第46話 恋人の聖地

「よ〜し、じゃあ行くぞ〜」


 時刻は深夜2時。

バイトを終えて自宅で仮眠を取った後、妙を迎えに行き再度店に戻ってきた。 


 本日の目的は関東にある運命の国、ディスティニーランドでダブルデートだ。


 参加メンバーは店長の塩瀬信夫&布目薫のカップルと妙と俺の高校生コンビ。

 妙が時給アップと引き換えに俺を売った結果、半ば強制的に連れてこられた形だ。


「ねぇ、店長」


 俺は運転席の店長に身体を乗り出して話かける。


「プライベートで店長はやめてくれ。で、どうした?」

 

 表情が見えないのでどこまで冗談かはわからないが一応言われた通りにしておくか。


「じゃあ塩瀬さん、なんで俺たちサードシートに座らされてるんですか?わざわざ距離開けてなにする気っすか!」


 塩瀬さんの運転するハイエースは3列の8人乗り。運転席に塩瀬さん、ナビシートに布目さん。セカンドシートに荷物で1番後ろのサードシートに俺と妙が座っている。


「そ、その方が荷物取りやすいでしょ?」


 狼狽えたような声で布目さんが弁明しているが、運転中もイチャつく気満々だ。


「はぁ、まあいいっすけど。事故だけはしないでくださいよ」


 シートに座り直してため息をつくと、隣で妙がクスクスと笑っている。


「これじゃあ、一緒に行く意味ないよね?まあ、安上がりで遊びに行けるんだからラッキーって思おうよ」

 

 たしかに交通費もパスポート代も出してもらってるんだから俺たちにデメリットはない。


「まあ、そうだな。でもここまであからさまにされるとこっちが恥ずかしくなるだろう?」


 向こうに着くまでの約5時間、俺たちは大人のイチャイチャを見せつけられることになるのだろうか?


 隣の妙がスッと俺に身体を寄せてきて耳元で囁いた。


「じゃあ、私たちもイチャイチャする?」


 そのまま俺にもたれかかり左手を握ってきた。


 からかい半分、本気半分ってところかな?触れ合う身体からドキドキしているのが伝わってくるようだ。


「……な〜にやってるんだよ。緊張が伝わってくるぞ。それとも本当にイチャイチャするか?せっかくのデートだもんな」


妙の腰を引き寄せて至近距離で見つめる。


「ふ、ふぇ?」


 やっぱり、余裕のあるフリをしているだけで、実際には緊張してるらしい。


 額同士をコツンと当てて見つめてるとオロオロとしていた視線が俺に定まり、そして瞳は閉じられた。軽く顎を上げたその仕草はキスをねだっているかのようだった。


「な〜にその気になってるんだよ、前の2人の空気に当てられるなよ」


 額に軽くデコピンした後にスッと距離を開けた。


「むぅ、なんか陣くんが余裕なのが悔しい」


 ドンっと俺に体当たりをした妙は背中でギュッと押してくる。

 

 側から見ればイチャついてるように見えそうだな。

 チラッと前の様子を見ると、布目さんがコソっとシートの影から覗いていた。


「見られてるぞ〜」


 いまだにギュッギュッと押してくる妙に教えてやると、フイっと顔を背けて知らんぷり。


「むふふっ。おふたりさんもラブラブだねぇ。お姉さんたちも負けてはいられないなぁ」


 なにやら違和感を感じた俺がじっと妙を見ていると、視線を感じた妙が俺を見た瞬間にサッと顔を背けた。


「ふ〜ん。やけに物分かりがいいと思ったら、お前共犯だったんだな?」


 ゆっくりと離れていく妙が窓枠で頬杖をついて外を眺め出した。

 

「おいっ、防音壁しか見えてないだろ!もう少しマシな誤魔化し方なかったのかよ」


 外を眺めていても防音壁とライトが見えるだけで景色が見えるわけでもない。

 

「……だって」


 観念した妙がそそくさと隣に戻ってくるとズイッと顔を近づけてきた。


「こういう機会でもなければなかなか陣くんにアピールできないから。朝は、えっと大島さん?だっけ?あの子と一緒にいるよね?」


うん?


「帰りは綺麗な人と仲良さそうに歩いてるし」


 あれ?


「この前なんて京極さんと歩いてたよね?……あの、ヨリ戻した—」


「わけじゃないからな」


 少しホッとした表情の妙がため息をついて俺にジト目を向けてくる。


「だからね、私の知らないところにライバルはいっぱいいるんだなって思うとね?その……うかうかしてられないというか、積極的にいかないとダメなんじゃないかなって思ってね。確かにね、同情で付き合って欲しくはないんだけどね」


 ポンポンと俺の隣を叩いた妙は、


「ここに私はいたいな、って思ってるの。だからね、今日……じゃなくて、このダブルデートが終わるまでは彼女として扱ってくれないかな?私も陣くんのこと彼氏だって思うから」


 俺の膝の上に手を置いてにじり寄ってきた妙は、俺が目を逸らすことすら許さないほどの熱量を持って見つめてきた。


「……了解」


 両手をあげて降参した俺に、妙は笑顔で応えてくれた。


「あっ、でもエッチなのはなしだからね?」


「言わなくてもわかってるから」


♢♢♢♢♢


「よし、20分くらい休憩な。陣、夜のサービスエリアは危ないから絶対に妙ちゃんを1人にするなよ」


 車移動での楽しみの一つと言えばサービスエリアだろう。

 ここは静岡県の浜名湖サービスエリア。

コンビニは勿論のこと、スタバまである。地元から関東に行くのなら立ち寄りたいサービスエリアだろう。


「とりあえずみんなでトイレ〜」


 布目さんの音頭のもと、みんなでトイレに行った後、塩瀬さんと布目さんはさっさと2人で消えてしまった。


「はやっ!俺たちはどうしような?売店とコンビニくらいしかやってないし、後は……」


「行くよ?」


 どうするか考えてると、さっと妙に手を握られて歩き出した。


「どこに?」


 妙に手を引かれて向かった先は、浜名湖が見える小さな鐘があるところだった。


「ちょっと待ってね」


 そう言って妙は自販機の隣にあるガチャガチャを回して俺のところに戻ってきた。


「なにそれ?」


 妙の手に握られていたのはハートの形をした南京錠だった。


「ここは恋人の聖地って言われてて、この南京錠にメッセージを書いてフェンスにかけるの、その後に一緒に鐘を鳴らそうね」


 よく見るとフェンスにはいくつもの南京錠がかけられている。きっと塩瀬さんたちも来たんだろうな。


「で、メッセージはなんて書くんだ?」


 メッセージを書こうとしているので覗き込もうとすると、サッと隠されてしまった。


「な、内緒!恥ずかしいから見ないでよ」


 俺からは見えないようにしてメッセージを書いた妙は、フェンスに錠をかけて俺の背中を押して鐘の前に連れてきた。


「はい、じゃあ一緒に鳴らすよ」


 夜の浜名湖に響く鐘の音は、少し恥ずかしく、そして心に響く音だった。

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