第42話 おバカな優等生
『バカップルが復活したらしい』
何が楽しいのかわからないが、そんな噂が出回ってるらしい。らしいと言うのは直接本人に確認してくるやつがいないからだ。
「噂になってるね〜。まあ最近ずっと一緒に登校してるから当たり前と言えば当たり前だけどね」
両手の上に久留米のかわいらしい顔が乗っている。俺のことを考えて遠慮していたみたいだが、現状をよろこんでるようだ。
「一緒に登校してるわけじゃない。出発点がほぼ同じ、目的地が一緒なだけだ。別に約束してるわけでもないからな」
そう、朝玄関を開けると京極が待っている。ただそれだけのこと。わざわざ出る時間を変えるのもバカバカしいだろう。
そう、1年生の頃に戻っただけ。
違うのはそこに楽しいだとか、うれしいだとかの感情はないということ。道中、会話がないわけではない。無視する必要はないから。だからといって必要以上に話しかける気にもならない。
「ねぇ、西くん。なんで最近有松先輩や大島さんとは一緒にいないの?あんなにイチャイチャしてたのに」
茶化すのではなく純粋な疑問だったらしい。久留米はかわいらしく頭をコテンとさせて聞いてきた。
「イチャイチャはしてねぇ。まあ、愛想尽かされたんじゃない?」
結局、つむつむにはあの日電話で伝えた。
待ちきれなかったつむつむからの連絡で、俺は紫穂里にしたのと同じ話をした。
「そ、そんな……」
つむつむには刺激が強かったのだろう。無言が続いた後、そのまま電話は切れた。
「ふ〜ん。西くんが何かやらかして愛想尽かされたってことね。2人に愛想尽かされたってことは女絡みかな?しかも織姫は知らないこと?まあ、あの子はもう何があっても自分から離れることはないと思うけどね」
なかなかの指摘だと思った。にこやかな久留米からは俺を揶揄っているとは思えない。
「……あいつはバカだからな」
「まあ、そうね。……ねぇ、いっそのことヨリを戻すっていう選択肢を考えない?織姫もちゃんと反省してるよ?西くんが何したのか知らないけど今のあの子なら受け入れるんじゃないかな?だって、長年寄り添ってきた幼馴染みでしょ?」
京極との復縁。あれ以降そんな考えをしたことはない。
好きだったからこそ、信用していたからこそ無くした時の反動は大きい。
「無理に誰かと付き合う必要はないとは思うけど、考えてみてもいいんじゃないかな?」
ポンポンと俺の肩を叩いた久留米は席を立ち教室を出て行った。
♢♢♢♢♢
昼休み、いつものように部室で弁当を食べているとスコアブックを持った紫穂里が入ってきた。
反射的に入り口を見ると紫穂里と目が合ったがスッと逸らされた。
嫌われてるなぁ
仕方のないことだと割り切ってはいるが、あからさまに拒否されるのは堪える。
「はぁ」
思わずついたため息は思った以上に大きかったらしく、みんなの視線を集めてしまった。無論、紫穂里も申し訳なさそうに俺を見た。
「どうした西。悩み事か?」
前川先輩が拳大のおにぎりを頬張りながら顔を覗き込んできた。
「あ、いや大丈夫っす。最近バイトが忙しくって」
うん、まああれだ。落ち込んでもしょうがない。というか落ち込んでるのは妙に申し訳ない。
「……あまり、無理しないようにね」
久しぶりに聞いた紫穂里の声は、俺の心を浄化する力があるのではないかと思えた。
「……大丈夫」
そう返して俺は再び弁当を食べ始めた。
♢♢♢♢♢
「お疲れ様」
インハイ予選を控えた金曜の午後練を終えた俺が部室を出ると、壁に寄りかかるようにして紫穂里が立っていた。
試合も近いことだし中西先輩でも待っているのだろうか?
「お疲れ様でした。中西先輩?読んでこようか?」
俺が再び部室の扉を開こうと左手を伸ばすと、ドアノブよりも先に紫穂里の手が待っていた。
「ううん。陣くんを待ってたの。……一緒に帰ろう」
俺の返事を待つこともなく、紫穂里は繋いだその手を引っ張って行った。
「あ〜!なんで有松先輩が陣といるんですか?諦めたんじゃないんですか?」
校門に差し掛かったところでいつものように京極が待ち構えていたが、紫穂里は構わず歩き続けた。あまりの勢いに京極も気が削がれたようで追いかけてくる気配は感じなかった。
連れてこられたのはこの前の公園。
同じベンチに座った紫穂里は真っ直ぐに俺を見つめたままだ。
「陣くん」
「……はい」
強い意志を込めたその瞳は、俺が視線を逸らすことを許さないようだった。
「……無理でした」
紫穂里から絞り出された言葉はそんな言葉でした。
「無理、とは?」
その一言で理解しろと言うのはいささか無理がある。
先程までの真剣な表情は崩れ去り、モジモジとし出した紫穂里は上目遣いで口を開いた。
「やっぱり諦められませんでした!無理です。好きなものは好きなの。少し離れただけなのに京極さんが寄ってきてるし、陣くんは余所余所しいし。ずっともやもやしてる自分に気付いて、やっぱり好きだなぁって再認識したの。もしね?私たちが付き合ってたなら許せないと思うんだけどね。でも、いまの私には文句を言う権利はまだないしね。だから、初志貫徹。その子に負けないように、私じゃなきゃダメって思わせるから」
茜色に染められた紫穂里の表情は、夕陽によるものなのか、恥じらいによるものなのかはわからない。でも、そんな彼女はやはり綺麗だと思った。
「ほんと、男見る目ないね」
自嘲ぎみに紫穂里に言うとフニャっと表情を崩して笑った。
「ふふふふ。本当だね。それなのにライバルが多いのは納得いかないんだけど?」
頭をコテンと俺の胸に預けてきた紫穂里。
「……みんなバカなんだよ」
「それを陣くんが言うかなぁ〜、じゃあ、私はその筆頭になれるようにしようかな?」
俺の腰にギュッと両手を回して抱きつき自分の存在をアピールしてくる。
「優等生の紫穂里がバカに?なかなか難しいミッションじゃない?」
すでに俺に好意を抱いてる時点でおバカなのかもしれない。その中で1番になりたいと言う紫穂里は他の人から見ればやっぱりバカなんだろうな。
「あ、付き合うまでは清い関係でいようね?他のことでしっかりアピールさせてもらうから来週からはお昼の時間もいただきます」
「グヘッ」
精一杯の力で抱きしめられたせいで、俺は思わず変な声を出してしまった。
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