第47話 運命の天使バク

「それじゃあ、待ち合わせはここに20時ね。何かあったら連絡してね」


 ディスティニーランド開門と同時に解散を言い渡された俺たち。いや、俺だけか。

 仲睦まじく腕を組みながら走って行った布目さんたちを生暖かい目で見送った。


「本当に別行動なんだな」


 まあ、乗りたいアトラクションとかが違うだろうから場合によってはバラけるとは思っていたけど、初っ端から別行動は予想外だった。俺はね。


「別行動だね」


 布目さん同様、腕に抱きついてきた妙のうれしそうな表情に言葉をなくした俺は、気持ちを落ち着けるために「ふ〜」とひと息ついた。


「あれっ?陣くん緊張してるの?」


 上目遣いからかってくる妙の頭をひと撫で。


「妙相手に緊張しません。さて、どこから行く?」


 人によってはバカにされてるとか思うかもしれないが、俺にとっては褒め言葉。その証拠に妙の表情がニヤけっぱなしだ。


 ここディスティニーランドはその名の通り"運命"がテーマの遊園地である。

 アトラクションや建物、通路や池の中にもマスコットの天使バクが隠れている。訪れたゲストはパートナーや家族、友人などと隠されたマスコットを探していく。

 しかし、見つけたマスコットの中で自分の運命を決めるのは一つだけ。ゲストはパークを出た後に一緒に来たパートナーと運命のマスコットを言い合い、同じマスコットを選んだカップルや家族は末長く幸せになれるのだ。もちろんパーク内でのマスコットの話題は厳禁だ。

 昨年の夏、京極と来たときには運命のマスコットは一致しなかった。


 隣の妙を見るとソワソワしている。いつもは落ち着いた印象の妙にしては珍しい。


「ねぇ、陣くんは絶叫型も平気?」


 俺の左腕からヒョコっと顔を出していた妙の表情に思わずドキッとさせられる。

 

「お、おぅ。速いのは問題ないぞ」


 そう、速いのは問題ないんだ。


「ふぅ〜ん。あっ!じゃあ最初はフリーフォールからだね。さっ、陣くんいくよ〜」


 小悪魔チックな笑顔を見せながら強引に俺を引っ張って行く。


「あははは。このやろ〜」


 大人しく妙についていきながらも恨みごとはしっかりと言わせてもらう。


「今日の私たちは?」


 俺の恨みごとをしっかりと聞いていた妙が笑顔のまま聞いてくる。

 周りにはにカップルが多い。運命のマスコットを探しているのだろう。前方不注意の人が多いので何度もぶつかりそうになる。


「っと危ない」


 俺の方に集中していた妙に小さな子供がぶつかりそうになっていた。

 抱きつかれている左手で妙の腰を抱き寄せてぶつかるのを寸前で回避できた。


「あ、ありがとう」


 不意打ちに対応できなかった妙は真っ赤な顔で俯いてしまう。そうしてる間にもすれ違う人たちが何度もぶつかりそうになっていた。


「とりあえず移動するか。まずはマリンブルーの海賊だったよな?」


 それとなく行き先を変更して歩きだそうとするが、左腕が言うことを聞いてくれない。


「うふふ。どこに行くのかな?フリーフォールはそっちじゃないよ」


 今日の天気のように爽やかな笑顔の妙に戦慄を覚えると、俺の意思とは反対方向に進んで行った。


♢♢♢♢♢


「ぐへ〜」


 地獄から生還した俺はベンチに座り遠くを見つめている。


「本当に苦手なんだね」


 俺の隣に座った妙は左手を俺のふとももに乗せ、右手を伸ばして俺の頭を撫でる。


「いや、妙ちょっ、さすがに恥ずかしいって」


 慌てる俺を見て笑う妙のポニーテールが、小刻みに揺れている。なんでそんなにうれしそうなんだよ。


「いいじゃない。せっかくこんなところでデートしてるんだよ?非日常でいこうよ」


 たしかに、ロケーションから言って非日常だ。中世ヨーロッパを連想させるような街並み、宇宙まで飛んで行きそうなアトラクション。俺たちに夢のような時間をくれるキャストのみなさん。

 

 そして俺の隣にいてくれる妙。


「……非日常ね」


 俺は頭を撫でている妙の右手を掴んで抱き寄せた。


「ちょっ!……そ、それ、はちょ、ちょっと恥ずかしい、から」


 正面から軽くて抱きしめて頬を寄せる。


「あれっ?今は恋人同士じゃなかった?」


 わざと軽い感じで言う。


「あ〜、なんか余裕な感じ。悔しいから仕返しね?」


 俺の首に両腕を回してギュッと抱きしめたかと思うと、素早く頬にキスをした。

 

 時間にすると、ほんの数秒。


「ふ、ふん。外だからって油断しないでよ?今は恋人同士なんだからね」


 早口で捲し立てた妙はそのまましばらく動かなくなった。

 どうやら、やらかしたことを後悔しているらしく「うぅぅ」と唸り声が聞こえてくる。


♢♢♢♢♢


 昼食はバスの形をしたレストランに早めに入った。お互いにチーズバーガーのセットを頼んだのはいいが、某ファーストフードのものよりもはるかに大きいので、妙はフォークで切りながら食べている。


