男子生徒はそそくさと逃げて行った。
トテトテとかわいらしく校舎に駆け寄ってくるつむつむは、昼にみんなが言っていたように天使と形容できるようなオーラをまとっていた。
俺が今いるのは2階。
さっきの男子生徒の姿が完全に見えなくなったのを確認してつむつむに話しかけた。
「大丈夫だったか?」
俺の真下に来たつむつむにはちゃんと伝わったようで、笑顔で首を縦に振ってくれた。
「ありがとう、ございました。ちょっとだけ、困ってました」
つむつむの言葉を証明するかのように、その表情は疲れの色が滲んでいた。
「たまたま通りかかっただけだから」
うっとりとするようなつむつむの表情に見惚れていると、両手を胸の前で握りしめたつむつむが意を決したように口を開いた。
「あ、あのっ!一緒に部活に行きませんか?」
俺はグラウンド、つむつむは体育館で行き先が違う上に部室も離れている。
つむつむのお誘いを断ろうとしたところ、俺の代わりに答えるやつがいた。
「いいわよ紬。そこで待ってて」
聴き慣れたその声に振り返ると、
「……おい」
思わず突っ込んでしまうと、俺が反応したことがうれしかったのか、京極は笑顔になっていた。
「じゃあね陣」
軽快な足取りで階段を駆け下りていく京極をよそに、つむつむは焦った様子で俺と昇降口を交互に見ている。
「ち、違います。京極先輩じゃあ……」
狼狽えたつむつむの元に京極が到着して、半ば無理やりに連れて行かれてしまった。
「あ〜あ」
あまりの光景に言葉をなくしていると、後ろから左手を拘束された。
「私たちも部活に行こうか」
いつの間にか紫穂里に背後を取られた上に左手を拘束されてしまった。
「神出鬼没だね」
「上の階まで聞こえてたよ?」
なるほど、どうやら会話が大きかったみたいだ。冷静に周りを見ると、恨みがましい視線を受けることになった。
「……漁夫の利」
自分で言うのもなんだけど、今の状況はこの言葉がぴったりだった。
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