第44話 小さな変化

 平和だった昼休みが、最近荒れ模様だ。

 紫穂里はもちろんのこと、つむつむ、そして京極まで俺と一緒に食べようと画作しているみたいだ。


「んっ!」


 ウインナーを口に咥えた紫穂里が顔を近づけてきた。この人、意外と強情だ。


 今日は屋上庭園ではなく体育館の裏。生垣の向こうは敷地外で幹線道路が走っているため、昼休みにここを利用する人はあまりいない。まあ、穴場だよね。


「ねえ、紫穂里。羞恥心はどこに忘れてきたのかな?」


 プルプル震え出した紫穂里に近づきウインナーを強奪する。すでに限界が近かったらしく、簡単に奪えた。


「えへへへ。羞恥心?2人っきりのときは忘れるようにしてるよ?」


 現実逃避したくなるような発言に額に手を当てる。


「そういう発言はやめましょうね。誤解招くよ?」


 健全なる高校生。誤った解釈をしてしまうとあらぬ方向に妄想してしまいそうだ。


「あっ!エッチなのはさすがにないからね?それは恥ずかしいし、その……ちゃんと陣くんが私だけを受け入れてくれるようになってからね?」


 顔を赤らめモジモジしながら話す紫穂里。車の往来の激しい幹線道路が目の前と言うこともあり、小さな声はかき消されてしまう。


「えっ?ごめん車の音がうるさくて最後の方聞こえなかった」


 耳に手を当て紫穂里に顔を近づけると、頬に軽くキスをされた。


「キスはエッチじゃないからね?」


 確かにそうだが紫穂里の感覚は少しズレてきてしまったようだ。


 しかし、そんな紫穂里をも上回る人物がいるのも事実なわけで……


♢♢♢♢♢


 『フニャン』


 弾力のある膨らみ。その双丘により俺の左腕は完全に封じ込まれている。


「なあ、つむつむ。あまりくっつかれると歩きにくいんだけど」


 上機嫌な顔で隣を歩くつむつむ。一時期は俺と距離を置いてみたらしいのだが、紫穂里同様に無理だったらしい。そしてなぜかスキンシップが激しくなっている。


「んっと、もう少し先輩にくっついた方が、……それよりも、外してた方が直接伝わるかなぁ」


 俺の話なんて聞こえてないかのようなつむつむは下を向きながらぶつぶつと呟いている。何を外すつもりかわからないが俺の想像通りならやめて欲しい。


「おいっ!」


 俺が空いてる右手でつむつむの頭をポンポンと叩くと、やっと気づいてくれたらしく、「ほぇ?」とかわいらしい声を上げながら不思議そうに俺の顔を見つめてきた。


「ちゃんと前向いてないと危ないぞ。それに怪しげな思考はやめなさいね」


 少し乱暴に頭をわしゃわしゃと撫でると、トレードマークのツインテールが不規則に揺れる。


「あ、あまり乱暴にしないでください。もっと優しく触れてください」


 なぜか照れたように顔を赤らめているつむつむ。特に乱れた様子のない髪を見ていると、俺の右手を掴み自分の頭の上に乗せた。


「や、優しく撫でてください、ね」


 女性らしくなった部分もあるが、まだまだ甘えん坊だなぁと微笑ましく感じた俺は、つむつむの要望通り、優しく頭を撫で続けた。


「はいはい、よしよし」


「あ、あの、小さい子扱いは、やめてください。わ、私だってもう、あ、あの子どもだって、で、できる身体なんですから、ね」


 もじもじと照れてるつむつむ。その大胆な発言に、大人びたとは違う表現のものをつむつむに感じた。


「もうちょっと言葉をだな?勘違いされないようにしなよ?」


 最近のつむつむは、こんな感じで身体を主張したり、性を意識させるような言動が多い。


「せ、先輩になら、勘違いされても、あ、えと勘違いじゃないんですけど……意識してもらえるとうれしいと言うか。えっと、私も女の子じゃなくて女性として見てほしいなぁ、って、その、思います」


 俺に頭を撫でられたまま上目遣いで訴えてくるつむつむ。

 まあ、つむつむの言うことは正しいと言うか身に覚えがあると言うか、やっぱり中学の頃から知っている年下の女の子と言うことと、見た目が小さいので性の対象よりも妹の友達としての意識の方が強い。


 かわいい妹分なんだよな。


 俺に好意を寄せてくれているつむつむにとっては不本意だと言うことは理解できるんだけど、なかなか印象って変わらないんだよな。


「ところで話は変わるんだけど、インハイはメンバー入り出来そうか?」


 多少強引だったことは認めよう。つむつむもあからさまに不満顔だ。それでもあの話題を続けるよりはいいだろう。


「は、はぁ、新人戦の時と同じ、です」


 しょんぼりとしているのはきっと背番号が原因だろう。一度与えられた背番号はチームが変わるまで滅多に変わらない。


「そっか。そういえば新人戦のときのお祝いもまだだったな」


 この前の動物園は元気付けるためのもの。ん〜?甘いもの好きなつむつむのためにホテルブュッフェでも行くかな?


「せ、先輩!デートして、もらえるんですか?」


 両手を胸の前で握りしめたまま、勢いよくグッと顔を寄せてくる。


「お、おう。やけに食いつくな。ホテルでも行くか?つむつむ好きだろ?」


「ふぇ?」


 真っ赤な顔になり少し距離を開けたつむつむ。


「ホ、ホテルですか?も、もちろん大丈夫です。あ、あ、静ちゃんと下着買いに行かなきゃ。えっと、服も買った方がいいかな?」


 別にホテルだからと言ってドレスコードがあるわけじゃないんだけどな。


「いつもの格好で問題ないぞ?」


 お洒落なつむつむに心配はいらないだろう。


「えっと、でも初めてなんでいい思い出にしたいです」


 飯食うだけで大げさ……


 つむつむの言葉で俺は自分のミスに気がついた。


「ごめん、つむつむ。盛り上がってるところに申し訳ないけど、行き先はキャッスルとか観光ホテルあたりだぞ?」


 一瞬で真顔になったつむつむ。


「えっ?」


 初めて見る無表情のつむつむ。


「ビュッフェ。一緒においしいものでも食べに行こうぜ」


 百面相のつむつむはころころと表情が変わる。無表情だった顔はキラキラと輝く笑顔が咲いている。


「は、はい!あ、あの、そのあとに街歩きも、したい、です」


 再び俺の左腕をギュッと抱きしめたつむつむの表情に思わずドキッとさせられた。


 あれっ?つむつむ相手におかしいな?


 俺はその笑顔に抗うことなく頷いた。


「よし、デートするか」


日々成長しているつむつむのように、俺の気持ちも変化しているのかもしれないな。

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