「なあ、布目さんか店長から連絡あったか?」


 食後のコーヒーを飲みながらガイドブックで昼からの予定を立てている妙に聞いてみた。


「ちょっと待ってね」


 隣に置いてあるパステルピンクのハンドバッグからスマホを取り出して確認してた妙が画面をスクロールさせながら微笑んでいる。


「ないんだな」


 その表情だけで全てを表している。


「向こうもどこかで食事中かもね」


 店内をぐるりと見渡してみたがここにいる気配はない。


「もっと高級なとこ行ってるんだろうな」


 ムードのあるレストランとかな!これってどう考えてもダブルデートじゃないし。


「たぶんそうだね?私たちは私たちらしく、ね?」


 まあ、仮初の恋人だしな。けど背伸びをせずに素の自分を出せるし、出してくれるっていうのはやっぱりいいよな……。


「それでお昼からなんだけど、やっぱりSteep climb急上昇でしょ、」


 うん、遠慮がいらない関係って素敵だよね?


♢♢♢♢♢


 午後になると来場者数は増加したようで、アトラクションの待ち時間も増えた。

 時折、小さい子供がどこどこでこんなマスコットを見たよ〜っと親に話してるのを聞いてしまうが、みんな聞こえなかったフリをして通り過ぎていく。


「かわいいね〜、うちの弟と同じくらいかな?」


 そういえば妙の弟は小学1年生だったな。

 

「うちの妹はもうあまり可愛くないな。でも帰りにお土産くらいは買っていかなきゃな」


「静は元気?テニスやめちゃったんだよね?もったいないなぁ」


こんなことを言ってくれる妙には真実は伝えられない。


「好きな人ができたんだってね」


「……あ、知ってたんだな」


 お互いスマホ持ってるんだし、その気になればすぐに聞けるか。


「うん。いいな〜、すぐそばに好きな人がいるのって」


 繋いでいる手がキュッと握り直される。

何かを訴えかけられてるみたいだ。


「あいつの好きなやつは彼女持ちだぞ?」


 いつまで続くかなんて誰にもわからないけどな。


「それでもだよ。特定の彼女がいなくても好きな人の側に他の子がいるのはモヤモヤするもんなんだよ?」


 わざわざ正面に回り込んできた妙がジッと見つめてくる。俺は責められてるのか?


『ビュー』


 運河から吹く風に妙のポニーテールがなびく。

 髪を右手で押さえながら顔を背けた妙の視線が何かを捉えた。それに気づいた俺もそちらを見てしまった。


「「あっ」」


 お互いに顔を見合わせて苦笑い。


「さっ、気分を変えて観覧車でも乗りに行くか」


 妙の手を握りその場を離れようとする俺だったが、妙は動こうとはしなかった。


「どうした妙?」


「陣くん……観覧車なんてないよ?」


♢♢♢♢♢


「おう、来たな」


 夜のパレードも終わり集合場所の売店前に来てみると、塩瀬&布目ペアはすでに着いていた。


「すみません。お待たせしちゃいました?」


 謝る俺たちを見ながらニヤニヤしている2人。なにやら薄気味悪い。


「ううん。私たちも今きたとこだよ。……2人とも楽しめたみたいだね」


 左手をアゴに添えてふむふむと俺たちを見てくる布目さん。


「ほんと、それで付き合ってないんだもんな」


 塩瀬さんまで同じポーズで見てくるものだから理解しましたよ。言いたいことが。

 でも俺だって言いたいことがありますからね?


「別に、手を繋ぐくらいトモダチナラアタリマエでしょ?そんなことよりも、おめでとうございます」


 あまり意識してなかったんだけど、集合場所まで普通に手を繋いできてしまった。妙も指摘されるまで気づかなかったみたいで「あはははは」と笑って誤魔化していた。


「あ、気づいちゃった?」


 布目さんが右手で自分の頭を軽く叩いて舌を出している。

 そりゃ気付きますよ。

 2人して左手をアピールするようなポーズをするんですから。


「あっ!指輪!店長プロポーズしたんですか?」


 やはり妙も女の子だなぁ。2人の左手薬指に朝までなかった指輪が光っている。


「まあ、な。付き合いだしてからは日が浅いけど、それまでの付き合いは長いし、こいつとなら残りの人生一緒に歩いていけるなって確信てきたからな」


 ピタッと寄り添うようにして見つめ合う2人。妙はウットリとした表情で見つめていた。


「そうですか。じゃあ後はこの後のメインイベントでマッチさせるだけですね」


 俺の言葉に緊張した表情になった2人。


「ちょっと陣くん。もしもミスマッチだったらなんて縁起でもないこと言っちゃダメだよ」


 妙が追い討ちをかける。


「よ、よし。とりあえず出るか」


 パークのゲート前の広場のところどころで運命のマスコットを言い合う光景を見かける。


「ちょっと俺たちはあっちでやってくるわ」


 塩瀬さんたちは少し離れた場所で両手を握りながらなにかを言い合っている。


「陣くん。私たちもやろっか」


 正面にきた妙が両手を差し出す。


「はいはい」


 俺は両手を握り妙の目を見つめた。


「よし、いくぞ?せーの—」


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