第43話 ずるいです

「はい、あ〜ん」


 ニコニコと笑顔の紫穂里が玉子焼きを箸でつまみ差し出してきている。


「いや、紫穂里。みんな見てるんだけど」


 昼休み、屋上庭園に呼び出された俺はベンチに座り紫穂里の手作り弁当をいただいている。時折、こうして紫穂里が自分の弁当箱からおかずをつまんでは俺に食べさせようとしてくる。


 周りはカップルがほとんどだが、それでも注目を浴びてしまうのは俺の相手が京極から紫穂里になっていることと、その美少女がかいがいしく俺に食べさせようとしているからだろう。


「今までは見られても平気だったんでしょ?それなら私とも平気になってもらえるようにするだけだよ?」


 確かに、京極と付き合っているときは周りなんて気にならなかった。でも紫穂里とは付き合ってるわけではないし、なにより周りの視線の質が違う。


「そりゃ付き合ってれば問題ないかもしれないけど、俺たちは先輩と後輩でしょ?紫穂里だって俺と噂になったら面倒でしょ?」


 すでに手遅れかもしれないけどね?


「私が陣くんに三股かけられてるって噂?大丈夫だよ。私の友達にはみんな陣くんに片思いしてるって伝えてあるから。まぁ、陣くんの評判は……、私は外堀よりも本陣から攻めていこうと思ってるから。だから、あ〜ん」


 こういうときは外堀から埋めるっていうのがテッパンだと思うんだけどな。

 いろいろと頭の中で考えを巡らせていると、紫穂里の頬が膨らみ拗ねた表情になっていた。


「ねぇ陣くん、さすがに私も後に引けないんだけど」


 そろそろ手も限界なのかもしれない。

箸を持つ右手はプルプルと震えている。


 観念した俺は紫穂里の右手に自分の手を添えて玉子焼きをいただいた。


「んっ、やっぱり紫穂里の玉子焼きはうまい」


 ピンポイントで俺好みの味かと言われれば、まだ少し物足りないところがあるかもしれない。でも一般的には十分にうまいと言えるレベルだ。


「んっ、ありがとう。早く陣くん好みの味を覚えなきゃね。ちなみに、いまの玉子焼きの改善点はどこかな?」


 改善点って言われてもなぁ?う〜ん?


「強いて言えばもうすこし甘いと良いかな。それでもこれがおいしいことには変わりないけどね」


 俺は目の前の弁当箱から玉子焼きを摘み上げて口の中に入れた。


「甘くね、もう少しみりん足してみようかなぁ?明日試してみるから楽しみにしててね」


 さらっと明日の昼休みの予定を入れてくる紫穂里。箸で虚空をつついている。献立を考えてるのだろうか?


『バタン』


 塔屋の扉が閉まった音に反射的に視線を向けると、そこには右手で口を押さえながらワナワナと震えてる京極がいた。脇を固めるのらバレー部の面々。


「あ、あ、ああ〜!な、なんで有松先輩がここに!陣の隣にいるんですか!この前の帰りも陣を拉致して!パワハラはやめてください!」


 人に指差すなと付き合う前から何度も言ってきたのになぁ。


「あら、京極さん。私はここで陣くんと待ち合わせしたのよ。無理やり連れてきたわけじゃないの。ねっ、陣くん。京極さんはバレー部のみんなと食べるために来たんでしょ?早く場所探した方がいいよ」


 すでにベンチは空いてないので芝生の上にレジャーシートでも敷いて食べるしかないだろう。もっとも京極合わせて5人だからベンチでは食べれない。


 京極と一緒にきたしバレー部のメンバーをみると同じ2年生の面々だ。


「とりあえず私たちは準備しておくから、織姫も早くおいでよ」


 賢明な判断だ。こいつに付き合っていると昼休みが終わってしまう。俺もあいつらに倣って先に弁当をいただくことにする。

 

 ふと視線に入ってきたバレー部の中に、同中の紙池かみいけが忙しなくスマホをいじっているのが見えた。確か彼氏が他校に行ってるはずだから連絡でも取り合ってるんだろうな。


 弁当箱からポテサラをつまみ上げて口の中へ。

 目を閉じて咀嚼をする。うん、やっぱりうまい。口の中に広がるあんかけとジューシーな肉汁。なぜか懐かしく感じる。

 

 肉汁?


 何がおかしいと思い、目を開くと寸前で止められた俺の右手と、その手前にある見覚えのあるピンクの箸。


「や、やた。食べてくれた」


 その箸をず〜っとたどっていくと、いつの間にか隣に座っていた京極が満足そうに笑っていた。


「……おい」


 思わずツッコミを入れてしまうほどの出来事だった。


「お、おいしかった?陣の大好物だよ?」


 フニャっと表情を崩した京極は久しぶりに見た俺が好きだった表情だ。


「まあ、いつも通り(うまかった)」


 懐かしい味に舌鼓を打っていると、ベンチの反対に座る紫穂里の頬が膨らんでいた。


「これが経験の差ね」


 なぜか敗北感を漂わせてる紫穂里がハッとした表情で俺を見つめてくる。


「陣くん」


 真剣な表情の紫穂里は弁当箱からアスパラを取り出すと、そのまま口に加えて恥ずかしそうに俺に近づいてきた。


「んっ!」


「はっ?」


  まさかと思うが口移し?


 俺はことの成り行きを見守る。


「んっ!」


 うん、確定。さすがにこれはやり過ぎだろう。当の紫穂里は耳まで真っ赤だ。


「なっ!先輩には羞恥心ってものがないんですか!」


 その言葉はブーメランとなって京極に帰ってきたのだろう。俺たちを見るバレー部の視線が生温かい。


「はいはい。気持ちだけもらうから今日はそのまま食べてね」


 目をゆっくりと開いた紫穂里はかわいい口でアスパラをもぐもぐした後に、クイクイと袖を引っ張ってきた。


我慢するから次は食べてね」


 そういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ。


 その後もしばらく牽制しあっている紫穂里と京極。しかし、そんな2人を尻目に背後から俺に襲い掛かる奴がいた。


『フニャン』


 後頭部に当たる柔らかな感触。


「ず、ずるいです!私だけ仲間外れずるい、と思い、ます」


 久しぶりに聞いたかわいらしい声。


「何してるの、つむつむ」


 背後から俺に抱きついているつむつむ。

高さ的にちょうど頭に胸が当たる。


「か、紙池先輩から、連絡もらい、ました」


 なるほど、さっきのはつむつむに連絡してたってわけだ。


「とりあえず離れてもらえるか?」


 努めて冷静につむつむに話かけると、なぜか腕の力を強めてきた。

 そのせいで双丘は俺の頭を包み込んできた。


「ちょっと紬、離れなさい。セクハラよ」


「そ、そうだよ大島さん、それは良くないと思うな」


 京極も紫穂里も俺の味方をしてくれて、つむつむを引き離そうとするが、渾身の力を込めているのか、なかなか離れる気配はない。


「お、お2人に、お、お話があります」


 つむつむは姿勢を変えることなく2人と対峙する。


「せ、先輩は、渡しません。やっぱり、私には先輩しかいません。だからお2人は他所をあたってください」


 突然の宣戦布告に誰もが言葉を無くしていた。

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